3章
63
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【本日はどういった御用でしょうか?】
首をかしげながら問いかけるニーナに、チェザーレはイツキの人相を伝えた。そして、既に来ていないかも聞く。
【わたくしには見覚えはございませんね。他の子も…知らないようです。】
言葉の間で他の飛竜を見るが、一様に知らないと返事をする彼ら。
もしこの特徴の人間が来たら知らせてくれるとの事だった。それを聞いてチェザーレはポケットから布切れを取り出して傍らでぼけっとしていた兵士に渡す。
恐らくチェザーレの魔法の影響を受けて、飛竜の声が聞こえていることに理解が追いついていないであろう彼に、この布にイツキの匂いが着いていることを伝え、飛竜たちに嗅がせるよう指示する。
【この匂いの方が来られたら、どちらにお伝えすれば?】
ニーナの言葉に、この魔法は一時的なもので、もう少しで効力が切れることを兵士に伝え、兵士はニーナにこの少年が来たら少しだけワガママになってほしいと伝えた。
ニーナを含むここの飛竜たちはよく訓練されており、わがままなど滅多にしない。
それ故に分かりやすいと踏んだ指示に、頷くニーナ。
奥にいた飛竜たちも全員わかったーと元気よく返事をする。
【今でていない子たちには、わたくしから伝えておきましょう。】
そう言ってくれるニーナに頼む、と声をかけるチェザーレ。
用件が済み、竜舎から出れば、先程いた少年がぶすくれた顔でチェザーレを見上げている。
その少年の頭をぽんぽんと撫でて、
「ニーナはいい飛竜だ。大切にしてやれ。」
そう言うと、撫でられていた手を払って、大きく舌を出してべーっと声に出し、分かっているとばかりに竜舎へと駆け出していった。
その背を苦笑しながら見送るチェザーレに、ふと、先程のことを思い出したマリが、ジアンを見ながら呟く。
「ジアンなら、山口くんの足取りを追えない…?」
マリの一言にジアンは首を振る。
「一応な、オレもやってみたんだが…王都は人が多すぎる…。城を出て冒険者ギルドまでは分かったんだが、そこからは色んな匂いに混じっちまって分からねぇ。」
「ついでに言えば、飛竜便を使う人間っていうのはそう多くはない。飛竜たちに聞いたのはその為だ。人間なら外見の誤魔化しに惑わされるが、飛竜は匂いで覚えれるからな。」
チェザーレの補足に、そっか。と納得したマリだった。
飛発着場から外に出れば、思ったより時間が過ぎていたらしく、夕刻にさしかかろうとする時間帯だった。
城に向かって歩く道すがら、周囲の家からいい匂いが漂ってくる。
その匂いを嗅ぎつつ、これはあの料理だ、などとジアンと当てっこをしながら歩き、時折チェザーレもぼそりと話に加わってゆっくりと歩いて戻る。
城の城門でおかえりなさいと声を掛けられて笑顔で返し、少し早めの食事を摂り、そのまま部屋で情報の整理や、獣王国の資料などを見つつ、出身であるジアンに色々聴きながら夜を過ごし、ベッドへと入ったマリだった。
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時を少し遡る。
イツキが城をでて、冒険者ギルドのドアをくぐったのは、周囲が薄暗くなり始めた頃だった。
城の門番には重りを背負って走ってくる、と言って抜け出てきた彼は、冒険者ギルドの受付カウンターにいた。
にっこりと可愛らしい笑顔を貼り付けた受付嬢が、用向きを聞いてくる。
「あ、冒険者になりたいんだけど…。」
意を決して言えば、受付嬢はにこやかにかしこまりました、と答えて、いくつかの欄がある紙とペンを取り出してきた。
字はかけますか、という問いにあまり得意ではないと伝え、質問に答える形で書いてもらう。
職業を聞かれ、しばし逡巡したが、手元にある剣を見て、剣士だと答えた。
登録料に銀貨1枚を支払い、不思議な魔法陣が書かれた台の上に一滴血を垂らしたあと、少し待てば小さな木のプレートが着いた首飾りを渡された。
これが冒険者の身分を表すプレートらしい。
階級やルールなんかを聞き、そのままクエストボードと呼ばれる大きなコルクボードの前にたっ。
びっしりと貼られた依頼書は、受けれる階級が決まっており、イツキの階級である木は、ほとんどがこの王都の中で済む依頼だった。
(要は使いっ走りみたいなもんか…。でもこれじゃ獣王国に行く前に城の人達に見つかるな…。)
コルクボードの前で悩むイツキの肩をちょんちょんと叩かれ、背後を振り返った。
「ねぇ君、さっき登録したばっかりだよね?良かったら私たちと組まない?」
そう声をかけてきたのは、緩くウェーブの掛かった深い緑のショートヘアと同じく緑の瞳を笑みに細め、口元にあるちいさな3つのホクロが目を引く美女だった。
革と布を使った軽装備に、腰には2本の短刀を差した姿は、レンジャーのもので、何より、彼女の側頭部にはくるんと巻いた黒い羊の角が生えていた。
「えっと…。」
急に声をかけられたことも、そしてその相手が美しい女性だった事もイツキの動きを固めるには充分だった。
どう返そうか悩んでいると、その女性はイツキの腕を取り、とりあえず座りましょ?と促す。
それにぎくしゃくと従い、誘われるままにテーブルへとついた。
「ママ、その人誰?」
テーブルには同じ緑の紙と小さな巻き角が可愛らしいイツキと同い年ぐらいの少女が座っており、イツキを興味深そうに見上げていた。
「この人、さっき冒険者になったばかりみたいなんだけど、剣士さんみたいでね。私たち、前衛がいないまま国に帰らなきゃならないじゃない?だから一緒にどうかしらって思って。」
そう言ってイツキの方を見て笑う女性と、それを母と呼ぶ少女に、視線が彷徨う。だが、国に帰るという言葉に、女性の方へと顔を向けた。
「あの、国に帰るって…?」
「私たち、この国まで商人の護衛できたの。それでそれも終わって、獣王国に帰ろうと思うんだけど、ちょうどいい依頼もないし、女2人じゃ余計なトラブルも多いから、だれか誘おうと思っていたの。」
そう言ってにこりと笑う女性の胸元には黒い鉄のプレートが揺れていた。
そして何より、獣王国にいく、という言葉に、イツキの目が見開かれる。
身体ごと女性のほうに向き、是非連れて行って欲しいと頭を下げた。
「よかったわ、私はジューナ、この子はナグよ。」
笑顔でそう名乗られ、イツキです、と返す。
そうと決まれば準備しましょ、とにこにこして席を立つジューナの後を追うイツキの腕に細い腕が絡まる。
顔を向ければナグと呼ばれた娘がじっとイツキを見上げてた。
「君、結構かっこいいね?ママとあたし、どっちが好み?」
その問いかけにギョッとしてそんな目で見てないと慌てて首を振れば、ナグはもっと身体を寄せて、じゃああたしにしとこ?と囁いてからするりと腕を離して母の後を追う。
その後ろ姿をぽけっと見ていたが、当の彼女たちから声がかかり、慌てて追いかけた。
ギルドを出た彼女たちは、ごそごそとぽけっとを探って小さな瓶を取り出し、その中身を僅かに手に垂らして首筋や手首に擦り付ける。
途端に甘くていい匂いが漂い、それが香水だとわかった。
「ギルドって汗とお酒の匂いが凄いのよ…。私たち結構鼻がいいから辛くて…。」
仕草を見ていたイツキに苦笑しながらジューナが言い、ナグがイツキにも付けてあげる、と手を取る。
柔らかな手が首筋を這う感触に思わず首を竦めそうになると、それをクスクスと笑う母娘。
赤くなった顔を隠すように俯きながら、新米冒険者だから色々教えて欲しいと言えば、勿論よ、と今度は優しい笑顔が返ってくる。
1人でどうにかしなければならないと思っていた旅路。だが思わぬ出会いがあり、これが冒険なのか、と内心喜びにざわめくイツキに、母娘が両側から手を引く。
(待ってろよ、レイナ…。)




