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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
四章―精霊の国と霧の悪魔編―
97/116

4章

 96

 ――――



  自分自身の姿さえ見えないほどの暗闇の中で、チェザーレは周囲を見渡し、これが夢だと悟る。

  だが、竜の夢は記憶を巡るもの、自身の夢ではないと気づいた時、遠くにぽつんと灯りが見えた。

  その灯りの下には見慣れた少女。

  俯き、微かな嗚咽が聞こえる。

  咄嗟に駆け寄ろうとするが、どんなに足を動かしても一向にその距離は縮まらず、名を呼んでも音が伝わらず、少女は泣き続ける。

  やがて少女は蹲り、蝋燭の火が吹き消されるように、そっと消えていった。


『助けて』


  消える直前に、どこか遠くを見ていた少女の声がチェザーレに届く。咄嗟に伸ばしたはずの手は、自分にも見えずに空を掴んだ。

  再び静寂が戻り、先程聞こえた声の事を考える。

 

(助けて。か…。何から助けろと…?外界の王とやらか…?)


  思案するチェザーレの視界の端で再び灯りが見えた。

  そちらに顔を向ければ、再び蹲るマリの背が見える。

  今度は嗚咽は聞こえなかった。それでもやはり伸ばした手も、声も届かないままに消えていく。


『ここから出して』


  やはり聞こえる言葉。

  戻る静寂の中、周囲を見回すと、やはり浮かび上がる灯りと少女。

  今度こそ、と伸ばした手を何かに捕まれ、小さな声が聞こえる。


『ギブ!ギブギブ!!離せ!締まってるから…!』


  喚く声と手を握られた感触に訝しんでいると、急速に闇が払われ、意識が浮上していく。



  ぱちりと目覚めたチェザーレが見たのは、天井に向かって伸ばした手を握って心配そうに覗き込むマリと、自分の腕の中で必死に藻掻くジアンだった。

  ジアンの拘束を解きつつ身体を起こし、隣で大丈夫?と声をかけてくるマリと、握られたままの手を見つめ、そっと握り返してから腕を引く。

  ぐらりとマリの体が揺れてチェザーレに倒れ込んでくるのを抱きしめ、力を込めて細いうなじに顔を埋める。

  どくどくと息衝く鼓動を聞いて、夢だったことを思い出していれば、心配するか細い声が聞こえ、ついでにジト目の狼とも目が合った。

  ふっと息を吐いてマリを拘束から解放し、ベッドから降りる。

  固まったままのマリを横目に見つつ、ジアンもベッドを降りてきた。

  ちょうどそのタイミングでドアを叩かれ、返事をすると、ラルが顔を出す。

 朝食の準備が出来たことを伝えにきたらしく、直ぐに出ていった。


「マリ、飯に行くぞ?」


  真っ赤になって固まったマリにそう声をかければ、止まっていた時が動き出したのか、ぎくしゃくとベッドから降りてくる。

  物言いたげに見上げてくる頭に手を置いてぐしゃぐしゃと荒く撫で回してから、変な夢見ただけだ、と悪戯っぽく笑って歩き出した。




 ――――


「あれ?ウルさんは…?」


 テーブルに座って待っていたジーナの背後にはラルしか居らず、珍しいとばかりに椅子に座りながらマリが尋ねる。

  沈黙するラルに対し、ジーナは手元にあるパンを千切りながらにっこりとマリに笑いかけた。


「妾に意地悪した罰よ。少し下界を見てくるように言いつけたの。朝食が終わるまでに戻ってくるわ。」


  さらっと言ってのけたジーナに、ラルは嘆息している。

  そのまま滞りなく朝食を終えた頃、唐突に険しい顔をしてジーナが立ち上がる。

  次いでラルも手にしていた食器を置き、2人はチェザーレたちを置いて慌てて出ていく。

  いつになく強ばった顔の母に違和感を覚えたチェザーレも席を立ち、マリ達も続いた。

  立派な宮殿の入口から門まで走ると、ジーナをラルが押し止めていた。


「ウル、ウルが…!」


「ダメですジーナ…!あなたはここから出てはならない…!ウルなら大丈夫、帰ってきます…!」


  会話の内容に不穏なものを感じ、立ち止まるマリに反して、チェザーレはジーナ達に近づき 、今にも門から飛び立ちそうな母を抱えあげてラルに預ける。

  状況を聞こうとした矢先に、門の下の方から真っ白な細長い生き物がふらふらとこちらへ飛んでくるのが目に入った。

  それが誰か理解した瞬間、チェザーレは背に翼を広げて飛び立つ。

  ラルに抱きしめられたままのジーナも門から飛び出そうとしてより強くラルに抱きしめられていた。


  バサリと翼を翻し、白く長い蛇のような生き物を支えたチェザーレが庭に降り立つ。

  途端にラルの拘束から抜け出したジーナが駆け寄った。


「ウル…!あぁ…すぐ、すぐ治してあげるわ…!」


  ぼろぼろと大粒の涙を零しながら白い竜に縋るジーナを、薄らと目を開けた竜の青い瞳が捉える。


「すみません、ジーナ。お使いも、満足に出来ませんでした…っぐ、ゥ…!」


  真っ白な細長いからだは、マリのいた世界でいう東洋の龍のようで、4対8枚の柔らかそうな羽根の翼が印象的だった。

  だが、白い体には所々血が滲み、細い手足があるであろう場所の1つ、後ろ足が片方に、白い羽根も3枚が根元からちぎり取れていた。


「ウル、人型になれるか?その方が治癒がききやすい。」


  チェザーレの問いかけにウルは弱く首を振る。


「申し訳、ありません…。核を傷つけられてしまいました…。思うように、力が…っ。」


  途切れ途切れに答えるウルの額にジーナが手を伸ばし、薄い紫のモヤがウルを包み込む。

  それに抱かれるように庭に身体を横たえたウルを、マリ達はじっと見ていることしか出来なかった。

  何かできることは無いがと、ジーナに聞きに行こうと一歩踏み出した時、足元に炎が渦巻き、びくりと足を止める。

  渦巻いた炎から大きめの赤いトカゲが姿を現し、マリを見上げた。


『久しいな、マリよ。』


  そう声をかけてくるトカゲに、恐らくはサラマンダーなのだろうが、知り合いなど当然いないマリは困惑して固まる。

  その様子に、自分のことに気づいていないと悟ったサラマンダー。


『クトゥグアという。ジルヴァーナの契約精霊だ。以前、チェザーレが我を喚んだ時に逢っているだろう?』


  ぺちぺちと短い前足で地面を叩きながら言うサラマンダーに、はっと目を開いて頷くマリ。

  思い出してくれたことにほっとしたクトゥグアは、マリを見上げた後ウルの方に顔を向ける。


『あれの核はジルヴァーナの星竜としての力を分け与えたいわば心臓のようなもの。並の治癒魔法は受け付けん。そこで、だ。』


  一旦言葉を区切ったそのトカゲは、再びマリの方を向いて地面をぺちんと叩く。

  それに応じるようにクトゥグアの隣に小さなサラマンダーが現れた。


「エン?」


  マリにとって大切な精霊のエンを見間違うはずもなく、そう呼びかけると、エンは嬉しそうに尻尾を揺する。


『そやつと我が力を貸す。何時ぞやの精霊を喚んではくれまいか。』


  クトゥグアのいう何時ぞやの精霊に覚えがなく、キョトンとして首を傾げたマリだったが、成り行きを見守っていたジアンがマリの上着の裾を引いて、


「ほら、ナイアーラトテップん時に喚んだ、火の鳥だろ?」


「…!フェニックス!?」


  漸く思い出したと言わんばかりに声を上げるマリにうんうんと頷くジアンたち。


『フェニックスというのか、あれは。我の呼び声にも一切答えず、竜王山の火口で優雅に火浴びをしておる…。あれはこの星の生き物ではない故に、我の声には答えぬ。お主しか、喚べんのだ。』


  見た目はトカゲなのに、困ったような苦笑が伺えるクトゥグアに、マリはウルを一瞥してからやります、と強く答えた。

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