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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
82/116

3章

81

――――



チェザーレに続いて入った部屋の中では、マリ達以外の全員が揃っていた。

そしてギースは膝に肘をつき、両手のひらで顔を覆っていて、ジアンもまた沈んだ顔をしている。

なにか良くないことでもあったのかと、マリが眉を寄せる中、ソファに腰掛けたチェザーレが口を開いた。


「余程、良くないことがあったようだな。」


チェザーレの声にやっと手を離して顔を上げたギースだったが、その顔はやはり蒼白だった。

心配そうなルピナを制し、ふっと息を吐いて、


「俺も長く冒険者をやってきたが、あれほどのものは見たことがない。正直、女子供に聞かせたいとは思わないんだが…。」


そこで言葉を区切り、マリを見るギースに、ぎゅっと拳を握って大丈夫です、とマリは頷く。


「…一昨昨日に、俺たちはギルドの近くにある魔法薬を取り扱ってる店に聞き込みに行ったんだ。人相を伝えてそう言ったやつが来てないか、って。そこの主人は至って普通の兎人族で、話も特に変わったことはなかった。嘘もついていない、とジアンも言っていた。」


昨日、あれからその店に行って、と話を続けようとしたギースの顔色は今までにないほどに悪い。自然、皆の顔が強ばる。

ギースを見かねたのか、ジアンがのそりと身体を起こす。


「あの店にゃ地下室があってな。まぁ巧妙に薬の匂いで隠されてて気づかなかったんだが、昨日行った時はひっでぇ血の匂いが漏れててな…。」


代わりに話し出したジアンに視線が集まり、血の匂いと聞いてマリの脳裏にケイローが浮かぶ。震えそうになる手を堪え、耳を傾ける。


「押し入った先は、もぬけの殻だったが、店の店主らしきモンが捨てられてた。んでギースと一緒に手がかりになるもんがないか探ったんだが、奴らそういったメモとかの類は残して無かったみたいでな…。」


「だが、どうしても残ってしまうものっていうのがある。めちゃくちゃに引っかかれた床、もげた爪、飛び散った血は店主のもの以外にも人間のものも混じってた。錆び付いた拷問用の道具が散乱してる中で、魔法陣が床に描かれていた。」


補足するギースに、頷くジアン。

そして懐から1枚の紙を取り出し、テーブルに置く。

その紙にはインクで複雑な文様を円で囲んだ、魔法陣が書かれていた。


「写し取ってきたのがこれだ。効果が出ないように線は途中でいくつか区切ってあるが…。メイニィ、これが分かるか?」


魔法のことならば、と造形が深い彼女に尋ねたが、返事がなく、訝しがるギースが彼女へと視線を向ければ、ゾッとするほどに恐ろしい顔で、魔法陣を睨んでいた。


「…外法中の外法、深淵魔法の禁忌だな…。」


言葉を失ったメイニィの代わりにチェザーレが答える。

そういう彼の顔も嫌悪に満ちていた。

深淵魔法の禁忌、というものが分かるのが、この2人だけのようで、魔法陣から目を背けたチェザーレが口を開く。


「人間をベースに別の生き物と掛け合わせて、人の姿をしたゲテモノを創る外法だ。外法の禁忌とされる理由はいくつかあるが、まず並の魔道士ではこの魔法を操作することは不可能とされていた。掛け合わせる、といっても一朝一夕では出来ない。何日も何週間も、時には半月掛けて体の中を作り替えるんだ。人間の方が耐えられずに壊れることも多い。」


チェザーレの説明に、部屋の温度が下がったのかと思うほどに背筋が冷える。

ふっと息を吐いたチェザーレが、イツキがおかしかった理由がこれか、と呟いた。


「恐らくは、あの少年をベースにしたのね…。でも正直、あんな普通の子が耐えられるのかしら…?」


メイニィの疑問に、マリは首を傾げた。中を作りかえる、というのがどういう物かまでは理解が及ばないが、最近まで平和な国で過ごしていた彼に、そんな事が耐えられるのだろうか、と。

そして緩く首を振った。

恐らく、自分ももちろん、彼ら3人も、そういう耐性など無いに等しい。耐えれるとは思えなかった。


「だが耐えた。恐らくだが、先に心を壊されて、魔法の供物にされたんだろう。もともと心が壊れていたからこそ、耐えた、とも言うべきか…。」


苦々しく言うチェザーレに、ルピナが口元を押さえて惨い…、と呟く。


「だがあそこにケイローの匂いはなかった。追いついてもおかしくは無かったはずなんだが姿さえ見てねぇ。代わりに、あの女によく似た匂いがはっきりと残ってた。恐らくは娘の方だな。香水を使って誤魔化してたみたいだが、その匂いに集中して嗅げば、追える範囲だった。」


以前、王都で匂いを追おうとしたときは、目的の匂いが分からなかったことも大きい。今回は部屋に残った匂いを追う分、ジアンにとっては分かりやすかった。

匂いの先は一軒の古びた屋敷で、何人かの人の気配と、ケイローの匂いもそこで嗅ぎ取れたとの事だった。


「ならばそこに押し入ればよい…!」


がたりと立ち上がったケトーに、チェザーレが視線を投げかける。

まだ話は終わってないとばかりの視線に、浮かせた腰をそのままソファに戻すケトー。


「俺達も、ケイローを取り戻せないかと思って、屋敷を調べてみたんだが…。あの屋敷、どうも地脈の流れをねじ曲げて取り込んでるみたいでな…。シルフを中に忍び込ませようとしたが、なにか強烈に拒絶されるらしい。で、ジアンのシェイドももちろん中には入れないが、影を鏡のようにして見ることは出来た。それで得たのが地脈に関する事だった。」


ギースの話に、それだったら押し入って問題ねぇんじゃねぇの?と問うべフィルだったが、ギースはゆるくかぶりを振る。


「地脈から取り込んだ魔力ってのが厄介なんだよ。本来、魔力ってのは大気中に溶け込み、体にも溶け込む。それの奔流というか、地下で流れを作り、巡っているのが地脈。この地脈は聖樹に繋がっていて、聖樹から大気中に拡散される、と思ってくれていい。実際にはもっと複雑な話なんだが、これ以上はべフィルにゃ難しいだろうしな…。」


すでに放心しかけているべフィルを哀れなものを見るように一瞥してから、ふたたびギースが口を開く。


「その魔力の行方がわからねぇんだ。魔力の流れは分かるんだが、途中でぷつっと途切れちまってて分からねぇ。ケイローに関しては、まだ猶予はあると思う。すげぇ大事そうに扱われてた。」


影を通してみた映像の話をジアンが引き継げば、マリに僅かに安堵の色が伺える。

だがそれでも早く助けてやりたかった。


「魔力の行方か…。なんにせよ一切の目的が判明しないのが気にかかるな。時間がなかったのは否めないが…。だがここで先手を取るのも、俺的はありだと思うが…?」


顎に手をやり、静かに思案していたチェザーレの言葉に、難しい顔のまま地脈の話をきいていたのか、と疲れたようにギースが言う。

無論それはチェザーレとて分かっている。

それでもなお、後手に回るより、そして何より、やられっぱなしなのが彼の癪に酷く触る。

そのまま幾ばくが思案し、一旦閉じた目を開き、ギラリと紫の瞳を輝かせ、1日後に、尋ねてみようじゃないか。と笑った。


それを聞いて乗ったのはべフィルとケトー。

反対したのはルピナとギース。

メイニィはべフィルについて行くとだけ、ジアンは唸っていたが最終的に頷いたのだった。



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