3章
67
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エルディア魔法道具店を出たマリ達は、王都の門を出てギースのもつ地図を頼りに歩き出した。
やがて街道から外れ、日がそろそろ陰り出す頃になって、野営を出来る場所を探そうとしたべフィル達に、チェザーレが声をかける。
「お前たち、俺が人間じゃないって気づいてるよな?」
装備らしい装備もない上に、手ぶらでここまで来るだけでもその疑いは強まるが、彼らとで歴戦の戦士でもある。チェザーレがもつ気配は人間のそれではないのはとうに分かっていたために全員が頷いた。
ギースだけは正確に知っていたが、口にするなと言われている手前、何も言わずにただ頷く。
「ちまちま歩いてたんじゃ距離も縮まらない。多少手荒にはなるが夜の内に距離を詰めたい。」
そう提案するチェザーレにキョトンとするべフィル一行。
チェザーレはジアンを呼び、何事かを話し、ジアンもギョッとするが、渋々頷いていた。
何事か?と訝しむ彼らのそばにマリが来る。事前に知らされていたらしく、遠い目をしながらもうちょっと離れましょう、と促してチェザーレとジアンから距離を取った。
途端、チェザーレに火柱がまとわりつく様に立ち上り、咄嗟に駆け出そうとするべフィルをギースが押さえる。
無理やり離そうと彼を振り返ったが、背後で背筋が震えるような強烈な気配に、恐る恐る顔を戻すと、チェザーレがいた所には、10mを超える巨体を強靭な四肢で支え、深紅の鱗を燃えるたてがみで照らした竜が佇んでいた。
それに驚く間もなく、狼の咆哮が響き渡る。
チェザーレの隣で眩しいほどの光が周囲を照らし、光が納まったそこにはチェザーレと肩を並べる巨体の銀灰の毛並みが美しい狼がゆらゆらと五本の尻尾を揺らしていた。
「な…え…?」
恐らく竜種だというのは分かっていたが、改めて目の前にいると、圧倒的な存在感に背筋がゾクゾクする。ましてや隣に立ち並んでいるのは月影狼王ではないだろうか。
目も口も開けっ放しのべフィル達に、のそりと竜が頭を寄せてくる。美しい紫の瞳を見たルピナは、はっと何かに気づいたようだが、咄嗟にギースが背をつついて押しとどめた。
『金級冒険者がしていい顔ではないぞ…。竜なぞ、何度も見てきただろうに。』
呆れたような声に我に返るが、彼らが見た竜と、目の前にいる竜が同じだとは到底思えなかった。
さらには、いつの間にかマリに鼻先を寄せて撫でろと言わんばかりにぐいぐいと押し付けている月影狼王だ。
『説明は後だ、とりあえず2組に別れろ、俺とジアンが運ぶ。』
時間を短縮したくて今の状況にしているのに、それで時間を取られてはたまらないとばかりにチェザーレがうながすと、この姿になった意味を悟り、ぎくしゃくと二組に別れた。
ルピナとギースがジアンの背に。べフィル、メイニィ、マリがチェザーレの背に乗ることになった。
チェザーレの背には燃える炎のたてがみがあるが、これは温度調節が可能で、今は人肌程度の温度まで下げているとのことだった。
地に伏せた彼らの背によじ登り、落ちないように鱗や毛皮をしっかりと掴む。
背に感じる重みで全員乗ったことを確認し、ゆっくりと立ち上がる。
ばさりと薄い皮膜が風を捉え、ぐっと肩に力を入れてそのまま跳ね上がるように飛び立つチェザーレに続き、その背を追うようにかけ出すジアン。
彼は飛ばないのかと若干ほっとしたルピナたちだったが、すぐに浮遊感が襲う。
足元の大気を凍らせ、空を駆け上がるジアンに、より一層毛皮をしっかりと掴んだ。
空の高い所を悠々と飛ぶ2匹の背で、はしゃぐのはべフィルと、意外にもルピナだった。
「こんなはえぇのに風が顔にぶつからねぇってのはすげぇな!」
飛竜便は籠に乗っているので外の景色を見れる範囲は限られているし、足で掴んでいるので意外にも揺れる。
それに引替えこちらは全方位景色が見え、オマケに風の魔法で自身を覆っているのか、風が顔に当たることも無い。なにより速度が段違いだった。流れる夜の景色を見ながら竜の背に乗れたことを子供のように喜ぶべフィルに、メイニィが苦笑している。
一方のジアンの背では、
「なるほどこの気配はセルシウスか…!外界を嫌う氷の女王をよく説き伏せたな…。」
「月影狼王と言えば古の伝説の獣…ああ…竜の神よ…感謝致します。ところでギースさん、彼、当代の竜王陛下ですよね…?」
熱心に精霊について考察するギースと、うっとりと毛皮を撫でてジアンを見つめていたルピナだったが、ふとチェザーレの背に乗る仲間に聞こえないようにギースに声をかけた。
「ん?あぁ…。隠しとけって言われたから言わなかった。すまないな。」
謝るギースにいいえ、と首を振り、すぐ近くを飛ぶ深紅の鱗が美しく輝く優美な姿を、ジアンに向けたようなうっとりとした顔で眺める。
「まさか生きているうちに神の化身にお会い出来るなんて…。」
ため息のように呟くルピナに程々にしとけよ…と、我が身を棚に上げて言うギース。
やがて視界の先に赤々と篝火が灯る砦が目に入る。そこを抜けた先にある細いけもの道が、イツキ達が通ったであろう場所だった。
地図を取りだし、そう話すギースの声に、一言吼えて答えるジアン。
そのまま砦から離れた丘の手前に降り立った。
地に伏せて乗っていた彼らを下ろし、炎と閃光を纏って人型と大型の狼サイズに戻ると、夜空を見上げて星の位置を確認するギースの元に集まる。
「すごいな…丸一日かかる距離を僅か2時間足らずで詰めた事になる…。」
周囲は真っ暗な平野部で、目の前にある丘の、切り立った部分の下に立つ彼らは、とりえず夜明けまではここで休もうと提案し、サラマンダーの力で周囲に灯りを浮かべるチェザーレのお陰で野営の準備がすぐに完了し、簡単な食事をとって見張りの順番を確認していたべフィル達に、マリから貰ったサンドイッチを頬張りながらチェザーレが声をかける。
「見張りは俺がやろう。お前たちは休んでていい。」
疲れのたのか、眠そうにしながらジアンの背にもたれてパンを齧るマリの頭を撫でながらそういうチェザーレに、べフィルたちは顔を見合わせる。
ルピナとしては神の化身たるチェザーレにそんな真似はさせたくなかったが、眠そうに目を擦るマリを撫でるチェザーレを見て言葉を引っ込めた。
「わかった。一応こちらも普段取り1人は起きておく。夜営ん時は毎回そうしてるから、此方としてもさせてもらいてぇ。」
そういうべフィルに、わかった、と頷き、食べるのか寝るのかどっちなんだと言いながらマリを抱えあげる。そのままテントを潜って寝かしに行く後ろ姿を眺め、残ったジアンに視線が集まった。
「ねぇ…あの二人って、そう、なの?」
恐る恐る聞いたメイニィに、サンドイッチを食べていたジアンが顔を上げる。
口周りをぺろりと舐めてからテントの方をちらりと見て、けふっと息を吐き。
「さぁなぁ?」
と適当に答える。
実際のところ彼らが思うような仲ではないだろうが、正直に言うことでも無いしな、とぼんやり考え、テントから出てきたチェザーレが、自分に視線が集まったことに不思議そうにしているのを伸びをしながら視界の端で見る。
微妙な空気になりそうだったが、お前らも休め、というチェザーレの言葉に、彼らも各々テントへと入っていく。
1人残ったのはべフィルだった。
2時間ごとに見張りを交代するらしく、一番目は彼なのだという。
他愛のない話をポツポツしつつ、夜が更けていく。




