4章
97
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『気を張らずともよい。あの時と同じだ、強く脳裏に思い浮かべて、助けを求めるんだ。』
クトゥグアの指示に従うように、マリは浅く息を吐いてからゆっくりと目を閉じる。
脳裏に思い浮かべたのは鮮烈な紅。
燃える炎を纏った優美な鳥を思い浮かべる。
「力を貸してください…!フェニックス…!」
思わずぎゅっと目を閉じてそう願うと、クトゥグアの隣にいたエンが炎に包まれた。
ウルの治療をしていたジーナは、肉体の怪我は問題なく癒せていた。
だが彼の心臓とも言える核の傷は直ぐには治らない。
全盛期ならともかく、今はチェザーレを産んで弱っている身には、そこまでの力はなかった。
それ程に、彼らに与えた命の力は貴重なもの。
星竜の力をもってして初めてできる、生命の循環に囚われない命を持ったのが、彼らだった。
時間をかけて、ゆっくりと癒すしか術はなく、それまでウルの肉体が持つかは分からない事が怖く、ジーナは自然と震えていた。
痛みが和らいだウルは、そっとジーナに鼻先を寄せる。彼女が何に震えているか手に取るように分かる。
安心させようと思い、何が言おうとしたが、うまい言葉も思いつかず、ぐるぐると唸るだけしか出来ずにいた矢先、視界の端で赤いものが見え、青い瞳をそちらに向ける。
ジーナたちも釣られたように振り返り、目を見開いた。
「クー君…?その精霊はなに…?妾の知らない精霊よ…?」
涙目のまま、彼女の契約精霊に尋ねる。
『久しいね、創造主。私は何をすれば?』
立ち上る炎の中からくるりと燃える翼を翻し、滞空しながら呼び出したマリを見下ろしてフェニックスは問う。
炎の大精霊たるクトゥグアや、星竜などかの精霊にとっては重要では無いらしく、ジーナの言葉にも、また、それに答えるクトゥグアにも興味を示さない。
ただマリにのみ、その意識を向けている。
『今は小さな火種を依代にしているから、手短に頼むよ。』
そう言ったフェニックスに、マリはハッとした。かの精霊の依代はエンだ、長引けばあの子が弱ってしまうかもしれないと思い、ぐっと目に力を込めて空飛ぶ鳳を見上げる。
「ウルさんの核を癒して欲しい…!」
一息にそう願えば、高く澄んだ声で答えるフェニックス。
くるりと首を巡らせ、横たわる白竜を見つけて傍らに降り立った。
『どれ…。これは酷いな…。核にヒビが入って、オマケに瘴気を帯びている…。君、相当我慢強いね。泣き叫びたいぐらい痛むだろうに。』
澄んだ赤い瞳でウルの身体を見たフェニックスがそういえば、グルル…、と唸る声。
余計なことは言うなと言わんばかりの声にフェニックスはあ、そう。と火の息を吐く。
『我が創造主の願いだからね。』
そう呟いて嘴を自らの翼に埋め、1枚の燃える羽を引き抜く。
おもむろにそれをウルの身体に突き刺すと、痛みで呻くウル。
思わず鼻先を抱きしめるジーナを横目で見つつ、ぐいぐいと羽を押し込んでいく。
やがて炎の羽はその殆どをウルの体内に埋め、フェニックスが嘴を離した途端、ずるりと中に入って傷跡も残さず消えてしまった。
『はい、おしまい。』
軽くそう言ってマリを振り返る。
じゃあ私は帰るよ、と来た時同様にマリに話しかけ、ウルから離れて火に包まれる。
炎が徐々に小さくなっていき、最終的には手のひらサイズになってから、ぽよんっとエンが出てくる。依代になったことが疲れたのか、ぺたりと地に伏せるエンをマリが抱き上げてエンと、フェニックスに心を込めて礼を言った。
一方、羽を刺されただけで終わりと言われたジーナは、ウルの様子を伺う。
羽を刺されて以降、苦しげに呻いていたが、やがて柔らかな光を発し、細長い身体が徐々に小さくなって、人の姿に落ち着いた。
横たわるウルの頭を抱きしめ、胸元に顔を寄せたジーナは、彼の核が綺麗に治っていることに驚愕する。
『あの精霊はこの星の精霊ではない。だから我の言葉には従わぬし、お前の力ではできぬ事が出来る。』
ぺたぺたと歩み寄ってきたクトゥグアの言葉に、エンを抱きしめて礼を言っているマリを見つめるジーナ。
そして成り行きを見守っていた息子に視線をやれば、彼は柔らかな眼差しでマリを見ていた。
「っ、う…ジーナ?」
抱えていたウルの声に、ぱっと顔をそちらに向ければ、まだ少し虚ろな青い瞳がジーナを見上げていた。
痛むところは無いかと尋ねると、貴女が締めている首が痛いです、と返ってくる。
苦笑し、解放してやれば、すかさずラルがウルに肩を貸して立たせた。
「奥で寝かせてまいります。」
チェザーレ達に一礼して去っていく双子の背を見送り、ジーナはマリの前に立つ。
抱えていたエンは火の力を使い果たして眠そうにしながら消えていて、マリもウルの背を見送っていた。
「マリ、あなたにはどう返していいか分からないほどの恩が出来ました。妾にできることは少ないけれど、苦しくなったら、妾を頼りなさい。あなたも、妾の子です。」
ジーナのその言葉を聞いた瞬間、マリの背筋がぶわりと粟立つ。
今まで、何となく感じていた事をジーナは見透かしていた。
だからこそ、マリにとって欲しい言葉を、彼女はくれた。
ぽろりとマリの目から涙が零れた。
ぎょっとしたのはチェザーレとジアン。
突然涙を流すマリにおろおろする男2人に、ジーナが鈴を転がしたように笑う。
涙を拭ってからジーナを見上げるマリ。
「ありがとうございます、ジーナ様。」
ぺこりと頭を下げたマリにお礼を言っているは妾なのよ?と苦笑するジーナ。
「ウルを襲ったものについてはウルが目覚め次第聞いておくわ。あなた達も無関係では無いかもしれない。後で使いをやりましょう。」
笑顔を引っ込めて真面目な顔でいうジーナに、頷くチェザーレ。
一旦星竜国に戻っておこう、と、庭に置きっぱなしだった籠の前に移動する。籠に乗り込む前にジーナに目一杯抱きしめられたが、笑顔で見送ってくれた。
竜の姿に戻ったチェザーレが籠を抱え、来た時と同様に空へ舞い上がる。
徐々に小さくなっていく宮殿を小窓から見つめ、やがて見えなくなるとソファに寝そべるジアンのお腹に頭を預けてころりと横になるマリ。
脳裏には、先程ジーナに言われた言葉が浮かぶ。擽ったくなって思わずジアンの毛皮に顔を埋めてしまい、怪訝そうなジアンの鼻先に耳をつつかれる。
手探りで彼の鼻先を撫でながら顔を上げ、なんでもない、と笑ってから、少し寝ていいかと尋ねる。
着いたら起こす、と返されてそのままジアンの鼓動を聞きつつ、すぐに眠りに落ちた。
その時見た夢の内容は思い出すことは出来なかったが、ほんのりと暖かい、そう感じる夢だった。
少し短め。
キリがよかったので…!




