3章
58
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目的は決まった、では行き方をどうするか?イツキの格好や向かった方向等の情報は?などと話し合い、その日の遅くにおおよそを決めて部屋へと戻ったマリたち。
流石に疲れたのか、眠そうな目を擦りながら自分の部屋へとのそのそと戻っていった。
それを視線で追いつつ、ソファに座ったチェザーレはだらしなく寝そべるジアンへと顔を向ける。
「お前の足で竜王山を超えるのにどれだけかかった?」
「正確にゃ覚えてねぇがこの姿で走って5日ってとこか。オレは鼻があるし、人間より速ぇからあんまアテにはならねぇぞ?」
寝そべったままで顔だけをチェザーレの方に向けて答えるジアンに、わかっているとばかりに頷いて考え出す。
(あそこの下の方は獣と中脅威のモンスターしか出ないが、上に行くと竜の住処もある…。)
「ちなみに、頂上付近には高位の竜が住み着いているのは?」
「知ってる。だからそこは避けてきたぜ。魔物も最低限食う分だけ狩ってあとは匂いで判断して逃げた。」
この狼は見た目によらず気が優しい。
無用な殺生を好まないこの性格が、チェザーレには好ましい。
だがそのジアンでさえ5日だ。人間の、しかもほとんど鍛えていない少年などが踏み入るには無謀が過ぎるとさえ思う。
冒険者ギルドとしても止めてくれればいいものを…。と思い、ふとなにかが引っかかって首を傾げる。
半分寝こけているジアンはもう放置し、眠る必要のないチェザーレはゆっくりと思考の海に沈んでいく。
(登録して間もない年端の行かない少年が竜王山を越える、と言って分かりました、で通すんだろうか。あちらとて商売だ、むざむざ死んで貰いたくは無いだろう…。だがそれならば、あの少年はどこをどうやって獣王国へ向かうつもりだ…?)
静かに深く考え事に没頭し、やがて薄らと朝日が目に入る。
寝こけていたジアンが目を覚まし、ぐーっと伸びをする。
もう少しでマリも起きてくるだろう。
起きてきたマリを交え、朝食を食べながらチェザーレが口を開く。
「冒険者ギルドに行ってみようと思う。もしかしたらなにかわかるかもしれない。」
もそもそと食べていたパンを飲み込み、その提案にことりと首を傾げるマリだったが、意図を汲んだジアンが肉を食べ終わった後の骨を齧りながら鼻を鳴らす。
「まぁオレですらつれぇあの山越え、年端も行かねぇ子供にいいですよ、だなんて言う訳ゃねぇよな…。」
ジアンの言葉でようやく納得したマリは残りの食事を食べ終えると、部屋からポーチを持ち出して来た。
部屋を出てから城の外に出るべく門を目指していると、騎士団の訓練場が目に入る。
なんとはなしに見ながら歩いていると、マリたちの存在に気がついたローウェンが駆け寄ってきた。
「お出かけですか?お二人がご一緒ならば安全だとは思いますが、くれぐれもお気をつけて。」
アイスブルーの瞳を柔らかく笑みに細めながら言うローウェンに頷くマリ。
チェザーレとも一言二言言葉を交わし、背後からの呼び声に答えて、訓練場へ戻っていく背を見送って、城をでた。
先日は城を出て真っ直ぐ正面の大通りを歩いたな、と見慣れない景色を見ながら思うマリ。
今は城を出て左側の通り、鍛冶屋や宿屋などが目に入る。
その通りの突き当たりに、煉瓦造りの大きな建物が見える。
三階建てのそれは非常に目立つ建物で、横には馬が並ぶ厩舎、建物の奥には十分な広さを持った訓練場があるらしい。
目指している建物の情報を聴きながら、ぽかんと口を開けて目の前にある両開きのドアを見やるマリ。
気にした風もなくさっさとそのドアを開けて入るチェザーレに、この世界では当たり前にあるんだから感動もしないか…とボヤきながら続く。
途端に聞こえる喧騒と、集まる視線。
思わずチェザーレの背に隠れなながら周囲を見回す。
入って正面には二階に続く階段、右を向けば綺麗なお姉さん方が笑顔を貼り付けたカウンターが並び、階段の左側には大きなコルクボードが立てかけられてびっしりと紙が貼られている。
何人かがその前で紙を見ながら話しているのを見る限り、あれが依頼を貼ったクエストボードなのだろう。
入口から視線を巡らせて左側を見れば、ずらりと酒が並ぶカウンターと、丸テーブルがいくつか。併設の酒場だと察する。
朝の時間ともあって、テーブルに座る人こそ少ないものの、クエストボード前や、受付カウンターにはそれなりに人がいた。
「見たことない奴らだな…。あんな子供連れってマジか。」
「あらやだ、イケメン…。って若いけどまさか子持ち?」
「なんだあのでかい犬。」
口々に聞こえる声にチェザーレを見上げる。
この間から、チェザーレは幻影魔法を使わなくなった。
それもあって街に出れば相当目立つが、それが抑止力になるのなら、とマリは納得している。
当のチェザーレは人間の顔の造形などには無頓着で、いくら言われてもそうか、で済ませる。
竜の審美眼は一級品だぞ、と胸を張るがそれも疑わしい限りだと思う。
だが同じ竜のアウローラは自分の造形をきちんと認識しているあたり、やはり個人の性格なのだな、とため息を吐いたのを思い出しつつ、チェザーレに続いて受付嬢が待つカウンターへと足を向けた。
「おはようございます!3番カウンター担当のリュナと申します!本日は登録ですか?受注ですか?」
比較的空いていた一番奥のカウンターの列に並び、順番が来たと同時に、綺麗な笑顔でそう言われる。
「どちらでもない、聞きたいことがあるんだがギルドマスターはいるか。」
こちらも負けないほどに綺麗な顔で微かに笑みを浮かべて言うチェザーレに、ぐっと息を飲んだ受付嬢リュナは、言われた内容に首を傾げつつ、手元をちらりと見る。
「アポイントはお取りでしょうか?」
「いや、だが国王の許可はある。取次を頼みたい。」
警戒したようなリュナの言葉に、チェザーレはいつの間に書かせたのか、ジラール王直筆の手紙を差し出す。
それにぎょっとするリュナ。
思わず目の前にある人外かと思うほどの美貌を見つめる。
神秘的な薄い紫の瞳をたっぷりと見つめてから、手紙を受け取って、少しお待ちください、とカウンターを出て階段を上がっていった。
周囲のざわめきを聞きながら待つことしばし、リュナが階段から姿を現し、チェザーレ達を手招きする。
「国王陛下直筆のものと確認致しました。マスターがお会いになられるそうなので、どうぞこちらへ。」
先導して上がる背中を追う三人に、何者だあいつら…という呟きが追う。
ちらりと背後を振り返ったマリが見たのは、大勢の驚きの顔と怪訝な顔、少しの好奇心に満ちた顔だった。
階段を上がった先にはいくつものドアが見える。中がどうなっているかまでは分からないが、リュナはその中で一つだけ上品なドアの前に立ってノックした。
「マスター、お連れしました。」
一言そう告げると、中から低い男性の声でどうぞ、と聞こえる。
それに応じてドアを開け、中に入って後ろにいたチェザーレたちを通す。
促されて入った部屋は、大きな革張りのソファとテーブル、いくつかの本棚と品のいい調度品で纏められた、所謂応接室、と呼べるものだった。
そのソファにはアッシュグレーの髪をオールバックに撫で付け、顎髭を綺麗に整えた細身の壮年の男性が座っていた。
髪と同じグレーの瞳は鋭くチェザーレへと向けられている。
テーブルには先程持っていかれた国王からの手紙が広げられていた。
チェザーレを見た男性は、すっと背筋を伸ばして立ち上がり、綺麗な礼をしてから顔を上げる。
「これまで多くの人をこの目で見てきましたが、まさか人の身に変じれる程に高位の竜と邂逅できるとは…。国王陛下に感謝致します。」
ふっと笑ってそう言えば、驚いて固まっているリュナにお茶を頼み、チェザーレ達に座るよう促した。
備え付けの道具で紅茶を煎れ、そっとテーブルに置いてから男性の隣に座るリュナに、やや不思議に思いつつ、紅茶で唇を濡らす男性の言葉を待つ。
「申し遅れました、私は冒険者ギルド、王都本部を取りまとめております、シュルード、と申します。こちらのリュナは副ギルド長ですので、同席をお許し頂きたい。」
そう言って自己紹介し、隣のリュナもぺこりと頭を下げた。




