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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
74/116

3章

イツキ視点になります…!

73

――――



イツキは、今更になってこの母娘と共に来たことを心の底から後悔していた。

初めはよかった。王都で準備をし、可愛らしい彼女のようなナグと、優しいジューナとの旅に、心が踊ったものだ。

だが、王都を出て幾ばくも進まないうちに、ぴたりと足を止めた母娘。

何かあったのかと聞くイツキに、街道から離れましょう、と促され、そのままついて行く。

木立が生い茂る森と呼ぶには寂しい林の中で再び足を止めたジューナは、説明を求めるイツキに、ナグに聞いてちょうだい、と素っ気なく言う。

その様子に訝しげに思いながらナグの元へ行けば、するりと腕を絡め取られ、至近距離で彼女の瞳が覗き込んで来る。

おもわず仰け反ったが、そのまま急激な眠気がイツキを襲い、混乱しながらもがくりと膝を着く。

絡め取られたままの腕を上げ、力を失った体がぐたりと地に落ちるのを確認したナグは母をみやり、今までイツキに見せていた愛らしい笑みとは真逆の、加虐的な笑みを浮かべる。


「ママ、エルフが嗅ぎつけてるんなら、急がないとだね?」


ナグの言葉に頷き、だがそれでもジューナはそこから動かなかった。




「ん、ぁ…?俺は…?」


肌を刺す冷たい風にぶるりと体を震わせて目を覚ましたイツキに、膝を貸していたナグが覗き込んで大丈夫?と問いかける。


「ここに入った途端にイツキ君眠っちゃって…。原因が分からなくて起きるのを待ってたんだよ?」


ナグの言葉に、眠る前の事を思い出そうとするが、モヤがかかっているように思い出せない。

急がなければならないのに、最初からこの体たらくでは、と反省するイツキに、草を踏みしめる音ともに、ジューナが帰ってくる。

どこに行っていたのかと問いかけようとしてイツキの目が見開かれた。

彼女の傍らには薄暗くなった周囲に溶け込むような真っ黒な体に、青い炎のたてがみを風に揺らした立派な馬がいたからだ。

温かみの一切ない炎のたてがみを揺らし、無機質な目でイツキを見下ろす馬に、言いようのない不安を覚えて寝こけていた体を起こしながらそばにいたナグを見上げる。

だが、イツキを見返すナグの瞳も、彼が今まで見てきたいたずらっぽいそれではなく、冷たい光を帯びて見つめ返してくる。


「イツキ君、あの馬はね、ナイトフレイムっていうんだよ。一晩中走っても疲れない馬なの。アンデッドだから。」


冷たい瞳を笑みに変えてそういえば、急ごう?と立ち上がるナグ。のろのろと体を起こし、腕を取られて立ち上がらされ、鞍もなにもない馬に華麗に跨ったジューナが近づいてくる。

乗馬経験などないイツキは戸惑うが、ジューナの後ろに乗ったナグの思いのほか強い引っ張りに、どうにか馬に跨った。

柔らかな感触を背に味わい、前に回した手も華奢で柔らかな腹に触れている。いい匂いが風に乗って髪から漂うが、生きた心地はしなかった。

この馬は、アンデッドと言うだけあって、体温などない。

おまけに日のくれたこの闇の中を全く迷うことなく、汗ひとつかかずに駆けているのだ。

やがて、朝日が登りきる前に関所へとたどり着いた。

ただ乗っていただけなのに酷く疲れたイツキはその場に座りこもうとするが、それをナグに押し止められる。

このまま少し歩いて、関所を越えるというのだ。

だが関所の門はここからまだ大分距離がある。

近いのは砦の周囲の土地を隔てる高い壁である。

ジューナもナグもどう見てもその壁を見つめている。

困惑するイツキの手を引いて壁のそばまで来たジューナは、周囲を見渡してからぐっと身を屈める。そのまま、小さな声とともに、壁の上まで飛び上がった。

驚異的な身体能力に目を剥くイツキを後目に、そのまま壁を越えて反対側へと姿を消す。


『かの者に空を駆ける力を。レビテーション』


ぽかんとしていたイツキの傍らで、ナグが魔法を詠唱し、薄い緑の光がイツキを覆う。

それを確認し、イツキの腕をとって、ジューナ同様身を屈め、バネが弾けるように飛び上がる。

空を飛べるようになる魔法を掛けられたイツキもまた、ナグの腕に引かれるまま空へと舞い上がり、危なげなく壁の上に降り立った。

下を見下ろすと目眩がするほどに高いその壁を飛んで上がる非常識にぞっとしていると、そのままジューナの待つ方へと飛び降りる。

ジューナの傍らに降り立ったナグとは違い、その場にへたり込んだイツキの背を摩るナグ。


「フフ…。獣人はこれぐらいできるものなのよ?さぁ、行きましょう?ここから少し歩いた先に竜王山への登り口があるの。」


ジューナのからかうような声に、へたり込んでいたのが恥ずかしくなり、立ち上がって頷くイツキ。

頑張ろうね?と微笑んでくるナグにうん、と返し、先に歩き出したジューナの背を追った。



太陽がもうすぐ上に見えるという頃に、イツキたちの目の前にぽつぽつと建った家が見え始める。あそこが目的地かな、と思いジューナを見れば、そう、とばかりに頷かれる。

そのまま進んで数件の家を囲う垣根を抜けた先で、エルフの男性が家から出てくるところと出くわす。

軽く挨拶し、この先のけもの道を使いたいというジューナに、3人を見た男性は危ないからやめとけ、と言うが、彼女らが冒険者だと知り、渋々だが道を教えてくれた。

その男性に礼を礼を言い、けもの道に入ってやや歩くと、首を傾げて足を止めるジューナ。


「どうしたんだ?」


「いえ…あのエルフの方…。私たちに探知魔法を使ったみたいで…。すこし気になるわね…。」


問いかけるイツキにジューナが答え、探知と聞かされて弾かれたように今来た道を振り返るイツキ。


「ママ、多分すぐ追いつかれるんじゃないかな。」


ナグの言葉に、そうね、と頷いて細い顎に指をやって考え込むジューナ。

どうするのだろうと見守るイツキの視線に気づき、にこりと笑い、


「一旦さっきの集落に戻りましょう。少し誤魔化しの魔法を掛けたいわ。」


そういうジューナに曖昧に頷くイツキ。この時点で、彼はこの母娘から離れ、先程のエルフに助けを求めていたならば、きっと未来は変わっていたのだろう。

だが彼はそうはしなかった。その判断を、後にとても後悔したのだ。



昼をすぎ、集落の人々が昼食を終えて家から出てくる。各々畑に行ったり、集落の中央にある井戸の傍らで洗濯をしたり。

そんな様子を山の登り口から見下ろすジューナたち。

元々数軒しかない集落だ、ほほとんど全ての人が出払ったであろうことを確認したジューナは、懐から黒いモヤが詰まった玉を取り出した。

それが何か分からなかったが、ナイトフレイムを見た時のような、ぞくりとしたものがイツキの背を走る。

止めさせようと伸ばした手を横から伸びてきた細い手に止められる。視線を向ければ、ナグの無機質な瞳にぶつかり、昨日と同様の睡魔が襲ってきた。ぐっと歯を食いしばって耐え、ナグから目をそらすが、無理やり顔を向けられ、至近距離で見つめ合う形になる。

一気に睡魔が増し、そのままがくりと崩れ落ちたイツキを足元に転がし、面倒そうに息を吐くナグ。


「ママ、こいつ、徐々に抵抗してきてる。」


冷たい瞳で見下ろしながらナグが言えば、仕方のない子ね、と苦笑しつつ、手にしていた玉を、集落に向かって放り投げた。


玉は集落の中央、井戸の上空でぴたりと止まり、キラリと光った途端に、集落の至る所から細い煙のようなものが立ち上り、玉へと吸い込まれていく。

煙はよく見れば集落にいる人間たちから立ち上っており、彼らは徐々に体が重くなるように、疲労を感じ、のろのろと家へと戻っていく。

そして幾ばくの時が過ぎ、煙が吸い込まれなくなったのを見計らい、イツキを抱えて集落へと戻る母娘。

井戸の傍らに来れば、ぽとりと手に落ちる玉。

黒いモヤが詰まっていたそれは、乳白色の煙が詰まっていた。

それを愛おしそうに撫でて微笑み、近くにあった1軒の家に入っていく。

ベッドに横たわる男性がいたが、彼はもう息をしていなかった。

その横にイツキを寝転がし、床に簡単な魔法陣を書く。

そして玉をその中央に置き、ジューナに代わってナグが進み出て、ぼそぼそと呪文を唱えれば、モヤのような闇が渦巻き、その中央に目玉に口と羽としっぽが生えた魔物がふわふわと浮いている。

ケケケ…と笑うその魔物にこの後に来る追っ手の監視を命じれば、隠れるところを探し出す大きな目玉。

視線をイツキに定めたが、それはジューナがやんわりと断る。

これは私たちの餌なの。と。

それに笑みを深めた魔物は隣に寝る男性の口を無理やり押し開き、体をねじ込ませていく。

その時になって、ようやくイツキが目を覚ました。

寝ぼけ眼で見たのは、白目を剥いた男性の顎が外れんばかりに開かれ、そこに入っていく丸い何か。

叫び声を上げてベッドから転がるように降り、周囲を見渡す。


「ジューナ!ナグ!ま、魔物が!!」


慌てふためき、彼女らのそばに行くイツキだったが、彼女らはその様を見ても驚く素振りさえ見せない。

伸ばそうとした手を止め、近づこうとした足も止める。


「お前ら…一体なにもんだよ…。」

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