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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
93/116

3章

92

――――



精霊王国シルベアナ。首都シルベアナにそびえ立つ白と金を基調にした豪奢な建物は夜の帳が降りて尚、仄かに光を放っている。

法皇を始めとしたこの国の重鎮たちがが住まう宮殿の最上階。

あらゆる守りの結界を駆使して作られた執務室の中で、銀の髪をオールバックに撫で付け、赤みがかった橙色の瞳を手元の書類に向ける、壮年の男性。

行儀悪く重厚な机に肘をつき、つまらなそうに読んでいたそれを指先で弾いて机に落とし、背もたれに体重を預ける。

ギシリときしんだその椅子の音と重なるように、窓辺に置いていた観葉植物の1つが腐り落ちて跡形もなく消えた。

視界の端でそれを目にし、細い指先を顎に寄せて撫でる。

ひとしきり思案した後に、肘掛に手を着いてゆっくりと立ち上がった。

長身で細身の身体に装飾の多い白い神官服を身につけ、しっかりとした足取りで部屋のドアを目指す。

ドアを開ければすぐ外には警護の兵士が控えており、中から顔を出した彼に気づいて慌てて敬礼し、小走りで近づいてきた。


「すまない、少しここで仮眠を取るから、誰かが尋ねてきたら寝ていると言ってくれ。寝ていることを責められたら、年寄りは寝ないと直ぐに永眠するとでも言っておいてくれるかい?」


ぱちんとウインクして茶目っ気たっぷりにそう言った彼に、兵士の若い青年はぽかんとした後に苦笑して頷いた。

言伝てから部屋に顔を引っ込めて振り返ると、誂えてあったソファに明るい茶色い髪が目を引く少年が寛いでいた。


「ただいま、父さん。」


イツキの顔をしたイェブがそう言いながらテーブルに置かれたクッキーを頬張る。

彼の向かいに座りながら手ずから紅茶を入れて差し出しつつ、クッキーを食べる手が止まらないのを困ったように見つめてから、そっとクッキーの缶を手前に引く。

手を伸ばしても届かなくなったそれに、父と呼んだ男を睨むイェブ。


「私の分がなくなってしまうじゃないか。」


楽しみにしていたんだ、と言いながら一つ摘んで齧る。

その仕草に毒気を抜かれたように息を吐いて、紅茶を啜って口の中をスッキリさせて、カップを置きながら、


「そっちはどうなってるの?」


イェブの問いかけに食べていた手を止めて、男性も紅茶を口にしてから、ふむ、と背もたれに背を預ける。

高級なソファらしく、しっかりと背を支えてくれる感触に橙色の目を伏せながら、ごそごそと懐を探って、1枚の紙をテーブルに置いた。

それをイェブが流し読みしているのを見つつ、


「準備をし始めた、と言ったところか。彼が私の手元まで来たら、計画が動き出す。やっと3人目だ。ようやく、王の願いを叶えられる。」


視線はテーブルを向いているものの、どこか遠くを映すように瞳の色がぼやける。

脳裏には先日送った書状と、それを携えて送り出した聖術使いの顔が浮かぶ。

彼ならば上手くやってくれるだろう。

その為に出来ることはやったし、あとは待つばかりだった。


「おお、そうだ。彼が来たら、君は顔をしっかり隠すんだよ?何せその顔は同郷の友人みたいだからね。」


ぽん、と手を打ってそういえばイェブは書類から目を離して頷く。


「まぁ、僕に成り代わった、って知らないだろうけど、バレても面倒だしそうするよ。イツキが必要になる事があれば呼んでよ。上手くやるよ?」


にっこり笑ってそういえば、疲れたから僕は一旦休むね、と立ち上がり、父が手元に引いていたクッキー缶を素早く掠めとってから、指先で宙に円を描き、白い渦を作り出してそこに潜り込んで消えていった。


静寂の戻った部屋で、再び紅茶を口にしながら、橙の瞳がきらりと輝く。

口元には柔らかな笑みを浮かべ、これから始まるであろう事に思いを馳せて、微かに笑う。


「マリ…。この地で我が王が君をずっと待っているよ。」


そう呟いて、彼は執務机へと戻る。

観葉植物が無くなった窓辺に立ち、夜の街並みの更に奥に見える巨大な世界樹をみるともなしに眺めていた。

彼の着る神官服の背には、美しい金糸の刺繍。

大精霊マクスウェルを奉じたその刺繍を背負うのは、かの精霊の代弁者。





――――


「星竜ジルヴァーナに会いに行くぞ。」


たっぷりのお湯を使ったお風呂に入り、美味しい食事を終えてチェザーレの部屋に戻ったマリは、待ち構えていたチェザーレからの一言にキョトンとして、首から掛けていたタオルに頬が触れるほどに首を傾げた。


「母上なら、恐らくなにか知っているはずだ。教えてくれるかはまた話が別だが…。一度お前を会わせておく。」


ソファで寛ぎながらそう言われ、傍らで寝そべるジアンを見るが、彼は呑気に欠伸をしていた。チェザーレの向かいに腰掛けながら、なにかを抱えようとしてそれが今は無いものだと気づいて誤魔化すように手をぱたぱたと振る。

その仕草に何となく想像がついたジアンはのそりとソファに上がり、マリの膝に頭を乗せて撫でていいぞとばかりに尻尾を揺らす。

耳の間に置かれたマリの手がゆっくりと撫でるのを感じながら、数日前まではここはとある小熊が占有していたのを思い出し、ふすんと鼻を鳴らす。

向かいではつまらなそうにそれを見つめるチェザーレ。


「話を聞きに行くのは分かったけど…会わせておく、っていうのは?」


「元々、マリに興味があったのは母上だからな。俺だけ行ったところで、なんで連れてこなかったのか、って怒られるのは明白だからな。あとエンの事もある。」


エンの?と問いかけるマリに、小さな火種が生まれてそこからトカゲが姿を表した。

先日より少し大きくなっている気がして、ぺたぺたと歩いて膝の上のジアンの頭の上に乗っかるトカゲを見つめるマリ。


「あれ…?エン…。」


手のひらに触れるすべすべで温かなエンを撫でつつ、疑問に思ってチェザーレを見上げる。


「精霊も成長する。この間少しとはいえ地脈の近くにいたからな、その力を少し吸ったんだろう。母上の契約精霊は火の大精霊でもある、エンの為にも、マリの為にも、会っておいて損は無いはずだ。明日の朝一番に出るぞ。」


チェザーレの言葉に、自分はともかく、エンの為ならば、と頷く。

ひとしきりエンとジアンを撫でてから自分に宛てがわれた部屋へと入る。

暫く人が出入りしなかったせいか、少し空気がこもっているように感じ、大きな窓を開けた。

月明かりに照らされたバルコニーに一歩踏み出し、夜風が頬を撫でるとぶるりと肩が震える。

この世界の季節はどういう感じなのだろうか、と思案してから部屋に戻ると、ベッドの上にはエンが陣取り、仄かな温もりがベッド全体に行き渡っていた。

暖かい布団に包まれ、エンを抱いて眠りに落ちるマリ。

寝入り端に微かに見たのは、壮年の男性が、優しく微笑み、マリに向かっておいで、と手を広げている姿。

誰かも分からずに問おうとしたが、陽炎のように揺らめいて消えてしまった。



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