3章
70
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闇に堕ちて意識を途切れさせるまでのほんの僅かな時間、だが一番のこドラゴンの心を占めた瞬間を、チェザーレの脳裏に映し出す。
まるで閃光のようなそれは、
(緑の髪…?女か?手に持っているのは…?…っ!ドラゴンの幼生か!…惨い…。)
怒りに染ったが為か、色味が分かりにくいブレる視界のなかで、かのドラゴンが見た光景を必死に追うチェザーレ。
ほんの僅かな光景は、唐突に終わりを告げる。
緩く頭を振って脳裏の光景を瞼の奥に閉じ込め、目の前で再び理性を失いかけているレッサードラゴンを見やる。
伝えるべきことは伝えたとばかりに、かのドラゴンは己の最後を目の前にいる彼らの王に委ねる。
「…お前の、お前たちの無念は俺が必ず果たすと約束しよう…。」
呟くような静かな声だったが、ドラゴンは満足したように大きく咆哮を上げる。
そして、チェザーレに向かってその爪を振りかぶり、彼の持つシャムシールによって一太刀の下に首を跳ねられ、その頭が宙を舞う。
血飛沫が後を追い、雨のように降り注ぐ。
重い音を立てて沈む巨体を呆然と見つめるマリの耳に、鎧が立てる音が聞こえて、視線を巡らせれば、駆け込んでくるべフィル達。
「…そいつが最後か…。」
首の無くなったドラゴンの死体の向こうに立つチェザーレと、その奥にいるジアン、マリに安心したように、膝に手をついて息を整える。
その場から離れ、休めそうな足場の安定した場所を見つけて少し休むことを提案するチェザーレ。
レッサードラゴンたちの死体はこのままではドラゴンゾンビになりかねないと彼が全て焼き払っていた。
各々座り、水分の補給などを行っている最中、マリが心配そうにチェザーレを見上げる。
どうした?と問うチェザーレの頭を、そろそろと不慣れな様でマリが撫でた。
「あのドラゴンから、何かを伝えられたの?」
マリにはただの唸り声にしか聞こえなかったが、チェザーレにはなにか違ったかもしれないとばかりに問いかける。
いつも、マリが不安な時は彼の大きくて温かな手が撫でてくれたのを思い出し、無意識に伸びた手で撫でていた。
チェザーレのぽかんとした顔と、周囲の視線に自分のやった事を理解して手を離し、お座りしてふすんと鼻を鳴らすジアンに慌てて駆け寄り、がしっと首根っこに抱きついて顔を隠す。
「っ…、マリ、慣れないことはするんじゃない。お陰でスッキリしたが…。さっきのドラゴンは、俺に闇に堕ちる前に見たものを見せた。」
チェザーレの言葉に、緩みかけていた雰囲気が引き締まる。
塩分補給なのか、干し肉を齧りつつ、べフィルが先を促す。
「緑の髪の女が、彼らの幼生を掴んで彼の前に突き出していた。幼生はあちこちを刺され、切られ、虚ろな瞳で彼を見ていた。その後ろで、蹲った少年、女の耳に触る高い笑い声。周囲に散らばる割れた卵。これが彼が見た、闇に堕ちる前の光景だ。」
チェザーレの言葉に女性陣はぐっと目を閉じて首を振る。余りに痛々しい光景を容易に想像できたからだ。
「緑の髪の女っていうのはあの母娘のどっちかか…。蹲った少年ってのはイツキって少年だろうな…。レッサードラゴンたちの巣を襲って幼生を殺し、怒りに狂った所を精神支配でもしたのか…?」
「レッサードラゴンというのは、竜種でも魔法の適性がほぼ無い。怒りに我を忘れていたなら尚更だろう。だが、20にも及ぶ群れを一斉に精神支配するとなると、相当な手練だぞ。」
チェザーレが見せられた光景を分析して口にするギースに、手にしていたコップから水を飲み終えたチェザーレが補足をつける。
次いで空を見上げ、聳える山を睨む。
「なにより、彼らの巣は竜王山の獣王国側にあるものだ。」
その言葉にギースが腰を浮かす。
それが事実ならば、彼らレッサードラゴンは山を超えてここまで来たことになる。
「しかし、この山の頂上付近は高位の竜がいるんじゃ…いや、迂回してきたなら…?しかしそれだとしても…」
1人ぶつぶつと考え出したギースに、話がよく分かっていないべフィルが干し肉を齧りながら訝しげに視線を向けた。
「山の反対側からここに来れたとして、彼らが闇に堕ちたのが1日以上前ならば彼らの移動速度を、1日以内ならばドラゴン達が進んだ道を疑わなければいけないと言うことですよ。」
思考に没頭するギースの代わりにルピナが答える。それを聞いてようやく納得したべフィルだったが、ふと首を傾げ、
「もう来ちまって、乗り切れた事より、さっさと先に進む事を考えるのが先じゃねぇの?」
ぽつんとそう呟いた。
思考を止めたギースがこれだから脳筋は…、と眉を寄せるが、コップをマリに渡し、ポーチに片付けてもらいながらチェザーレが、確かにと立ち上がる。
「ならばこちらもまた短縮すればいいだけだ。幸い、ここに住む竜にはツテがある。起きてればいいが…あの爺さん…。」
若干不穏な気配を漂わせながら悪い笑みを浮かべたチェザーレに、干し肉を飲み込んだべフィルが程々にな…。と引き気味で声をかける。
『シルフ、俺の声をラダに届けろ!』
魔力の風を起こし、集めた風の精霊に命じるチェザーレ。
ラダというのがこの山に住む高位の竜らしい。
やや時間を置いて再び風が吹く。しかし、その風を浴びたチェザーレは思いっきりしかめっ面をし、
『ラダ!起きろ!!!バーニンエクスプロード!!』
張り上げたチェザーレの声と共に、山の遥か上の方で派手な爆発音が轟く。
かなり距離の離れたここまで轟くその爆発に、チェザーレ以外がゾッとしていると、もうもうと立ち上る煙をかき分けて、大きな影が飛び上がり、こちらへと飛来する。
段々と近づいてくるそれは次第に竜の形に見え、やがて彼らの前に降り立った。
竜のチェザーレの倍以上ある巨体をごつごつとした岩肌のみえる地に下ろし、体に反して小さな頭をチェザーレに向かってそろりと下げるその竜は、全身を薄い緑の鱗が包み、毛足の長い白いたてがみを所々焦がしていた。
鱗同様に薄い緑の瞳は寝起きなのかぼんやりはしているものの、伏せがちにチェザーレを見ている。
『チェル坊か…いささか乱暴がすぎるわぃ…』
見た目に反して低くゆっくりとした声が脳裏に響く。
目の前にいる竜の声に一同ギョッとするが、それよりも呼ばれた名により一層顔を顰めるチェザーレ。
『黙れ、じじい。まだ目が覚めてないならもう1発食らうか?』
竜の言葉で返すチェザーレにぶんぶんと首を振って拒否し、よっこいせ、といういかにも年寄り臭い声と仕草でどっかりと座るラダ。
『して、今日はなんの用じゃ?』
『先にこれを。お前のテリトリーにいた奴らの記憶だ。お前も俺と共に継げ。』
まるで人間のように器用に座り込んだ巨体の元へチェザーレが近づき、自らの額に触れてまっしろな光の玉を生み出し、それをラダの顔面に投げつけて光が弾ける。
それに宿った光景を見たのか、ラダが悲しげに大きく吼えた。
『すまぬのぅ…わしが寝こけていたばかりに、お主らに後始末を押し付けてしもうて…。』
悲しい咆哮を山に響かせたラダはぐるりと首を下げてべフィル達に静かに詫びた。
『この記憶は、確かにわしが受け継ごう…。して、お主はわしに何を望む?』
情けなくチェザーレに怒鳴られていたのが嘘のように、古き竜の威厳をもった声にぽけっとしていた人間たちの気が引き締まる。
彼らの前にいるのはこの山を統べる古き竜、烈風竜ラダ。




