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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
49/116

2章

48

――――



マンティコアに足止めを命じたレイナは痛む腕を押さえながらよろよろと森の出口へと走る。

背後からは僅かに冷えた空気と唸り声が聞こえるが、気にしている余裕などなかった。

叫び出したいほどの痛みを堪えて、足を動かし、森の出口らしき灯りを目にして、一目散に駆け込んだ。


「た、助けてください!魔物に襲われて…!」


森を出てすぐに、北の都グイモスの門がある。そこに立っていた兵士の1人は、勢い込んで駆け込んできた少女を見てぎょっとした。

左腕の肘から先を無くし、蒼白になった顔を涙で濡らした少女は、兵士を見るなり崩れ落ちた。


「お、おい!大丈夫か!誰か!担架を!医務室へ運べ!!」


少女へと駆け寄り、細い身体を抱え起こしてその可憐な顔に息を飲むも、それを上回る痛々しさに眉を顰める。

兵士の呼び声に応じた別の兵士が担架を運んで来たのに気づき、そっとそこに横たえた。

そのまま医務室へと連れ添っていく。

持ち場は他の兵士に任せた。


「…ん、うっ…。」


医務室に運ばれ、治癒魔法をもって治療が終わったと同時に、少女が目を覚ます。

事情を聞く兵士に、森で魔物に襲われた、と震えながら話す少女は、名をレナ、と名乗った。


「恐れながら兵士様、私は領主様の砦にお世話になっているのです。どうか、連れて行ってくださいませんか?」


塞がってだいぶ痛みも引いた腕を撫でながらそう言うレナにわかった、と頷く兵士。

馬車を用意するという彼に急ぐので馬で運んで欲しいと言う。

怪我人にそれは危ないのでは、と医務兵が言うが、魔物の驚異を一刻も早く伝えたいと見つめられて引き下がる。


やがて、門から一頭の馬に乗った兵士と少女が街の最奥、そびえ立つ砦へと走り出した。



北の街は少し事情が特殊で、海に沿うように長く、高い壁が存在する、そしてその中に街が広がっているのだ。

領主は代々海沿いにある巨大な砦を住処とし、大陸の外、海の向こうにある群島国家からの侵略に備えられていた。

無論、砦と言うからには石で出来た重厚な作りであり、並の重火器にもビクともしない構えであった。

そんな砦の門が開く。中に転がり込むように駆け込んできた馬は、走りっぱなしで疲れたのか、砦の中の異様な雰囲気に何かを感じたのか、ピタリと足を止めた。


「なんだ…この砦…こんなに静かだったか…?」


兵士の呟きに、背中に捕まっていたレナがクスリと笑って、身体を乗り出し、兵士の耳元へと唇を寄せ、


「ありがとう、兵士様…。もういいわ、おやすみなさい。」


魔力を乗せて囁くと、ふらりと頭を揺らし、がくりと身体をよろめかせて馬から落ちる。

それを冷えた目で見下ろし、ゆっくりと馬から降りるレイナ。

人気のない砦の中へと足を踏み入れた瞬間、遠くから聞こえる竜と狼の咆哮にぐっと唇をかみ締めた。

彼らの行く先はそう遠くない時間をもって、ここになるだろう。

それよりも先にナイアーを捕まえてここから離れねば、と足を進めた。



――――

その日、グイモスの街はいつもと変わらず平和だった。

街には人が行き交い、商人の掛け声が響き、子供の笑い声があちこちで聞こえる。

門では一悶着あったが、魔物が居るのはこの世界ではそう珍しいことではなかった。

だが、その平和は二つの咆哮が轟くとことで、ぶち破られた。

気の弱いものはそれを聞いて腰を抜かし、子供は恐怖で泣き叫ぶ。人々は皆泡を食って家へと戻り、しっかりと戸締りをして震えた。

門に詰めていた兵士は、慌てて門の上へと駆け上がり、門の上を悠然と飛びこえ、街へと向かう深紅の竜と、灰銀の狼を見て、その場に崩れ落ちる。


「なんてこった…竜だ!竜と…月影狼王(フェンリル)だ!」


腰を抜かしたまま、大声を振り絞って他の兵士へと伝える。そうして弓を持ち出し、震える手を叱咤して射掛けようとした矢先、深紅の竜がゆっくりと兵士を振り返る。

薄い紫の瞳が、じっと兵士を見据えた。

僅かの時だけ視線を交わし、そのまま飛び去る竜を、兵士はぽかんと見ていた。上げた腕をのろのろと下ろし、駆けつけてきた他の兵士へと顔を向ける。

怪訝そうなその兵士に、


「ありゃぁ竜王陛下だ…昔、王都で見たあの紫の瞳…間違いない…。」


「…。あっちは…領主様の砦か…。何が起きたんだ…。」


そう言葉を交わし、そそくさと門の上から降りる二人。

詰めかけた兵士たちに街で外に出ているものが居ないか確認に出るように命じ、竜王の怒りが街に向かないことを祈るばかりだった。




――――

「ナイアー!どうして来てくれなかったの!そのせいで私の腕が!治しなさい!」


砦の一番奥、元々は領主が使っていた執務室に、ナイアーはいた。

マリと共に。

その部屋のドアを派手に開けて怒鳴るレイナに、マリが驚く。

まさかここにいると思わなかったのと、余りの剣幕と、そして無くなったその腕に。

ナイアーはソファに深く腰掛け、ゆっくりとレイナへと金の瞳を向けた。


「なんだ、逃げおおせたのか…。存外使えぬな、お前も。」


冷たい声でそういえば、目を見開いて固まるレイナを他所に、傍らで立つマリへと視線を向ける。


「あれらが来る前に、お前を我が主へと献上しなければな…。手筈が整うまでまだ少しかかるか…。」


マリから視線を外し、ローブの胸元から懐中時計を取り出して針の動きを見ながら言えば、飛び掛ってきたレイナの細い右腕を無造作に掴んで捻り上げる。


「キャアァッ…!あんた、最初から私を…!私があんたを利用していたの!私に従いなさいよ…!」


捻られた腕を解こうともがきながら叫ぶように言うレイナに冷たい笑いが被さる。

ナイアーは冷えた笑いを零し、目の前で喚く愚かな生き物を面白そうに眺める。


「そう喚くな…。我なりにお前を愛でてやったつもりだぞ?今も、勿論な?」


そう言うや否や、ぐい、とレイナの腕を引いて寄せる。そのまま無防備な唇を奪い、顎を掴んで無理やり口を開かせ、ずるりと黒い塊を押し込んだ。


「ングッ…!ゲホッ…、なにすっ…や、いや…やだ…なに、いやぁっ…!?」


重ねられた唇を噛んで引き剥がし、濡れた唇を指で拭っているナイアーを睨むレイナだったが、唐突に身体をくの字に折り曲げ、がくりと膝をつく。

何かを拒否するように頭を振り乱し、ナイアーが離した手を喉に当ててガリガリと掻きむしる。

上を向き、目を見開いて涙を零しながら声にならない悲鳴を上げ、口元から黒いモヤをこぼし始める。


「っ!幸野さん!?」


レイナの異変にマリが駆け寄ろうとするが、腕をナイアーに掴まれてその場から動けない。

金の瞳に射竦められ、びくりと震えてレイナへと視線を戻す。

その頃には、既にモヤは全身を覆い、べちゃり、と音を立ててモヤの中からどろりとした手のようなものが這うように出てきた。

喉の奥で嗤うナイアー。

マリの手を引き、抱えあげてからぐにゃりとモヤに包まれて視界が変わる。

転移したのだと気づくのに少しの間がかかったマリだったが、自らがナイアーと共に空高くに立ち、眼下に見える石造りの砦からは巨大なヘドロのような魔物が、天井をぶち破って這い出してきていた。

そして、視線を巡らせれば、こちらに向かって飛んでくる深紅の竜と灰銀の狼。

彼らはマリではなくヘドロの魔物へと視線を向けている。


「どれ、暫く観戦といこうじゃあないか…。」


自らに隠蔽の魔法を使ったナイアーの楽しげな声と、ヘドロの魔物に向けてチェザーレが爆炎の魔法をぶつけたのは同時だった。



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