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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
86/116

3章

85

――――



夜中から降り出した雨は、朝になっても止むことは無かった。多少雨足は弱まったものの、細い雨がしとしとと木々を濡らしている。

雨を嫌ってか人が少ない街を抜け、郊外の屋敷の前に立つチェザーレたち。

ナズールは黒っぽい紫のローブと、木の杖を手にして合流している。

ギースの計らいにより、落ちてくる雨粒は周囲に展開された風の壁によって遮られている。

先日とは違い、門前には私兵らしき門番がいたが、チェザーレたちにはなんの反応もせずにただ立っている。

ずんずんとケトーが進み、戦斧を振りかぶって門番へと叩きつける。

いきなりの所業に驚いたのはマリだけだった。

斧をその体で受け止めた門番は、ぶちゃりと原型を失い、薄墨色のどろりとした液体となって庭に飛び散る。

戦斧を担ぎあげ、屋敷に向かって吼えるケトー。

その咆哮に、ぱちぱちと間隔の広い拍手が重なり、両開きの玄関が開いた。

中からは3人の人影。

羊人の母娘と、明るい茶髪の少年。

母娘を従えるように真ん中に立つ少年は、マリ達が探していた少年で、ケトーの咆哮に拍手しているのも彼だった。


「…、ドッペルゲンガー、みたい…。」


イツキをみたマリが青ざめながら呟く。

その言葉にチェザーレとジアンの視線が鋭さを増す。

ほんの小さな声だったのに、玄関先にいたイツキには聞こえていたらしく、浮かべていた笑顔を消してマリへと深い緑の瞳を向ける。


「あんなのと一緒にしないでよ。()はイェブ。外界の王に仕える一翼。10年ぶりの外なんだ、少し遊ぼうよ。」


イツキの顔と、声で、イツキではない少年が楽しげに笑う。

そしてふと何かを思い出したように虚空を見たあと、パチンと指を鳴らし、手元に丸い何かを出現させた。

それを無造作にマリに向かって放り投げる。

丸いそれが何かを理解した時、マリは走り出していた。


「!マリ!よせ!」


咄嗟にチェザーレが手を伸ばすが、それを掻い潜って弧を描いて落ちてくるものを受け止める。ギースの風の壁から出てしまい、庭の泥が跳ねるがそれどころでは無い。

意外と重いそれを抱え込み、その場に座り込んで抱きしめる。

頬を撫でるのはふわふわとゴワゴワの中間のような子グマの毛皮。

雨に濡れないように必死に抱きしめ、温かな体に安堵する。


「ケイロー…、よかった…。」


滲みそうになる涙を堪えて呟くと、目の前に誰かの足が見えた。

恐る恐る顔を上げた瞬間、マリの頬を赤い風が撫でた。


ギィン…!


マリの傍らに立ったチェザーレが、赤いシャムシールをイェブに振り下ろし、それを黒いモヤが防いだ音だと、幾ばくが遅れて理解する。

チェザーレの反対側に進んできたジアンに促され、門の外までマリが下がったのを視界の端で捉えて、押し込む力を増すが、モヤはびくともしない。


「…っふふ、その程度なの?竜王も大したことないんだね?」


嘲るようなイェブの言葉に眉を寄せ、剣を一旦引こうとした矢先に、ずるりとモヤが伸び、チェザーレの横から切りかかってきた戦斧を弾き返す。

その反動で吹き飛ばされた大熊の戦士を一瞥し、


「母さん。」


一言口にすれば、玄関で様子見をしていたジューナがにんまりと笑って頷く。吹き飛んだケトーの方にふわりと降り立ち、優雅に一礼した。


「10年、我が息子の魂の入れ物を守ってくれてありがとうございます、将軍。改めまして、私の名はジュブ・二グラス。外界の王に仕える一翼にございます。気軽にジューナとお呼びくださいませ。」


にっこりと微笑む淑女の立ち姿に、10年前の王妃の姿が被る。

青紫の隻眼を怒りに燃やし、ケトーが起き上がる。その傍らに立つのは宰相ナズール。



門の外で成り行きを見守っていたべフィルたちが動こうとした矢先に、門の下にモヤが渦を巻いて遮る。

各々獲物を手にして構えると、モヤの中から緑の髪を撫でながらぴょん、と飛び出してくる少女。

楽しげにべフィルたちを値踏みし、べフィルとギースを見てうんうんと頷く。


「あたしはナグ。そっちのお姉さん2人はいらないけど、イケメン2人はあたしの玩具として飼ってあげる。イツキ君みたいに。」


ナグの言葉にべフィル達の視線が鋭くなる。

大剣の切っ先を殴ナグに向けたべフィルは、怒りの篭った声で、


「10年前、俺たちの村を襲った時、おまえはいたか…?」


「10年前?ママと一緒にいたから多分いたんじゃないかなぁ?」


ナグの明るさを含んだ声に苛立ちが増す。

メイニィが握った杖が、ぎしりと音を立てるのが聞こえた。


「覚えて、ねぇのか…!」


引き絞った様なべフィルの声に、ナグは肩を竦めて苦笑した。


「キミは、10年も前に食べた晩御飯の献立なんか覚えてる?」


嘲るような言い方に、べフィルは肉薄して大段上に構えた剣を振り下ろすことで答える。

このままいけば真っ二つになるであろう威力のそれを、ナグは軽く腕を額の前にかざすだけで押さえ込んだ。

さして力を入れた風でもなく、じっと深い緑の瞳でべフィルを覗き込む。

同時に魅了の魔法をかけようとしたが、死角から放たれた風を纏った矢を体を逸らして避ける。矢はそのまま大剣へと当たり、仰け反るようにしてべフィルが離れた。

べフィルに注いでいた視線を外し、若干眉を寄せて矢を放ってきたエルフを睨むが、身に走るぞくりとした直感に従ってその場から跳ねるように飛び退いた。


『いと尊きは竜の爪。スティグマータ!』


キラリと光る銀のペンダントを握った神官、ルピナの呪文で、僅かに遅れてナグのいた所に半透明の爪らしきものが出現する。

ナグをとらえ損ねたそれが光を弾けさせて消えるのをはね飛びながら見てから地に足をつけると、飛び退いた先の地面がずるりと滑る。

咄嗟に足に力を入れるナグだったが、滑る地面はそのままずぶずぶとナグの足を飲み込もうとしていた。

膝まづき、足元に手を這わせて魔力の流れを強制的に断ち切ることで、沼と化していた地面を止めで足を抜く。

小さく聞こえた舌打ちは魔法使いからだった。

こんな子供だましの魔法で、足を止めようとするなんて、と顔を上げた先に、降ってくる影。脳が理解するより早く、ゴロリと地へ身を投げ出して転がる。

轟音と共に服が濡れて土の混じった水が頬を這うのと同時に、焼け付く痛みが足を襲う。

咄嗟に手と視線をやれば、切り損ねたことを不満そうにする剣士が、地面に剣を突き立ててこちらを睨んでいる。

手をやった太ももは掠ったのだろうか、ぱくりと傷口が開き、血を零していた。

荒くなる息を必死に留め、這わせた手で傷口を押さえて癒した。

足は元通りの真っ白なそれになったが、大きな傷を癒した分の魔力を失ったことに歯噛みしつつ起き上がるナグ。

先程、あの剣士の剣は手で止めれるほどの威力だった。

だが今のは明らかにそれよりも数段重く、早かった。

たかが人間、と侮っていたナグは警戒を強めた。

それに面白そうに笑うギース。

メイニィもルピナも、べフィルでさえ笑う。

なぜこの場で笑っているのか意図が出来ずにナグの眉間に皺が寄る。


「確かに、魔法の腕も、魔力も、俺らが見てきた中じゃ最上級レベルだ。けど、()()()()だ。俺たちは、もっと手強い敵と戦って、生存戦争勝ち抜いてきたんで、なっ!」


言葉の終わりに、引き抜いた大剣がナグに向かって横薙に払われる。

言われたことに一瞬思考が停止していた隙を狙われたそれは、正確にナグの首を狙ったものだったが、ガキィン…!と凡そそれらしからぬ音と、衝撃をべフィルの手に伝えた。

ビリビリと痺れる手で剣を握り込み、刃を返して構え直す。

べフィルの大剣を受け止めたのは、咄嗟に首元に寄せられたナグの細い手にまとわりついた黒いモヤ。

あと僅か遅れていたら首が飛んでいたかもしれないという実感と、人間という餌に等しい生き物にバカにされた羞恥と怒りが身を焦がす。

ゆっくりと立ち上がったナグの瞳は、先程までは人のそれだったものが、いまは羊人らしい横に長い瞳孔を顕にし、無機質な視線を巡らせる。

側頭部の角はミシミシと音を立てて長く巻き上がり、さらに上に1対増えた。


「上等よ、人間風情が!」


獣人の本性を表したナグの周囲に広がったモヤが寄り集まってミシミシという音を響かせ、黒緑色の茨へと変じた。

鋭い棘を纏うナグに、べフィル達はぐっと気合いを入れ直す。



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