3章
64
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さっきよりも日が落ち始めて、影が伸びる大通りを母娘と共に歩く。
どういうルートで戻るのかを聞きそびれていたために、先導するジューナへと尋ねた。
「そうねェ…歩きで戻って道中で魔物を狩って換金した方が実入りはあるし、何より貴方にとってもいい経験になるんじゃないかしら?」
そういうジューナに確かにと頷く。そんなイツキの頭上を大きな影が覆い、そのまますっと影が去る。
何事かと思って上を見上げれば、立派な翼を広げ、足に籠を掴んだ飛竜が飛び去るところだった。
「飛竜便が珍しいの?王都にいるのに変わってるのね?」
ぽかんと見上げていたのをクスクスと笑うナグの声で我に返る。
気になるの?というナグの問いかけに、少し…。と曖昧に笑えば、ちらりとジューナを見るナグ。
ジューナは意図を察して苦笑し、
「じゃあ少し見に行ってみましょう?ああ、でも今回は飛竜には乗らないわよ?イツキ君の経験にならないしね?」
喜んで手を引くナグにジューナが釘を刺す。
わかってるー、と元気よく返事して、発着場に併設された飼育施設を見に行こうと急かす。
ナグに手を引かれるまま王都の外壁近くにある発着場へと向かい、受付らしき大きな建物には入らずにぐるりと外周を回ると、ぎゅあー?という鳴き声とともに幼い竜の顔が覗く竜舎が見えた。
竜舎の中が明るいのか、もう日も落ちてきた頃合だと言うのに幼竜の顔がよく見える。
くりくりとした大きな目を興味津々に瞬かせてイツキ立ちを見上げる様は愛らしく、ナグはきゃぁきゃぁと騒いでいた。
ひとしきり騒いだ後に、買い物を済ませて迎えに来たジューナと共に、彼女が予約したという宿へと向かった。
彼女が手配したという宿は、どう見ても民家のようなその佇まいに加え、管理すべき人が誰もいなかった。
本当にここでいいのだろうかという疑問は、疲れたーという言葉と共にぽいぽいと服を脱ぎ始めたナグのせいで飲み込まれる。
慌ててナグに背を向け、イツキに割り当てられた部屋へと駆け込んだ。
(…っ!あぶなかった…。俺はレイナの為に獣王国に行くんだ…!)
一瞬とはいえ見てしまったナグの身体を思い出しそうになって、頬を叩いてそれを制し、城で見た塔と、眠るレイナの顔を思い出す。
城を出る時に持ち出した荷物を部屋の隅に置き、剣をベッドに立てかけて騎士団の訓練の時から使っている革鎧を脱ぐ。
破損や傷がないかを丁寧にチェックするのは、見習いになってから口を酸っぱくして先輩に叩き込まれた習慣だった。
装備のチェックを終えて窓の外を見ていると、ノックとともにジューナの声が掛かる。
「簡単だけれど夕食が出来たわ、一緒に食べましょう?」
その言葉に、腹の虫がぐぅ、と鳴る。
途端に空腹を感じてドアを開ければ、鼻腔を擽るいい匂いと、エプロン姿のジューナが出迎えてくれた。
簡素なテーブルには簡単とは思えないような手の込んだ料理が並び、ナグが手招きしている。
誘われるように席について、いただきますもそこそこに口に入れた。
「!おいしい…!これ、めちゃくちゃおいしい!」
食べる手を止めることなくジューナに言えば、ありがとうと微笑んで上品に食べ始める。
ナグもジューナほどでは無いが、丁寧にゆっくり食事し始めたのを見て、がっついたのが恥ずかしくなり、ペースを落として味わった。
「本当ならすぐにでも立ちたいのだけれど、イツキ君の分の消耗品や国に持って帰りたいものを買ったり魔獣の情報を集めたいの。だから出発は2日後になるんだけど…。」
すぐに出立したかったイツキではあったが、自分の為と言われて我儘を入れる訳もなく、頷く。
買い出しや諸々の用事は全てジューナがやってくれると請け負い、イツキはナグの相手をしてもらうよう言われる。
ちらりと隣に座るナグを見下ろせば、嬉しそうな笑顔でデートしようよ!と言われて、言葉に詰まるイツキだったが、
「あの、実は家出…?みたいな感じで出てきたので、あまり出歩くのは…。」
申し訳なさそうに言えば、僅かにしゅんとするナグに罪悪感が募る。
だが、そんなイツキの内心に対し、向かいに座っていたジューナの声がかかる。
「あら、じゃあ幻影魔法を込めたアクセサリーを貸してあげるわ。」
ジューナは言葉と共に傍らにおいてあった鞄を探り、簡素な腕輪を取り出した。
金の細い腕輪の随所によく分からない文字が彫り込まれているそれは、相手から見える姿を変える魔法が込められているという。
嵌めている間は全くの別人に見えるらしく、ナグの喜ぶ声につられるように受け取った。
翌朝、腕輪を付けたイツキは、ナグと共に大通りを歩いていた。
「なんか、兵士さん多いね?」
イツキの腕に自らの腕を絡ませ、ぴたりと寄り添いながらナグが漏らす。
確かに、あちこちで人に話を聞いている兵士が多く、明らかに誰かを探している風だった。
イツキ自身ヒヤヒヤしていたが、全く見向きもされず、拍子抜けするほどに兵士が通り過ぎていく。
「すごいなぁ、魔法って…。」
ぽつりと呟けば、それを聞いたナグがじっとイツキを見上げてくる。そして、ちょいちょいと手招きするのに応じて身を屈め、ナグに顔を寄せると、そっと耳元に囁く。
「あたし、魔法得意なんだよ?教えたげよっか?」
耳打ちするほどの内容でもないのに、こそっという様が可愛らしく、思わず真っ赤になるイツキに楽しそうに笑って捕まえれたら教えたげる、と言い残して駆け出した。
その背を一瞬ぽかんと見つめるが、少し離れた場所で足を止め、悪戯っぽく笑うナグに笑い返し、騎士団の走り込みで鍛えた足を持って追いかける。
弾かれるように駆け出した彼女を追ってあちこち走り回り、露店で食事をして王都を思う存分に楽しんだイツキは、2日後の早朝、ジューナに起こされて、そのまま王都を後にした。
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2日待て、と言われて城に戻り、騎士団以下人海戦術をもってイツキの足取りを調べたが、ほとんど有益な情報が得られなかった。
城に戻った翌日の夜にその報告を聞いて、次の朝、冒険者ギルドからの使いが、マリ達を呼びに来た。
「まだ1日しか経ってないのにもうなにか分かったのかな…。」
先導するギルド職員の後をついて行きながらチェザーレへと尋ねるマリ。
それに返事をしたのはチェザーレではなく、先導する職員だった。
「一矢のギースと言えば、諜報活動において冒険者の中でもトップクラスの腕を誇っております。加えて戦闘では一射即死の腕前。風魔法にも長けており、礼節も確か。それにあの憂いを帯びた美貌…。冒険者のみならず、多くのファンがるのですよ?勿論あのパーティー全員にそれぞれ多くのファンが居ますが…。」
先導しているはずがくるりと向き直り、熱心に話すギルド職員の女性は、目をキラキラと輝かせ、今朝方ギースに話しかけられた事をうっとりと話す。
「前を見て歩かないと転ぶぞ。」
ぽつりと呟いたチェザーレの声に、はっと我に返って踵を返そうとし、ぐきっという嫌な音ともに派手にすっ転ぶ。
すぐに腫れ上がった足首は歩くのには少々辛いものがあるように見え、チェザーレを見上げるマリ。
大丈夫です、と声を震わせながら立ち上がる職員は産まれたての小鹿よりも不安定だった。
仕方ない、とばかりに職員に近づき、膝の裏と背中に手を回して抱えあげるチェザーレ。
いきなりの浮遊感に悲鳴を上げかけた彼女は咄嗟にチェザーレの首に腕を回して落ちるのを回避した。
「す、すみません…。」
真っ赤になって俯く職員に、次からは前を見て歩け、と素っ気なく返して歩を進める。
城を出る時に門番にギョッとされたが、出て行く分には問題ないとばかりに通してくれた。
ギルドまでの道すがら、それなりに注目を集めたが、彼女がギルド職員であると分かった人々は事情を知っているのか苦笑していた。
ギルドのドアを潜り、適当な椅子に彼女を下ろして、受付カウンターでぽかんとしていたリュナを呼んで事情を話して任せ、熱に浮かれたような職員の視線を浴びながらギースを探す。
併設された酒場の奥の方のテーブルでヒラヒラと手を振るギースを見つけ、マリ、ジアンと共に席に着く。
「なかなかの王子様だな…ってか竜王だから王様か。」
揶揄う様なギースの声にチェザーレはフンと鼻を鳴らして取り合わず、すみませんと謝るマリ。
「それより本題だ。」
飲み物を頼み、各自の前にそれが置かれたのを見計らってそういうギースに、こくんと頷く。




