2章
55
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ぐるりと部屋を見渡してここが王城のマリが使っていた部屋だと気づく。
クローゼットの中には見慣れた制服と、シンプルなシャツやズボンが並んでいる。
その中からふと目に止まったワンピースへと着替え、ぽかぽかする顔の火照りを冷ましてから隣の部屋に続くドアを開けた。
チェザーレはソファに座り、なにか書類のようなものに目を通していた。
ジアンは床に置いたクッションの上で眠っているようだった。
以前大きくなった時も、ああやって眠っていたので体力と魔力を回復しているのだろう。
マリが来たことに気づいたチェザーレが、書類を無造作にテーブルに置いて立ち上がる。
「いくか。ジアン、起きろ。」
疲れて眠っているジアンを起こすのは可哀想だが、彼の証言も必要なのだろう。
ややあって目を覚まし、ぐーっと四肢を踏ん張って伸びをしたジアンがマリの側へと来る。
「よく眠れたか?」
気遣うようなジアンの言葉に頷き、大丈夫かと問うと、ぱたぱたと尻尾を振って、
「まだ寝足りねぇ。さっさと話つけて寝る。」
くぁ、と大きな口を開けて欠伸をしながら言うジアンに笑う。
ドアを開けたチェザーレに続いて部屋を出たマリ達は、相変わらず迷路のような道順を辿って王の執務室へと向かった。
執務室の前で待機していた兵士がチェザーレの姿を確認し、扉の魔法陣を起動してドアを開ける。
中に入ると、執務机の向こうにある大きな椅子に腰掛けたジラール王、ソファに腰掛けた宰相アウローラ。ソファの傍らで姿勢正しく立つローウェンが待っていた。
チェザーレとマリがソファに座り、ジアンが床に伏せるのを見てからジラール王が口を開く。
「まずは無事に戻ってきてくれてありがとう。そして、各都市の事はある程度報告が来ている。其方等が出発する前、竜王陛下に言われ、我らなりに警戒していたが、まさか堂々と王城に魔の者が入り込むなどと…。恥ずべき事態であること詫びよう。」
そう言って頭を下げる王たち。
そのことに関してはマリ自身が狙われていたこともあり、王たちにそれほど責任は無いと伝える。
「それより、幸野さんは…。」
マリの問いに一瞬押し黙るジラール王。
それを継ぐようにアウローラが口を開いた。
「命に別状はありませんでした。ですが左腕の肘の辺りに強い瘴気が残っており、それのせいで治療は芳しくありません…。まだ意識ももどっておりません。」
その言葉にマリの表情が強張る。
その変化にジアンが伏せていた顔を上げ、聞いているだけだったチェザーレも視線をアウローラへと向けた。
「あの娘はマリに対する嫉妬をナイアーラトテップに利用された。マリさえ居なければ、全ての人に愛される、と。マリ、あの娘が今こうなったのは言わば自業自得というものだ。お前が気に病むことじゃない。」
はっきりとした言葉に、躊躇いながら頷くマリ。それでも気持ちはザワついたままだったが。
「ですが、なぜマリなのでしょうね?」
ぽつりと零したローウェンの言葉に全員の視線が彼に集まる。
その視線を受け咳払いをしてから、
「ナイアーラトテップという者の言葉通りならば、外界の王とやらの器にする為にマリを狙ったんですよね?ならば、なぜレイナを選ばなかったのでしょうか?彼女なら、言ってしまえばもうナイアーラトテップの手の中にいました。彼女を依代にする方が簡単なはずです。」
「マリじゃなきゃだめだった…?」
ぼそりと呟くジラール王の言葉に、ローウェンが頷く。
「恐らくは。マリだけ召喚方法が異なる。何者かに手を引かれた。つまり、マリの手を引いたのが外界の王、もしくはナイアーラトテップだった…?」
「ってことは、マリは召喚に巻き込まれたんじゃなく、巻き込まれた風を装って呼び込まれた、ってことか…。」
ローウェンの言葉に続いたジラール王の呟きが、ずしりとマリに伸し掛る。
俯き、膝に乗せた手をぎゅっと握ってその言葉の意味を考えるマリ。
(私が引かれた腕に逆らって、ここに来ていなければ、シンシアさんは死ななかったし、アーカイドさんも心を失わなかった…?マンティコアも目覚めなかったかもしれない…北の都の領主さんの家族も…私が…?)
ぐるぐると空回る思考はやがてマリを蝕み出す。
俯き、自分の手を見つめる視界がボヤけ、ぽたりと温かい雫が手を濡らす。
押しとどめようとしても溢れるそれを隠すように背を丸め、震える手で顔を拭こうとした。
その顔を、長い舌がべろりと舐める。
思わず震え、その舌の持ち主、いつの間にか傍らに来ていたジアンを見つめるマリ。
「お前が悪いんじゃねぇぞ。お前はなーんも悪くなんかない。気にすんなってのは無理な話だから気にすんのはいいが、ここに来たせいでこうなった、なんて思うなよ。」
ジアンのぶっきらぼうだがマリを思いやる言葉にキョトンとする。
「オレは、お前をあらゆる脅威から護る為にこいつと契約した。あらゆる脅威ってのに、お前自身も入るらしい。腹の辺りがむずむずする。」
ぱたぱたと尻尾を振って言うジアンを見ていれば、隣から温かな手が頭を撫でて涙を拭う。
そちらを向けばチェザーレがその通りだ、とばかりに頷き。
周囲にいる王や、アウローラ、ローウェンもこくりと頷く。
「そもそもだ、巻き込まれたのがどっちかだなんて重要じゃない。重要なのはなぜマリなのか、だ。」
そう言うジラール王に確かに、と頷く。
「マリじゃなきゃいけない理由、か。なんにしろナイアーラトテップはもういない、敵の真意は分からないままだが…王に仕える一翼、と言っていた。つまりはまだ他にいる、ということだ。」
チェザーレの言葉に沈黙が広がる。
マリを狙って他の敵が来る可能性は高い。
このまま王城に留まれば、この国が巻き込まれる。だがマリに行く宛などない。
どうすれば良いか、とチェザーレを見上げるマリに、微かに笑うチェザーレ。
「マリの思うように生きろ。世界が見たいのならば、俺が付き合う。それに、すぐにどうこうなることは無いだろう。あちらとしても無策で俺に喧嘩を売りたい訳では無いだろうしな。」
フン、と不機嫌に鼻を鳴らして言うチェザーレに、アウローラとローウェンが苦笑する。
この若き王はとても負けず嫌いだと思い出した。
勝負に勝って、真意を探れないまま取り逃した。そんな気持ちなのだろう。
「周りを巻き込みたくないって気持ちも分かるが、お前一人でどうこうなる問題でもない。そもそも、お前が敵の手に渡ったらこの星侵略されちまう。」
ジアンが真っ直ぐにマリを見てそう言うと、マリの真っ黒な瞳が見開かれ、そしてまた大粒の涙を零す。
どこに居ても迷惑になってしまうのなら、と考えたのを先に言われてしまった。
確かにな、としきりに頷くジラール王。
「ということは、マリを取られたら、外界の王とやらが出張ってきて侵略されて?マリを守りきれば侵略してくる敵勢力も減らせるのでは無いですか?」
細い顎に指をやったアウローラの言葉に、一瞬空気が止まる。あら?と首を傾げるアウローラにぶははははと笑いだしたジラール王。
「そうだ、そういうこった!俺たちの国を、いや星を侵略なんざさせてたまるか。」
「そりゃ、マリに囮になれってことか?」
笑いを止めたジラール王へと金の瞳を剣呑に光らせたジアンが問う。
「そうだ。マリ。お前を狙ってきてるのなら、おれを利用しない手はない。護りは磐石を約束するが、今回のような事になる事も多いだろう。だが…それでも俺はこの国の王として、この星を愛する生き物として。お前に囮になれと言おう。」
笑顔を引っ込めて真面目にそう言い、美しい碧眼をマリに向けるジラール王。
射抜くようなその瞳に、びくりとマリの体が震える。
何度も握った手をもう一度きつく握って頷くマリ。
「チェザーレ、ジアン、エン。また、痛い目に会うかもしれない、辛いかもしれない…でも、一緒に来てくれる?」
真っ黒な瞳にぐっと意志をこめて、隣にいるチェザーレ、正面におすわりするジアン、そして呼ばれて直ぐに膝に顕現したエンを見て言えば、3人とも、それぞれに頷く。
ありがとう、と感謝し、この部屋に来て、初めてマリは笑顔を見せた。
風邪をひきました…。
タダでさえない語彙力が昇天してしまい、いつも以上に文がおかしかったらすみません…。




