バレーボール
小説になろう 四作品目です。よろしくお願いします。
これは、とある男子高校生のお話である。
時折テレビで耳にする学校あるある、
「体育館の天井にバレーボールが引っかかりがち」
これにはどうも共感できない。なぜなら、小・中と、そして高二の現在、体育館天井にバレーボールが引っかかっているの見たことがない。何故なんだろうか? 不思議でしょうがない。それに、私が今、通う学校は部活動の中でバレーボール部は非常に盛んであり、部員も多い。だが、しかし天井にはボールは一個も引っかかっていない……あんなにボールが飛び交っているのに、一個も引っかかっていないのはおかしい。
だから、私は考えた。
そうだ、自らそれをやろうと。……見たい、天井にバレーボールが引っかかっているのをこの目で見たい!
「危ない!」
「ん?」
そんなことを考えていると、真正面から来たボールが私の顔面に直撃した。
「おい、何ぼーっと突っ立ってんだよ!」
只今、体育の授業でバレーボールの試合中である。周囲からの私への野次が飛んでくる。正直こういったチームで試合するのは苦手だ。そもそも私みたいな運動音痴には、大体ボールは周ってこず、運動能力が高い同志でハイレベルな戦いをする。
もう、そっちだけで楽しんでいたら、そりゃ、退屈にもなるにわ。
「あの、大丈夫……ですか?」
しかし、その中で唯一心配してくれたのは、A子さんだった。彼女は、普段から大人しい性格で教室では、席が隣同士である。
私も基本無口で、周囲と会話を交わすことはほぼないが、彼女とは委員会が同じで最近、話す機会が多くなった。そのうえ、一緒にいると楽しい。
「怪我してないですか? もし怪我しているのでしたら、保健室で手当てしましょうか?」
すると、私の顔を覗き込みようにこちらを見てくる。そういえば、彼女は保健係だった。がしかし、
「ん? 大丈夫です……」
優しく声を掛けてもらったにもかかわらず、よそよそしい態度をとってしまった。彼女は少し複雑そうな表情をしたまま、元のポジションに戻り、試合は続行された。
しばらくして、こちらチームのサーブ権となり、私が打つ順番に周ってきた。笛が鳴り、相手チームのコート目掛けて力強く打つ。そして再び笛が鳴り
「アウト!」
相手チームに点数が入ってしまった……。
「お~い! どこ飛ばしてんだよ!」
また、周囲から野次が飛でくる。
いや、私だってわざとやっているわけじゃないし……
ただ今までを振り返ってみるとボールをまともに打てた試しがない。このままでは、先ほどの夢が実現不可能になる。また、それを実行するには、ボールを天井目掛けて真上へ打つため、斜めへと行ってしまうと、その分距離をロスしてしまう。ということで……
――昼休み――
「え、バレーが上手くなりたい?」
今、私が相談している相手は、バレーボール部でエースと呼ばれし、我が友人、B君だ。性格は、心優しいガキ大将。
「実は――……」
さっそく彼に事情を説明した。予想通り困惑な表情を浮かべいたが、
「また、おかしなこと考えて……まぁいいけど」
やはり、何だかんだ優しい彼は呆れつつも何とか協力をしてくれた。ということで、毎週水曜日の放課後に残って練習を始めた。この曜日は文化部含め、全ての部活動が行われていない、そのため体育館も使用されていない。B君はまず、一番習得しやすいアンダーサーブを勧めてくれた。これは、体育の授業でよく先生に教えられていたため知ってはいる、できる、できないかは別として……。
ちなみに、バレーボールには、他にもフローターサーブやジャンプサーブと、種類がいくつかあるが、
初心者にも比較的使いやすいのがこれだそうだ。
さらに、真上に向かってとなるとやはり下から打つ、このサーブが適していると彼は言う。さっそくやり方を教えてもらった。
・右利きの場合まず、左手にボールを持ち、右手は後ろに引く。
・引き切ったと同時に、ボールを落とす感覚で離す。この時、重要なのはボールを、高く投げないこと。
・あとは、タイミング良く右手で打つ。その際下から救い上げるように腕を前へスイングする。
・そしてボールが当たる瞬間に力を入れて打つ。
以上がアンダーサーブの大まかな手順だ。
私の運動能力を考慮し、最初は三メートル先のB君に向かって、打つようにと言われた。さすがに、この距離は届くだろうと一回やってみた。……あれ、なぜかボールが変な方向に飛んでしまう。
理想としては、前に真っ直ぐかつ放物線を描くように打てることなのだが……放物線ではなく斜め下へ一直線に行ってしまう。その後も、打ち続けたが思った通りに行かず、三メートル先が徐々に遠く感じてきた。
さらに、体勢と体重の掛け方、打つときのボールとの角度、等のアドバイスも受けたが、それでも変な方向に飛んでいくのは何故なんだ……改めて、自分の不甲斐なさを痛感した。
何だか、泣きそうになってくる。
彼もこれは相当、習得するのに時間が掛かると、思ったのであろう、大きなため息をすると共に肩を落とした。挙げ句の果てにお前がやっているのは、ほぼラリアットだと突っ込まれてしまった。
ひとまず、今日はここで切り上げることとなり、自宅で自習練習となった。
――翌週――
再び放課後、B君に自習練習の成果を見せため、前回と同じ位置からボールを打つ。すると、放物線を描くように、三メートル先の彼に届いた。その後、二回、三回と繰り返し打ち続けても、真っ直ぐまでとは言えないが、ボールは下へと行くことは無くなった。さらに十八回目のサ-ブで、
「おっ!?」
何か今、自分の中で手応えを感じた瞬間だった。
実は、先週の帰り際にB君から小さなメモ用紙を渡された。そこにはこんなのが書いてあったのだ。
「打つまでの、動きに無駄な力が入り過ぎている。もっとリラックスしろ。それとボールを離した時に体との距離が開きすぎるから、もう少し胸元よりに離す意識をしろ。そうすればラリアットみたいにはならない! まぁとにかくガンバレ!!」
と、相変わらず小学生みたい字だったが、ここまでしてもらうと俄然やる気が出る。
おそらく、これが私にとって大きかったのであろう。
それからも引き続き、週に一回の放課後と体育の授業を使って練習に励んだ。
距離も徐々に五メートル、七メートル、十メートルと間隔を伸ばしていった。以前よりも大分、良くなってきたと感じたのか、B君は何だか優しい表情をしていた。
何なんだろう、まるで、子供を見守る親のような目をしていた。私を何だと思っているのか……まぁいいけど……
そんな彼が、ここで次の段階に進めると言う。今度は、今まで行った、そのサーブの応用となる天井サーブを練習するそうだ。詳しく説明を聞くと、その名の通り天井へ高く打ち上げるサーブで、普段の試合でする人はほとんどいないと言う。彼は以前、顧問の先生から聞いて知ったが、その先生すらもやらないらしい。
天井サーブの姿態は基本アンダーサーブと同じである。ただそれよりも深く腰を落とし、
体、全体のバネを使って伸び上がるように真上に打つ。その時ボールの中心をしっかりと当てるのがポイントだ。あとは、体力の問題で、このサーブはかなり消耗することになる。
まず、手始めに彼がお手本を見せてくれた。すると、ボールを打った次の瞬間、体育館中に響き渡り、そのまま天井まで届いた。そしてボールは落下していくが、私にはそれがゆっくり感じて見えた。
彼の方はというと、先ほどの子供を見守る親のような目から一変して、真剣な眼差しになっていた。
少し沈黙のあと、彼が一呼吸置き、落ちたボールをこちらに渡した。
「よし、じゃやってみろ」
「え、おう」
練習が始まった。
最初は、バスケットゴールの高さを目標に打ち続けた。当然、高く真っ直ぐ飛ばすことを意識しつつ距離を徐々に伸ばしていく。開始から三十分経過、実際にやってみて一つ分かったことがある。
なるほど……ギブアップ。
想像以上にキツい、しかし、B君はここに来て容赦なくあと三十回と言うのだ。どうやら彼にとっては、まだ易しい方で部活ではこれより、かなりハードだと言う。一体どんなトレーニングをしているというのだ、それと今、君の目の前にいる科学部員をバレー部員と一緒にしないでほしい。明らかに、運動量が違うではないか。
私はその後、根気でボールを高く打ち上げた。もうすでに、手首と腕が悲鳴を上げている。途中やけくそにもなったが天井に届かせたいという思いで、何とか三十回やり切り、その場で仰向けに倒れた。さすがに動けない状態を見たB君は、ここで切り上げることにした。
翌日から、三日間ぐらい体中に筋肉痛が襲った。……痛い。
――翌週の月曜日――
「アウト!」
「おい! 何やってんだ~!」
只今、体育の授業でバレーの試合中である。私はサーブ権で順番が周ってきたため、いざ打ったが、相手のコートを越えて後ろの壁に当たってしまった。B君のおかげで、真っ直ぐ行くようにはなったが、力の加減がバカになっていた。相変わらず、周囲からの野次が飛んでくる中、隣にいたA子さんが何かを呟いた。
「あの、バレーの練しゅ……がんばっ……さい」
「はい?」
「いいえ、何でもないです!」
私は聞き返したが、彼女は慌てて否定し、すぐに顔を逸らした。どうやら空耳のようだったが、それにしてもあんな表情するA子さん、珍しいと思った。そのうえ、少し顔が赤くなっていた。
――その二日後――
前回と同様、天井サーブで打つ。確かに力加減はバカにはなっているが、それでも、いままでの成果が出ているのは間違いない。そして、今日は異様に体が軽く、ボールの伸びも明らかに違う。この日を境に、少しずつ体力もつき、気が付けば練習を続けて、さらに一ヶ月後が経った。
ある日のいつもの体育館、大分、ボールは真上に行くようにはなってきた。しかし、天井まであともう少しのところで落下してしまう。そんな中B君は、こちらに近寄り、
「そこまで高く上げられるようならあとは、自力で頑張れ」
と私の肩に手を当てて、その場から去って行く。しばらく、私は手に持ったバレーボールを見つめ、そして彼が体育館を出る直前に、
「あの、B君ありがとう!」
と、普段出さない声量で、お礼を言った。彼は背を向いたまま、手を振り帰っていった。
さて、ここからは自分との戦いなる、まさか、天井にボールをただ引っかけることに対してこれほど必死になるとは思わなかったが、
それでも……見たい、天井にバレーボールが引っかかっているのをこの目で見たい!
休憩を挟みつつ夢中で打ち続けてから約一時間が経過した。すると、
「おっ」
初めて天井に届いた。その後も何回か回数を重ねていくうちに天井に届く回数が増えていった。ただ肝心のバレーボールがうまく天井に引っからない。体力も徐々に削れていき、次第に天井とボールとの距離が徐々に開いていく。流石に腕にも限界が近くなってきた。今日は、これで最後にしようと体、全体を使い、腕を思い切り上へと振りかぶった。そして今あるすべての力を出し切って打った。
と、その時だった、
「あ、あの……」
誰かが私の背後に近づき声を掛けてきた。なんとA子さんだった。
「最近、放課後残ってバレーボールの練習してますよね……?」
「えっ、あ〜そうですね……」
しまった、またよそよそしくなっている。そして、彼女もなぜかよそよそしい。普段、教室で喋るときとまた違う、妙な緊張が走る。
「体育の時間、気になってたんですけど、その、運動が苦手なのかなって、特にバレーが……あ、別に悪口のつもりで言ったわけでなくてその……」
「は〜……」
こんなに慌てたA子さんを見るのは、これで二回目だ。ただ今回の方が以前より激しくなっている。そんな彼女だったが続けてこう話した。
「それでも放課後残って……あっすいません覗くつもりはなかったんですけど、その、部活の備品で先生に用があって、あそこの前を通るときつい……あと、体育の時間でも端っこで密かに練習してましたよね」
そうか、彼女はバレーボール部のマネージャーでもあった。
というかそれも、見られていたのか~。
私はそれを聞いた途端に自分が今まで何をしてきたのか脳内でフラッシュバックした。
「あの!」
その最中に、突然、彼女は大声を出し、大きく深呼吸をしたあと、
「苦手なことを一生懸命、取り組む姿に惹かれました! つ、付き合ってください!」
「あっえ!」
まさかの告白で、つい何語でもない、何かが出てしまった。彼女は顔を赤らめ、頭を思い切り振り降し、綺麗な直角のお辞儀をしたまま微動だにしなかった。これは、私の返事待ちであろう、何か言わなければ。しかし、突然のことで脳内はパニックを起こしていた。そもそも、苦手を克服するために練習をしていたわけではない、彼女に何からどう説明すればいいのだ。当然だが今、体育館に二人きりのこの状況で、私は意味もなく辺りを見渡した。時間の感覚がおかしくなっているのか、視界が歪んでいるように見え、そのうえ、さっき打ち上げたボールがまだ落ちてこない。
……ん?
ふと私は頭上を見上げた、
「お〜、おっ、おおお!」
なんとボールが天井に引っかかっていた。
「やった、やったぞ! ついにやったんだ!」
思わず歓喜し、そしてついA子さんに勢い良くハグをしてしまった。
「嬉しいよ!」
「あ、あの……」
彼女は戸惑いを隠せず、さらに顔を赤らめる。それと同時に私も、正気に戻り始めると徐々に自分の言動に気づき、一気に顔が青ざめた。
「あっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい……」
すぐさま、尋常ではないほどの謝罪と共に猛スピードで何回も頭を下げた。そのため、彼女の顔はほとんど見えていない、というより見れない。
「え、いや……あの」
さらに、思考がおかしくなってしまった私は何を思ったのか、
ん? ちょっと待てよ、今このタイミングで謝罪すると彼女の告白を断る形になるのでは……
「好きです! 付き合ってください!」
突然の告白をしてしまった……。
「えっ、あ、はいっ! こちらこそよろしくお願いします」
彼女は、驚いたものの、のちに安堵の表情を浮かべ、最後は微笑んでくれた。
こうして、変なきっかけによって、一組のカップルが誕生したのであった。さらに、これ機にこの学校には、体育館の天井にバレーボールを引っかけると恋が実るという変な噂が広まっていた。
そのため以前までボールが一個も無かった天井には、最近何個か引っかかっている。これが原因で生徒会の方に
「迷惑だからやめるよう言ってほしい」
とバレー部員から苦情が入っているようだ。この一件に対し、B君は私に向かって、
「お前のせいだ、それとお前だけいい思いをするのはずるい」
と、言いつつ突然の四の地固めをしてきた。
「いっ、痛い! ギブアップ!」
ちなみに彼の四の地固めは尋常ではなく痛いと、我々の学年の中では有名である。そのうえに、怒りと嫉妬も上乗せされているため、通常より一・五割り増し痛い。
……あ、また一個増えてる。……あっ、痛い! もう無理!!
最近、テレビで耳にしたあるある、一人の男性がこんな発言をした。
「男子バレーボール部員が一人残り、練習しているその姿を女子が見て、そこから恋に芽生えがち」
「そんなのねぇ~よ、ドラマの見過ぎ」
それに対して、もう一人の男性は、食い気味で突っ込んだが、最初の彼の発言には、首を大きくうなづけるほど、共感できると私は思った。
これは、バレーボールを天井に引っかけたいがために努力に勤しんだ男子高校生のお話である。