天麩羅ディナー
淳の入学から2週間遅れて、新たに転入生が編入してきた。
朝のホームルームでマクレガーが連れて来た金髪の女子だ。
「私はミランダ・エッガーです。
私はアメリカから来ました。
私は日本に父親の仕事の関係で来ました。
私と仲良くして下さい」
自己紹介はたどたどしい日本語だったが、十分伝わった。
日本人が持つ綺麗なアメリカ女子のイメージそのままの外見で、男子生徒は目をキラキラ輝かせてミランダを見ている程の美形だった。
しかし淳は父親の仕事の関係で来日したなら時間の猶予も少なかっただろうが、全く文法が異なる日本語を勉強しちゃんと伝わるまでのレベルにまでなっている事に感心した。
母親が元モデルで姉も美形なせいか、淳は女子の第一印を外見で持たない。
席は淳の横が空いていたので、マクレガーはミランダの席をそこに指定した。
歩いて来たミランダは着席しながら横にいるジュンを見ると
「You are Mr.Jun Kunimi? Best regards from now!」
淳は驚いた。
ミランダは自分の名前を知っている!なぜだ?
「Why do you know me?」
「Dr.McGregor said. Jun Kunimi is good at English so listen to anything」
〔マクレガー先生が教えてくれたのよ。英語が得意な生徒がいるから、そいつに何でも聞けばいいって〕
ミランダは笑いながら英語で答えた。
だが、速くてネイティヴな上に小声で話した英語だったので周囲の生徒には聞き取れなかった。
淳は思わずマクレガーを見ると、ニコリと笑顔で応えた後、無表情で教室を出ていってしまった。
「クニミはどこから留学して来たの?北ヨーロッパ?」
ミランダが淳を覗き込む様に顔っを見ながら尋ねてきた。
「みなそう言うが、俺は日本人だ。母親がスェーデン系のアメリカ人でそっちの遺伝子が強かったらしい。」
「日本人?そんな銀の髪で緑の目をしてるなら、誰にだって分からないわ」
多くの人間が思う様に、ミランダも淳を北ヨーロッパの人間だと思った。
「日本人にしては英語が上手いのね」
「母親がアメリカ人だからだ。それに先々月までアメリカに2年いたし。」
そう言った所で1時限目の教師が入って来た。
淳とミランダは会話を止めて授業に意識を向けた。
ミランダは多くのアメリカ人がそうである様に、社交的で言葉以外はすぐ周りと馴染んだ。
昼休みにはクラスメイトの男女数人と食堂に行って一緒にランチを食べた。
A組にアメリカからメチャ綺麗でメチャ可愛い留学生が入ったという話は学年の全クラスでアッと言う間に広がり、食堂でも話題と注目を集めた。
コミュ症の淳に、その事は大きな驚きを与えた。
授業が終わり帰り支度をしていると、ミランダが携帯で誰かと話している。
電話を切ると淳に向かってニヤリとし、無言で教室を出て行った。
淳はその意味が分からず困惑したが、気に留める程の事でも無いので帰り支度を終わらせ、迎えに来たミアの車に乗った。
「今日のディナーにゲストが来るわ。パパとママのアメリカの大学時代の友人よ。」
車を発進させてすぐにミアが淳に言った。
「パパもママもハーバード大学だったっけ?」
「そう、ゲストも同じよ。アメリカ人。久々に会うから楽しみよ」
「じゃ、今日の晩御飯はご馳走?」
「そうよ、亮に頼んでギンザのテンプラヤからケータリングして貰う事にしたわ」
淳はそれを聞いて喜んだ。
以前も銀座の天麩羅屋のケータリングをして貰った事があるが、目の前で調理した物をそのまま食べさせてくれて、食材が調理されていくのを見るのが楽しかったのだ。味も亮が薦める店に間違いは無い。
「パパとママの友達ってどんな人?」
「ハーバードという学校は裕福な家に生まれた生徒が多かったのだけど、私もパパも貧乏でね、それを見かねたある男子生徒と女子生徒が色々としてくれたのよ。だからパパとママにとってその人は恩人なの。でもその代わり、パパは私とその生徒達に勉強を教えてくれたし、私は彼らに色々な仕事上で知り合った人間を紹介したからお互い様と言えない事も無いけれど」
ミアは微笑みを浮かべて昔を思い出し懐かしんでいるようだった。
家に着くと店の屋号が入った白いバンが停まっていて、もうケイタリングの準備は始まっているようだった。
その晩を見ていると政府使用の黒いバンが入って来て、降りてきたのは慧だった。
淳が慧に
「今日は帰りが早かったね」
と言うと慧は
「セオやマリアとは久々だから秘書に言って予定をキャンセルしちゃった」
そう言って、一緒に家に入った。
「セオ?マリア?誰?」
「淳は小さかったから覚えてないかぁ・・・パパとママの友達よ」
パパとママの友達はセオとマリアというらしい。
慧も面識があるらしい、しかも悪い印象ではないようだ。
淳は食卓に並べられた食材と鍋を横目に自分の部屋に行き、制服からジーンズとパーカーに着替えた。
暫くすると、下のリビングからワイワイと楽しそうな声が聞こえて来た。
ドアをノックする音がして、慧が淳に降りてくる様に伝えに来た。
リビングに行くと、旭が淳を自分の側に呼んだ。
「紹介するぞ、俺の息子の淳だ。」
目の前に背の高いダンディな男が立っていて、握手を求めて来た。
淳はそれに応え
「こんにちは、初めまして。淳です」
するとその男は
「初めてでは無い。君がこの世に生まれて直ぐに一度あっている。もっともキミはまだ言葉も喋れなかったから記憶が無いのは仕方がないがな」
そう言いながら、握手をし微笑んだ。
「あの赤ん坊がこんなに大きく?」
今度は綺麗で上品そうな女性が淳に話掛けてきた。
淳が笑顔で応え旭に視線で助けを求めると
「淳、パパとママがアメリカの大学に通っている頃からの親友、セオドアとマリアだ。
こいつらは、パパとママが結婚した事に影響されて自分達も結婚したんだ」
それを言った旭と聞いていたミア、それにセオドアとマリアも笑っている。
淳は愛想笑いで答えていたが、視線をずらした時に奥側で慧と話している女の子を見た時に驚いた。
「ハイ!ジュン!また会ったわね」
なんとびっくり、ミランダだった。
それを聞いた周りの人間全員も驚いた。
「なぜミランダは淳を知ってるの?」
慧がミランダに尋ねた。
「学校でね・・・転入した学校で隣の席がジュンだったの」
全員が爆笑した。
「初対面の相手に一日2度も会うなんて不思議な気持ちよ」
ミランダは慧に答えた。
「The world is but a little place, after all」
マリアが言った。『結局、世間は狭い』という意味である。
亮の帰宅を待って、テンプラディナーは開始された。
セオとマリアは大いに喜び、アキラもミアも嬉しそうだった。
セオドア・エッガーはハーバード大学を卒業した後にコンピューターのシステム開発の会社を興し、現在では全米でも有数の資産を持つ立場になった。
日本には政府と民間で開発・研究を推進している熱核融合炉関係の制御システムの話で来日したが、これを機に日本でも市場開発する事に決めたと言う。
「日本はIT後進国だ。しかも先進国であり隣接する中国とロシアとは敵対関係に陥っても不思議ではない政治的緊張もある。国防に関する武器制御システムにも我社は大きなノウハウがあり日本政府は重要なクライアントになる可能性が大きい。本社を副社長に任せ、何年かは日本で仕事をする事にしたのさ」
確かに、次期主力支援戦闘機もミサイル防衛システムも高度な制御システムが必要だ。
これから開発されるであろう装備品、人工知能搭載の武器に関しても同じだ。
「このチャンスを与えてくれたケイには感謝する」
防衛大臣である慧は主要閣僚の老人達に、今後の国防に関し制御システムの重要性について説明し高度なシステムを構築する為のノウハウを持つセオの会社を推し説得した。
自衛隊組織に新設されるサイバー部隊の創立にもセオのチームからアドバイスを貰う事になっている。
防衛機密を持っているセオの会社が国外で活動を始めるに関して、アメリカ政府は最初難色を示したが、野党が反対していた国会での機密保持法案の可決と、防衛大臣である国見慧の入念な根回しによって議会と大統領の許可が出た。
マリア・エッガーは卒業後に国防総省に入り長官直属の部下として働いていたが、ミランダを懐妊し退職。その後は就職せず家庭に入った。
長官とは個人的な親交が続きセオも長官と良好な関係にある。
大学時代はミアと並ぶ美貌で何度もモデル事務所からスカウトされたが興味が無いと断った。
結婚してからもミア、マリアの親交は続き、ミアが双子である亮と慧を出産した時はマリアが駆け付け育児や家事を手伝った。
ミアが生んだ双子を羨ましがっていたマリアが懐妊したのは結婚して13年後であった。
子供を欲しがっていたセオは勿論、ミアも旭も心底喜んだ。
ちょうど淳がミアのお腹に宿ったので、ミアとマリアの要望を受けて、研究所に缶詰め状態に陥っていた旭と出張が続いていたセオが話合って、日本に呼びマリアがミアと双子と一緒に暮らす事にした。
その後、それぞれが淳とミランダを無事出産し旭もセオも仕事の山を越えたので同居を解消しそれぞれの家に帰ったのだ。
亮と慧は14歳の頃、1年間マリアと一緒に暮らしていたせいで今でもマリアを慕っている。
亮と慧を加えた夫婦2組の6人が思い出話に盛り上がっているが、話を黙って聞いていた淳とミランダは4本目のワインが開く頃には飽き初めていた。
超美味しい天麩羅も満腹でもう入らない。
時計を見るともう午後10時近い。
何時まで続くのかな?
淳はいつこの席を抜け出すかタイミングを計っていた。




