3章
66
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「俺たちはすぐに出れるように準備してきた。そっちは?」
手回しのいいべフィルの言葉に、顔を顰めつつもマリを見下ろすチェザーレ。正確にはマリの肩から掛けられている大きな鞄の中に入ったマジックポーチを、だが。
視線を受けてぽんぽんと鞄を叩きながら、大丈夫!と頷き返すマリに、俺達も問題ないと答える。
「ほぅ?マジックバッグか、なかなかいい物を持っているな。」
ギースの声にぎくっとするが、どうも見てくれの方のバッグを指しているようで曖昧に笑って誤魔化す。
彼らも各々に小さいマジックバッグを持っており、その中にポーションや傷薬を入れているらしい。野営の道具などが入った一番大きいのは神官のルピナが肩から掛けていた。
「1箇所、寄りたいところがある。南門のところで待っていてくれ。」
ふと、何かを思い出したようなチェザーレの言葉に、首を傾げるが、にぱっと笑ったべフィルが、
「俺たちがついて行っていいとこか?」
と、問う。
何となくそういうであろう事が予測できたチェザーレは、断っても着いてきそうだとため息とともにその言葉を吐き出し、ケラケラと笑うべフィルに好きにしろ、と言いおいて立ち上がった。
続いて立ち上がり、ウェイトレスに果実水のお金を渡したマリは、伸びをするジアンにこそっと耳打ちする。
「冒険者の人って結構変わってるというか、危険を危険とあんまり思わない感じ…?」
「駆け出しのやつらはそういう考えのが多いな。そういう奴らはひと月もしねぇ内に魔獣に食われるか野党に殺されるかだが、金級ともなると、多少の危険は己を高める手段になるんだろうな…。」
返ってきたジアンの答えに納得して楽しそうに話す彼らに視線を送るマリだった。
「で、ここがあんたの行きたいところ…?」
ぽかんとしたべフィルの声は、彼が上をむいていたせいで空へと掻き消える。
彼の視線の先には古めかしい木の看板が掲げられ、大通りに看板を掲げる店の中でも地味な佇まいだった。
「そうだ。お前たちも必要なものがあれば買うといい。ここの魔法道具の性能は保証するぞ。作っているやつの人間性は保証しないが。」
さらりとそう言ってのけ、重い扉を開けて中に入るチェザーレ。
カラン、とやる気のない鈴の音と、何の匂いか分からない匂いが鼻につく。カウンターには、いつぞやのやる気のない店員が座って雑誌を読んでいた。
エルディア魔法道具店、と書かれた看板を思い出しながら、マリは以前来た時の事を思い出して僅かに緊張する。
「レイノルフは?」
店員の態度など気にせずにそう声を掛ければ、ようやっと顔を上げた店員がギョッとして雑誌を仕舞い、カウンター裏のドアに消えていった。
チェザーレに続いて店内に入ってきたべフィルたちは、思い思いに陳列された魔法道具やポーションなどを眺める。
「あら、いらっしゃい?色々あったことは聞いているわよォ。それで?私になんの用かしら?」
ややあって、腰に隠れるように店員を引っつけたレイノルフが扉から出てきてチェザーレに声をかける。
それと同時にそれほど広くはない店内に思いのほか多くの人がいた事に僅かに驚き、そしてギースを見て橙色の瞳を見開いた。
「あらァ?もしかしてエルディアの民かしらァ?」
上品に口元に手をやってそういえば、こくりと頷くギース。
そのギースの胸元に揺れる金のプレートが着いたネックレスを素早く確認してにっこりと笑うレイノルフ。
色々聞きたいところではあるが、そうすると最上位客が店を爆破しかねないと思い、チェザーレの方へと顔を向けた。
「緑の髪の獣人の母娘に心当たりはあるか?」
チェザーレの問いかけに虚空へと視線をやり、緩く横に首を振るレイノルフ。
「知らないわね、ここ100年ぐらい獣人はお客様に居ないわ。どうかしたの?」
「周囲の人間に見える姿を変える魔法を込めた腕輪を持っていた。」
問いかけるレイノルフに、チェザーレが答えると、笑みに細められていた瞳に鋭さが混じり、綺麗な眉が顰められる。
「チェリ、顧客名簿を持ってきなさい。今すぐだ。」
普段の優しい女性のような声ではなく、低い、本来の彼の声で腰に張り付いた店員に命じ、チェリと呼ばれたその娘は慌てて奥へと駆けていった。
「どういうこった…?」
チェザーレ以外、意味が分からずにキョトンとする中、ぽつんと呟いたべフィルの声に、チェリを見送ったレイノルフはカウンターから出てきて奥の応接室へと促す。
それに応じてぞろぞろと部屋に入り、ソファに座ったところでチェリが分厚い紙の束を抱えて入ってきた。
それをレイノルフに渡し、お茶を入れてきます、と再び出ていく。
「あった。300年前に確かに私が造ったものだ。」
ぺらぺらと紙を捲っていたレイノルフが、とあるページで手を止めてそういえば、チェザーレにも見えるようにテーブルに置いた。
そこにはとあるとある貴族の依頼で造った、細い金の腕輪の絵と、依頼した貴族の名が書かれていた。
「その腕輪が、イツキ少年がしてた見た目を変える腕輪だと…?」
ちょうどお茶が用意できた、とチェリが各自の前にお茶を置いて下がったのを見計らってから言った神官のルピナの声に、レイノルフはゆっくりと頷いた。
「そのイツキ少年とやらは分からないが、私が造ったもので間違いはない。あの腕輪はこの世にあれひとつきりしかないものだからな。」
レイノルフの言葉にチェザーレ以外が驚き、改めてその絵を見つめる。
ギースだけは納得したような顔で頷いていた。
「レイノルフ・エルディアといえば、ノームに愛されし世界最高の細工師であり、魔法付与師でもある。あの腕輪は古代の遺品でも掘り出したかと思っていたが…しかし何故あの母娘がそれを…。」
ギースの言葉に、レイノルフに視線が集まるが、当の本人はチェザーレへと視線を向けていた。
「レイノルフ、ノームならあの腕輪の魔力を追えないか?」
チェザーレの問いはレイノルフとしても予想していたが、緩く横に首を振った。
「無理ね…。せめて持ち主がこの貴族の家系なら血に残る魔力の波長を追えたかもしれないけど…。」
「あの母娘がどうやって腕輪を手に入れたかは分からないが、いずれにせよまともな手段ではないだろう。性能を聞いて間違いなくお前が作ったものだと思って来てみたが…。」
そう口にして顎に指を当てて僅かに思案するチェザーレ。
「レイノルフ、あの腕輪は、姿を変える幻影魔法以外に何が出来る?」
ふと、ただそれだけではない予感がして問いかければ、ぺらりと紙をめくった彼がページの中程を指さしつつ、
「使用に制限を掛けないこと、魔力をそんなに必要としないこと、周囲の魔力を取り込んで貯めておけること。あとは、簡単な混乱魔法と、初級の魅了魔法を封じているわ。いまここにいるメンツならかかることは無いんじゃないかしら…マリ以外。」
最後に取ってつけたようにマリの名を口にし、混乱防止のアクセサリーを渡しておくわね、と付け足す。
「余計な魔法が組み込まれてなくて良かったと言うべきか…。まぁいい。顧客の情報を済まなかったな。情報感謝する。」
チェザーレの言葉に、いいのよ、と笑い、私の方も他に悪用されてないかチェックしてみるわ、と顧客名簿を手にする。
「上手く行けばそのままイツキにたどり着けると思ったが、甘かったか。仕方ない…。竜王山まで追うとするか。」
冷め始めたお茶を飲んでそう呟くチェザーレに、俺たちの仕事でもあるんだぞ、と苦笑するべフィル。
お茶で一息入れてから応接室を後にし、ルピナがいくつか魔法道具を購入する横でマリはレイノルフに翡翠をあしらったペンダントを首から掛けられていた。
「マリ。あなたはこのメンバーの中で、唯一護られる立場なのを忘れてはいけないよ。決して無茶はしないこと、常に誰かのそばにいること。これが周りのメンバーの安心に繋がるんだから。」
いつものお姉さんのような言葉ではなく、彼本来の声で、言葉で言われた事に、ゆっくりと頷く。優しく細められた橙の瞳を見返し、ぽんぽんと頭を撫でられて見送られた。




