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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
88/116

3章

87

――――



黒い茨を纏ったナグに、べフィルが切りかかる。

身の丈ほどもある大剣はそれ相応の重さがある代物だが、自身の腕の延長のように気軽に振り抜くべフィルの腕力であっても、ナグを包む茨を完全には断ち切れなかった。

数本を切り飛ばしはしたものの、直ぐに密集されて阻まれる。

たち行かなくなる前に剣を引いて構え直し、鼻筋に皺を寄せてナグを睨みつける。

茨の奥から除く横長の瞳孔がべフィルを捉えた瞬間、言いようのない不快感を感じて首を傾げると、ナグの表情が忌々しげに歪む。


「精神耐性の守りまでしてるなんて流石は(ゴールド)級ね?」


ナグの言葉で、精神に干渉する魔法を使われたのだと気づき、ちらりとメンバーであるルピナに視線を向ければ、彼女がこくりと頷いて応えた。

神官の彼女は攻撃こそ格闘術のみだが、こと守りにおいては大司祭を上回る。

魔法に対してほとんど耐性らしい耐性のないべフィルが、そういった事を気にせずに突っ込めるのは彼女のサポートがあってこそだった。


ヒュッ

風切り音が聞こえ、音のした方へ顔を向けた瞬間、顔面に向かって飛んでくる矢に気づき、住んでの所で顔を逸らすナグ。

冷や汗が背を伝うが、おくびにも出さずに弓を構えるエルフを見やる。

恐ろしいことに無数に蠢く茨を掻い潜って頭を撃ち抜こうとしてきた手腕に警戒心が強まる。

懲りずに茨を切り飛ばし続けるべフィルはそのままでもいいと判断し、エルフと、もう1人いた魔法使いへと注意を払おうとし、その姿を探して視線が僅かにさ迷った。


「誰を探しているのかしら?」


耳元で聞こえた女の声に、思わず振り返ってしまった。

茨に囲まれた自分に、こんなに接近できるはずがないという考えと、姿が見えない魔法使いへの警戒がごっちゃになって思わずとった行動だったが、それは何よりの隙となる。

振り返ったナグの右の上の角を風の矢が射抜いた。

痛みはないが衝撃でふらつく。

たたらを踏んだせいか、若干茨の制御が甘くなる。極わずかの差で、しかもほんの一瞬だけ、動きを止めた茨を、べフィルが全力を持って横薙に切り払った。

開けた視界で、彼女が見たのは今敵対している人間ではなく、離れた場所で大熊の戦士に近づく母の姿だった。

打ち捨てられたバジリスクと、動きの止まったケトー。

母が石化の呪いを発動したのは明白だが、かの戦士はどこも石化していない。

ただ、動きをとめて、じっと母が近づくのを待っているように見えた。


「ママ!だめ!」


咄嗟に口をついて出た言葉。

手を伸ばし、駆け寄ろうとしたが行く手を阻むように足元から先程もみた半透明な竜の爪が襲いかかる。


「くっ…!」


咄嗟に方向転換し、ぐらつきそうになる身体を支えて振り返り、怒りの籠った罵声を浴びせようと口を開くが、目前に迫った大剣がそれを許さない。

腕で顔をガードするように交差し、さらには茨も彼女を守るべく切り飛ばされた枝葉をミシミシと復活させて間に入る。


『命ある草木よ、健やかに育て!グロウアップ!』


切られた茨から新しい切っ先が生えた瞬間に聞こえた詠唱がもたらすのは、植物の急速成長。

初歩の初歩ともいえる簡単な魔法のそれは、新しく生えるという成長の力をさらに高め、成長しすぎた茨は、グズグズに枯れて萎びていく。

驚愕にナグの目が限界まで見開かれる。

極わずかの間しか防御として役に立たなかった茨だったが、ヒュッと息を飲んだナグは左腕に魔力を集めて即席の盾を形成し、大剣を受け止める。元より力の差は歴然で、魔力の盾はすぐにヒビが入り、割れてしまうが、それを見越して振りかぶった右手で大剣の刃を殴りつける。

思い切り殴ったが、鋼の分厚い刃にどれ程のダメージにもならない。だが、横からの衝撃に、べフィルの足元が微かに動く。

同時に剣の切っ先もぶれ、べフィルが力を込め直すより早く、ナグの前蹴りがフルプレートに守られた鳩尾に直撃した。


「ガッ…っつぅ…!ゴホッ、グッ…」


蹴りに対して、力を入れるために吸い込んでいた息を強制的に吐かされ、ぐらりと数歩後退して剣を地に突き立てて身体を支えるべフィル。

ぺっと地面に血の混じった唾を吐いて口の中の不快感を減らし、汗の滲む笑顔でナグを見やる。


「ルピナの蹴り程は、痛くねぇなぁ…。」


フルプレートの奥で折れたか、ヒビでも入ったのだろうか、ズキズキと痛む腹を押さえながらそう言えば、背後から冷えた空気が僅かに漂う。

戦闘中ということもあって、ルピナは何も言わずにペンダントを握りしめた。


『竜の神にルピナが祈ります。かの者に癒しの息吹を与えたまえ。キュア』


詠唱とともにべフィルを薄い緑の風が包む。

楽になった呼吸に安堵しつつ、目の前で腕を押さえ、あらぬ方向に顔を向けて固まったままのナグを訝しむ。

その視線を追ったべフィル達も、彼女同様に固まってしまった。


血飛沫を上げて飛ぶ女性の首。

ことん、という存外軽い音は頭が地に落ちた音。ドサリという重い音は所々焼け焦げた体が前のめりに倒れた音。

転がっていく首の、涙が浮かんだまま見開かれたうつろな瞳と、一瞬目が合った気がしたが、そのままころりと転がってケトーたちがいる方へと向いてしまった。

先程聞こえた耳鳴りがするほどの雷鳴は、杖を支えにして膝を着いている黒豹族の男のものなのだろう。

よろよろと、ナグが母の元へと歩いていく。

無防備な背中を見せて歩く彼女を、後ろから斬ることを躊躇ったべフィルは、その動向を注意深く見ていた。


「ママ…ママ…。」


幼子のように泣きながら母の身体に縋るように覆い被さるナグ。

流石に血縁を失うと痛むものがあるのだろうかと思っていると、


「何をしている!とどめをさせ!!」


緊迫した声に伏せかけていた顔をはね上げたべフィルが見たのは、母の身体に縋りながら、胸元へ手を突っ込み、鼓動の止まったまだ温かい心臓を抉りだして口にするナグの姿だった。

目にした瞬間、べフィルは大剣を振りかぶって肉薄した。

血肉を啜る細い首目掛けて振り抜く。

なんの抵抗もなく、ナグの小さな頭が宙を舞う。

力を失った体が、母に重なるように倒れ、手にしていた赤い塊も地に落ちた。

斬りこんだべフィルさえも驚きながら、ぽとりと落ちてきたナグの頭へと視線を向け、そしてゾッとした。

口元を血で汚した彼女は、それはそれは綺麗な顔で、笑っていた。

強烈な寒気を感じて思わずその場から飛び退くべフィル。結果的にその行動が、彼を救った。

ナグとジューナの肉体を中心に、赤い魔法陣が展開される。

血のように赤いそれは、文字や図形の部分から真っ赤な液体を滲ませ、やがて渦になって魔法陣を覆う。

飛び散った液体が掛かった地面は異臭を放ち、思わず顔を顰めた。

ミシ…ミシミシッ…

魔法陣の中から何かが軋むような音が聞こえ始める。

眉を顰めるべフィルを他所に、ギースがすかさず風の矢を射掛ける。

合わせるように漆黒の矢も別方向から飛来し、魔法陣の中へと吸い込まれ、何も起こらない。


「チッ…!べフィル!もっと離れろ!巻き添え食うぞ!」


舌打ちとともに声を張り上げるギースに我に返ったべフィルはすかさずその場から離れた。


『セイクリッドブレス!』


『サイクロン!』


女性二人の声が重なり、光の礫と風の渦が魔法陣を襲うが、真っ赤な液体はビクともせずにその形を維持し続ける。

やがて、赤い液体の渦の奥から、黒とも緑とも言える枯れた木の枝のようなものが現れ出す。

ミシミシという音ともに、それはまるで樹木のようにそびえ立ち、腐臭を放って蠢いていた。

魔法陣に収まりきらないほどの巨大な樹木は、中央から女性の上半身らしきものが浮かび上がり、ナグともジューナともつかないその女性が、ゆっくりと目を開ける。


「さて、ここは母さんと姉さんに任せて、僕は一旦引こうかな。」


チェザーレの攻撃を掻い潜り、無傷のままでイツキの顔をした少年が笑って言う。

ふわりと跳ね上がるように飛び、樹木の枝に降り立つ。

太い幹をぽんぽんと叩きながらにっこりと笑顔を振りまき、


「今回の目的は僕の復活。母さんと姉さんには悪いけれど、目的は叶ったんだよね。だから次は、ちゃんと準備をして迎えに来るよ。」


振りまいた笑顔はそのままに、最後の一言だけを、マリに向けて、ずるりと湧き出てきたモヤに吸い込まれるようにイェブは姿を消した。

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