2章
54
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「竜王…?」
理解が追いついていないマリの様子にその話はまだ後で問い詰めようぜ、とジアンが言っているのがチェザーレの耳に入る。
少し離れ気味で嫌そうな顔をしているセルシウスに苦笑して体内にいる友へと少し離れるよう頼む。
『殊勝な心がけだな?』
それに気づいたセルシウスからの言葉に口の端で笑ってから目の前で困惑気味に立っている兵士へと視線を戻す。
「先程の異形は俺たちが滅した。もう安全だ。砦のことは申し訳ない…。おそらくあの異形の者が巣食っていたのだろう、人の姿は見えなかった…。」
そう説明するチェザーレに、騎士団の隊長は頷く。
「討伐、誠にありがとうございます。領主様の事は残念ではありますが…街に被害がなかっただけありがたく思います。」
ぐっと表情を引き締めてそう言い、丁寧にチェザーレへと礼をする。銀の美女へと視線を向けて、そちらにも同じように礼を取り、
「高位の精霊様とお見受け致します、ご助力、ありがとうございます。」
『なに、わたくしはこの街の外にある森の、世界樹の子から要請を受けて来たまで。成り行きにすぎぬ。』
そう言ってひらひらと手を振り、自分の説明は終わったとばかりにジアンの方へと戻っていく。
その背を視線で追ってから騎士の方へと向き直り、
「領主の件も含めて俺が王城へ持ち帰り、王に進言しておこう。そう時間は掛からずに新しい領主が就くだろう。砦の復旧見舞金等も含めてな。ところで、お前は何故俺が竜王だと?人の姿を晒したことなどほぼないはずだが…?」
紫の瞳に警戒の色を宿して問うと、隊長はぎょっとして咳払いし、後ろに並ぶ騎士たちに聞こえないように一歩チェザーレへと近づいてから、口元に手をやって小さな声で理由を言う。
「私は、人の姿をしていますがドッペルゲンガーというモンスターでして…。人間の妻に惚れて、この姿になりました…。先程の火竜と貴方様を結びつけるなど、簡単な事です。」
今度はチェザーレが驚く番だった。
どう見ても人間である彼を上から下まで眺め、苦笑する隊長になるほどな、と頷く。
ひとしきり細々とした事を話し、飛竜便を手配するように頼んでから、騎士たちは引き上げて行った。街に異形は倒したということを知らせてもらう為だ。
引き返していく騎士団を見送ってから、寝そべったままのジアンの元へと戻る。
「一度王都に戻るぞ。話はその後の方が良いだろう。」
チェザーレがそう言えば、頷くマリとジアン。
いまだ目を覚まさないレイナも気がかりではあるが、王都の医師に診てもらうのがいいだろうと話す。
『では、わたくしは閉ざされた世界へと帰ることにしよう。ベルナーヴ、またお前と逢いたい…しかし契約はできぬ…閉じこもっておった我が身を恨むばかりだ…。』
ジアンを愛おしげに撫でながら呟くセルシウスに、どうにかならないかとチェザーレを見上げるマリ。
その視線を受けてしばし考えたチェザーレは、マリにフェンリルの涙を出すよう言った。
「ジアン、お前がいいならこの宝石にセルシウスの力を預けてもらえ。」
マリの手に乗るころりとした涙型の宝石と、しょんぼりとしたセルシウスを見てからはふん、と力の抜ける息を吐いたジアンが撫で続けるセルシウスの手に鼻先を押し付けつつ、
「オレの名前はジアンだ。ベルナーヴってやつじゃなく、オレの力になってくれるってんなら…頼む。」
ぶっきらぼうながらの言葉に、ぱっとセルシウスの顔が華やぐ。
嬉しそうに頷いた彼女は、マリの手の上にある宝石に手をかざし、そっと魔力を送る。
淡い水色だった宝石の色が少し濃くなり、少しだけ重さが増した気がした。
『ではジアンよ、また会おう。』
力を譲渡し、何度かジアンを撫でてから満足そうに立ち上がった彼女が、ふわりと氷の礫を纏う。
きらきらと光を反射するそれらに目を奪われていると、そのまますっと消えていった。
残ったのはすこし冷えた空気と、名残のように煌めく礫。
セルシウスを見送り、レイナを抱き上げたチェザーレが、飛竜便を頼んであるから、一旦王都へ戻ろう、と口にすると、体力と魔力を使い果たしたジアンは一も二もなく頷き、マリもレイナを気にしつつ頷いた。
オベロンとティターニアは森の復旧に勤しんでいるのか、近くには居ないようで、また遊びに来ればいいというチェザーレの言葉にマリが頷く。よたよた歩くジアンに合わせてゆっくりと砦の門をくぐり、街に戻ろうとした矢先、頭上に影が降ってきた。
ギャウゥウ!
独特の鳴き声を上げて、近くに降り立ったのは緑色の鱗が美しい、前足が翼になった竜と、その竜が後足で掴んできた大きな籠だった。
籠を地に下ろし、足を離してくるりと旋回し、地上に降り立つ飛竜。
クルクルと人懐こい鳴き声を上げてチェザーレを見つめる。
「そうか、ありがとう。」
かの飛竜からなにか聞いたのか、笑って頷き、大きな籠のドアを開けるようマリに頼む。
ドアを開けた中は馬車の内装にそっくりで、チェザーレは柔らかそうなソファにレイナを下ろしてから再び飛竜の元へ行き、がしがしと鼻先を撫でてやりつつ何かを言っていた。
疲れ果てたジアンは先に中に入り、床にごろりと寝そべる。
マリは楽しげなチェザーレを待ち、満足した彼の促しとともに籠へと乗った。
「王都まで最速で飛んでくれるそうだ。この街の飛竜の中では最も早いと言っていた。」
飛竜がギャウギャウ鳴いていたのに答えていたのはそういうことか、と納得するマリ。
やがてぐらりと大きく揺れた後に、浮遊感が襲う。
取り付けられた小さな窓から外を見れば、いつの間にか上空で、流れる雲がその速さを物語る。
籠の中のふかふかのソファでうとうととしていたマリの肩に温かい手が触れた。
寝起き特有のぼんやりとした視界で、その手の先にある綺麗な顔を見上げる。
チェザーレがなにか言っているが、眠気の方が強くてよく聞き取れない。
ややあって、肩に乗せられた手が離れ、膝の裏と背に両手を回され、ゆっくりと抱き上げられる。
細身ながらもしっかりと硬い筋肉に覆われた胸元に頭を預け、夢うつつでチェザーレの鼓動の音を聞いていた。
王都に着き、疲れからか眠ってしまったマリを起こそうとしたが、どうにも眠いようで受け答えもはっきりとしない。
レイナは相変わらず意識を失ったままで、チェザーレの腕は2本しかない。
ほとんど迷うことも無く、飛竜の発着場にいた兵士に声をかけ、マリのポーチを探ってから王城の入場許可証を見せる。
直ぐに対応した兵士が上司の騎士を呼んで、王城仕えの騎士が来ると、籠の中で意識を失ったままのレイナを王城に運ぶように言いつけ、そっとマリを抱える。
のそのそと降りてきたジアンを伴って、随分久しぶりに思う王城へと向かった。
「竜王陛下…!」
王城へ足を踏み入れた途端、連絡が来ていたのか、ローウェンが駆け寄ってくる。
チェザーレの腕の中で眠るマリを心配そうに見つめ、事情を聞くのは明日でいいので、先に休んでくれと王からの伝言を伝えた。
それに感謝し、ジアンを伴って以前使っていた部屋へと向かう。
そっとマリをベッドに下ろし、掛布を掛けて出ていこうとすると、袖を引かれてつんのめる。
袖先から伸びるマリの細い腕と、眠ったままなのに難しそうに眉を寄せるのに自然と口の端が上がる。
そっとその手を払うと、泣きそうに口元が引き結ばれる。
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閉じた目の外側を焼く明るい日差しに微睡みから意識が浮上する。
手で顔を覆おうとして、その手を動かそうとした時に、何かを握っていることに気がつく。
暖かなそれは、誰かの手のようで。
ここはどこで、私は何故寝ているのかなどと取り留めのないことを考えながら、顔をぐるりと重たい手の方に向けると。
朝の光に負けない程に艶のある赤毛と、寝起きでぼけぼけしているマリを楽しそうに見つめる薄い紫色の瞳が目に入る。
意識が急速に覚醒し、そっと手を持ち上げれば、釣られるように彼の手も持ち上がる。
しっかりと、マリが握っていた手が。
「……!?」
言葉にならない程に真っ赤になって慌てて手を離すマリに押し殺した笑い声を上げるチェザーレ。
「よく眠れたようでなによりだ。ここは王城で。お前が使っていた部屋だ。着替えたら王にあいにいくぞ。」
そう言い残して出ていく背中を見つめる。
ぱたんと閉じたドアと、少しだけひんやりとしはじめた部屋の空気に、膝に顔を埋めるマリ。
朧気ながら思い出すのは温かい腕と、心地いい鼓動。そして手から伝わる温もり。
それらを思い出しながら、のろのろと着替えるべくベッドを降りたマリだった。
何だかちょっと乙女チック回。
書いてる方が恥ずかしい…!
こういうまどろっこしい感じは好きですが書くのは難しいですね…




