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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
80/116

3章

79

――――



駆け出したケトーの背を追って玄関ホールにたどり着いたマリが見たのは、よく知っていて、全く知らない少年だった。


「や、まぐち…くん…?」


明るい茶髪と黒い瞳、背格好は見た事のある彼のもの。だが周囲に散るモヤと、虚ろな瞳は知らない少年めいていた。

対峙するケトーはマリの様子から探していた幼年なのだと予想したが、玄関をぶち破った魔法は聞いていた話の少年では不可解なほどの威力だった。

構えていた斧を肩にかつぎ、イツキの動向を隻眼が追う。

そんなケトーや周囲の視線を気にした風もなく、イツキはぐるりと虚ろな瞳を巡らし、壁にかかっていたバジリスクでぴたりと止まる。

当然ケトーの視線もそれに向く。無造作に手を伸ばしたイツキに、瞬間風がぶつかる。

風と化したケトーが駆け寄り、その首元に担いでいた斧を突きつけていた。

纏っていたモヤすら展開を許さないその速さに、周囲にいたものが息を飲むが、斧を突きつけられてなお、イツキの虚ろな瞳には変化が見えない。

まるでケトーなど見ないかのように、斧に向かって手を伸ばすと、その先を行くようにモヤが伸び、壁にかけていた斧に絡まる。やめさせようとケトーが斧をふりかぶるが、その瞬間にケトーへと顔を向けるイツキ。

その空虚な瞳に呑まれるようにびくりとケトーの手が震える。


「っらぁああ!なにほうけてんだオッサン!」


呆けたようなケトーの正面、イツキからは背後にあたる階段の踊り場から大剣を振りかぶり、飛び込んでくる金髪の青年。

ガキン、という音と、斬りかかった筈のべフィルが弾き飛ばされる間の抜けた声に我に返るケトー。

べフィルの一撃を弾いたのはやはりイツキの周囲を覆うモヤだった。

息つくまもなく弾かれたべフィルが体勢を整える横からいくつもの矢がイツキに射掛けられる。目に見えるほどに高密度の風を纏ったそれはモヤを切り裂いてイツキの腕や足に刺さる。

だがそれでも痛みに呻くことも、姿勢を崩すこともなく、刺さった矢を抜くこともせずに、壁にかかるバジリスクへと視線を戻す。


『時の名を冠する王よ、かの者を時の重苦に捉えよ!グラビティ!』


涼やかな声とともに、イツキの頭上に小さな黒い玉が生まれる。その玉は一呼吸の間に膨れ上がり、イツキの身体をその玉の中に取り込む。

中の様子は見えないが、地に着いた玉から覗く床はベコリと凹んでいる。

黒玉の中の重力を異常に増したその魔法を行使するメイニィの表情は冷や汗を浮かべて硬い。


「ルピナ!長くは持たないわ!」


切羽詰まった声に応えるように白い神官服が踊り場を舞う。

パシャリと透明の液体が宙を舞い、後を追うように銀の竜を象ったペンダントが光る。


『竜の神にルピナが祈ります!闇を払う祝福の息吹を!セイクリッドブレス!』


ルピナの祈りの言葉に竜のペンダントの輝きが増す。

舞い散った液体がルピナの意志の元にモヤに降り注ぐ。

ペンダントの輝きを浴びて降り注ぐそれはまるで銀の竜から浴びせられるブレスのようにモヤに当たった瞬間からジュウジュウと耳障りな音を立てて溶かしていった。

あらかたモヤが溶けた途端に、イツキを包んでいた黒い玉が弾けて消える。

玉の中で蹲っていたイツキは、きょろり、と周囲を見渡し、モヤが無くなっていると気づいて、先程までの虚無が嘘のように取り乱す。

溶けたモヤだったものをかき集めるように手を伸ばしながらぼろぼろと涙を零し、ブツブツと何かを呟いている。

あまりの変化に周囲の誰もが静かに動きを止めていた。


「やぁね…。お使いもまともに出来ないのかしら?」


その静寂を破るような艶やかな声が大穴の空いた玄関から聞こえ、視線が集中する。

その視線を気持ちよさそうに瞳を細めて浴びながらゆっくりと入ってきたのは、深い緑の髪と、黒い巻き角が目を引く美女だった。

コツン、コツンと足音を響かせて歩む彼女に、びくり、びくりと音に合わせて震えるイツキ。

涙に濡れた瞳は恐怖に染まって美女に釘付けにされている。

コツリ、と誰のそばでもなく、ホールの中心で足を止めた彼女は壁にかかったバジリスクを愛おしげに見つめた。


「目を覚ましてちょうだい。」


たった一言、そう告げただけだったが、鎖を引きちぎらんばかりにバジリスクは呼応する様にカタカタと震えだす。

誰もが息を飲む中、黒と金の影が動く。

両側からの斧と大剣の切り込みを腰に差していた2本の短剣を引き抜いて防いでみせた美女に、斬りかかったケトーとべフィルが驚く。


「いきなり酷いではありませんか…。私はただ夫の忘れ物を取りに来ただけでしてよ?」


全力の切り込みをまるで玩具をあしらうように止められた二人は、彼女から飛び退くように離れた。

それに合わせて短剣を下ろしながら、バキリと音を立てた後に、ガシャンと落ちたバジリスクを拾うようにイツキに声をかける美女。

おろおろとしながらもバジリスクを拾い上げるイツキだが、予想以上に重かったのか、刃の部分を引きずっていた。

その様を見た美女の眦が跳ね上がり、握っていた短剣を手首のスナップでイツキにむけて放り投げた。

狂いなくイツキに刺さるはずだったそれは、イツキの目の前で燃えて消える。

つり上がった眦のまま視線を動かした彼女の視界に入るのは赤い髪と冷たい紫の瞳。


「ッチ…。」


小さく舌打ちした彼女は再び虚ろな瞳に戻ったイツキへと顔を向けると、液状化して力を失っていたモヤがぞわりと復活した。

モヤはイツキを包み込み、その姿を隠す。

咄嗟にチェザーレが飛び出し、モヤの中に手を突っ込んだがバチバチと黒い火花を散らして弾かれる。

裂傷だらけの血まみれの腕を振りながら再び手を突っ込もうとするが、モヤは突然その規模を縮小し、イツキが中にいるとは思えないような小ささに縮小して、そのままずるりとどこかへと消え去る。

消え去ったものを追うよりは、と、まだそこにいる美女へと顔をめぐらせて捕らえようと肉薄するが、カツン、という軽い音ともに一歩飛び上がった彼女はあろう事か天井へと逆さまに立つ。

ぎょろりと羊のような瞳孔を覗かせた彼女は、ニタリと笑い、チェザーレ以外のその場にいた全ての人の背筋を怖気が走る。


「ああ、そういえば…もう1つ取りに来たのだったわ…。」


天井から見下ろす彼女は、この場にいる誰でもない方向を見つめ、ちょん、と指で何かを引っ掻くように揺らす。

途端に女性の悲鳴が上がり、パタタ、という小さな羽音と共に、いつぞや見た目玉の魔物が何かを咥えて飛んできた。


「ケイロー!」


一番最初に気づいたのはマリ。次いでその声に他の全員が咥えられているのが子グマだと気づく。

目玉に向かって飛んでいく1本の矢を美女が手を伸ばして無造作に掴み取る。

そして美女までたどり着いた魔物は恐怖で震える子グマを主人に差し出した。


「これも、()()()()()()()()…?」


彼女の言葉が終わり切る前に炎の鞭がしなり、彼女を打ち付けようとしなるが、イツキを覆っていたモヤのようなもが彼女の周囲に巻き起こり、その進路を防ぐ。

モヤの奥で美女の笑い声が響く。


「じゃあ、またね…?」


ぱちんとご丁寧にウインクが見えるようにモヤの隙間から言えば、イツキ同様、モヤに包まれて、しゅるりと消えてしまった。


ガァン…!


彼女が去った直後に響いた大きな音に、惚けていたマリが我に返る。

音の発生源は床に斧を叩きつけたケトーだった。

シンと静まり返った屋敷の中で、その音だけが耳を支配する。

叩きつけた斧を担ぎ、元は扉があった大穴から出ていこうとするケトーの肩を、いつの間にか駆け寄ったチェザーレが掴む。


「どこへいく。」


冷静なチェザーレの声に、ケトーが吼える。

びりびりと空気を震わせる咆哮を真正面で浴びるチェザーレの表情には、毛ほどの変化も見られない。

あまりに冷めたその瞳に飲まれかけるケトーだったが、それを押しのけても有り余る身を焦がすような怒りに任せて、手にしていた斧を振るった瞬間、轟音と共にチェザーレの数倍はあろうかという巨体が、地に押し付けられていた。


掴んでいた肩を思いきり下へと押すことで地面に引き倒したチェザーレは、斧を蹴り飛ばし、

立ち上がりながら隻眼を睨めつけていた。

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