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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
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3章

78

――――



翌朝、フカフカとした布団の感触に頬ずりしながら微睡んでいるマリにくすりと笑う気配を感じて、眉を寄せる。

開きたがらない瞼を無理やり開くと、目の前には簡素なシャツから覗く、どう見ても人肌の胸元。

視線を上へスライドさせれば、目の醒めるような赤毛と楽しそうに緩む紫の瞳。

そして彼のシャツをしっかりと掴む自分の手。

声にならない叫びを上げ、慌てて起き上がってベッドの端に後ずさる。

悲しいかなそこは壁で、直ぐに後頭部がごつんと壁に当たるが、その痛みどころではない。ぱくぱくと魚のように口を開け閉めしながら震える指先をチェザーレに向けるマリに気だるそうに身体を起こし、その指先を掴む。


「あのまま寝てしまったお前を運んできたら、離してくれなくてな。」


シワシワになった胸元をちらりとみながらそう言われ、確かにマリの片手は何かをずっと掴んでいた時の痺れのようなものが残っていた。

そしてはっと我に返り、周囲を見回すと、チェザーレの反対側、壁に寄り添うように毛布に包まれたケイローが気持ちよさそうに眠っている姿を見つけてほっとする。


「あの…ごめんなさい、なんだか凄く温かくて…。」


掴まれている指先からもその温かさは伝わってくる。

昨日はそれをより近くに感じ、安心して眠ってしまったのだと思い出すマリに、気にするなと笑うチェザーレ。


「添い寝ならいつでも言ってくれていいぞ?」


冗談めかして笑いながら言いつつ、手を離してベッドを降りるチェザーレ。

パチンと指を鳴らせば瞬きの間に、炎によって服が変わる。着替えいらずだなぁと壁に背を預けながらぼんやり考えつつ、ふとさっき言われたことを思い出して瞬きを繰り返す。

意味を理解はするものの、ないないと首を振っていれば訝しげなチェザーレの視線とぶつかり、なんでもないとボソボソと言って着替える旨を伝えれば、素直に出ていった。


マジックポーチの中から着替えを取りだし、手早く着替えても、まだケイローは眠っていた。

起こすのも忍びなく顔を洗ってこようと、手ぬぐいを持ってこっそり部屋を出てから水を貰って身支度していると慌てた様子で昨日毛布を持ってきてくれた猫のメイドが駆け寄ってくる。


「マ、マリ様…!ケイロー坊ちゃんが、その、泣き止まなくて…。」


どうやら目を覚ましてマリが居ないことに気づき、大泣きしているようで、こんな事初めてだとオロオロするメイドに、部屋に行ってみましょう、と手ぬぐいで顔を拭いて促す。

マリに宛てがわれた部屋に近づくにつれ、ぴゃあぴゃあと鳴く声が聞こえ始める。

そしてメイドと顔を合わせていると、部屋のドアを引っ掻くような音とさらに大きくなる鳴き声に、ドアがダメになる前に、と慌ててマリがドアを開ければ、黒い塊が転がり出てきてマリの足にしがみつく。

ぴすぴすと鼻を鳴らし、文句を言うようにブゥブゥと鼻を鳴らすケイローに、マリはごめんね、と謝りながら抱き上げる。

ぽんぽんと背を叩いていると落ち着いたのか気持ちよさそうに擦り寄るケイローに、メイドが困ったように笑うが、マリは気にすることなく、ご飯食べに行こうね、とケイローに話しかけた。

メイドも準備は出来ていますよ、と微笑んで案内してくれた。


朝食の席にはケトーはおらず、なんでも会議で早くに出ていったとの事だった。

朝食を終えて、ギースはイツキの事も含めて情報収集に行くと言い残し、べフィルらも各々準備や馴染みの友人に会ってくると言いおいて出ていった。

ジアンはギースについて行って匂いを追跡出来れば、それがダメなら匂いを覚えて帰ってくると言ってギースについて出ていった。

屋敷に残されたマリはなにかすることは無いかとチェザーレに尋ねるも、難しい顔をされる。


「ほぼ間違いなく武闘大会にでるとは思うんだが、そのまま出たところで王の目に止まることなんてありえないはずなんだが…。後ろから糸を引いている者がいる限り、そうとも言いきれない…。何にしても、情報収集はプロに任せるべきだ。俺たちが首を突っ込んでもろくな結果にはならんだろう…。」


確かに情報収集に関してはチェザーレはともかくマリは素人に過ぎない。

そんな素人が引っ掻き回してもいい結果など出るはずがないと納得した。

そんなマリ達に、通りかかったメイドが、


「ならばこの街を見て回ってはいかがでしょうか?武闘大会が近づいてきているのもあって、出店も多く出ておりますので、楽しめるかと。」


そう助言してくれた。

しかし、腕の中でキョトンとするケイローを見下ろすマリ。

出かけるのはいいのだが、離れる素振りのないこの子グマを連れて行っていいものかと悩む。

じっとマリを見上げていたケイローは、やがて何かを決心したようにもぞもぞと動き出す。

マリの腕から離れ、するすると身体を降りて、まだそばに居たメイドの足にしがみつく。

じっとマリを見上げてぐぅ、と一声鳴くケイローに、メイドが微笑んで屈み、子グマを抱き上げる。


「ケイロー坊ちゃんはお留守番は任されたと仰っております。普段はこうやって、周りの者の言葉をきちんと理解される、とても聡明な方なんですよ。」


そう言うメイドの腕の中でこくんと頷くケイロー。

その様に昨日今日のベッタリ具合からは想像も出来なかったが、メイドとケイローの気遣いをありがたく受けとってチェザーレと共に街に出ることにしたマリだった。




――――

街にでたマリ達は、賑やかな喧騒に揉まれながら様々な店を覗く。

あれこれ話しながらあちこち歩き、日が落ちる前に帰った。

数日ほどすぎた頃、夕食を終えたタイミングでギースとジアンが戻り、チェザーレ達に話があると言われ、部屋を用意してもらう。

ケイローを預け、チェザーレと共に部屋に入ったマリは、ぐったりとソファに身を沈めるジアンとギースに驚く。


「大丈夫…?話があるって聞いたけど、もう少し休んでからの方がいいんじゃない…?」


気遣うマリに、ひらひらと手を振って身体を起こしたギースは、難しい顔のままマリとチェザーレに座るよう促し、口火を切った。


「どうなってんだあの母娘。全くと言っていいぐらいに足取りがわからない。一昨日にギルドにはきてるんだ、だそれだけでそこからの足取りがまるで糸が切れたみたいに途切れて追えない。こいつの鼻も、俺のシルフでもだ。」


苦々しい声でボヤくギースに険しい顔を見せるチェザーレ。

一流の斥候をもってしてもこの程度しか痕跡をみせない相手の方が自分たちより何枚も上手なのだと実感する。

引き続き情報は集めるが、期待はしないで欲しいというギースの顔は、とても悔しそうだった。

それから武闘大会にでる人間や亜人たちの情報を聞いていると、ぞわりとマリの背筋を冷たいものが這い上がる。

思わず顔を上げて周囲を見回すマリに、何事かとチェザーレが腰をあげる。


「これ…このあいだのレッサードラゴンのときと同じ感じ…なにか、嫌なものがくる…!」


ぞくぞくとした吐き気にも似た嫌悪感に腕を擦りながら言うマリに、ジアンとギースが飛び起きる。

ギースはそのまま仲間の元へと駆け出し、マリ達もまた、部屋をででもう戻っているはずのケトーの部屋へと駆け込んだ。

いきなり駆け込んでこられたケトーが、何事かと問おうとした瞬間、爆発音が屋敷の玄関から響き渡る。

これを知らせに来たとばかりに頷くチェザーレに、ケトーは愛用の斧を担ぎあげて駆け出した。


「我が屋敷に何用か!!」


玄関に到着するなり、吠えるように言ったケトーに、爆発の煙からのろりと誰かが姿を表した。

その姿は人族の少年に近い青年で、明るい茶色の髪を掻きむしったように乱し、黒い瞳には何も映っていないかのように焦点を定めていなかった。

腰には簡素な剣を刺してはいるものの、両手はだらりと垂らしていて、剣を握る様子はない。

そして彼の周囲には薄気味悪い黒とも深緑ともつかないモヤが漂っていた。

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