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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
47/116

2章

46

――――



その女性は、一言で表すならば、銀。

真っ直ぐな白銀の髪は地に這う程に長く、冷たさを形にしたような銀の瞳が侮蔑を込めてマンティコアを見下ろしている。

青白い肌を包むドレスは純白で、裾は氷を纏って彼女が身動ぎする度にパキパキと音を立てる。


『ユグドラシルからの喚びかけだから、どんなことかと思えば…悪食が目覚めていたのか…。』


そう言ってマンティコアから視線を離し、距離をとって警戒しながらもこちらを見ている灰黒色の狼に目が止まる。

銀の眼を見開き、氷の上を滑るように、その狼に駆け寄って抱きつく女性。


()()()()()!そなた、生まれ変わったのか!』


いきなり抱きつかれたジアンは目を白黒させて力なく抵抗しつつ大きく身体を震わせた。

先程腹に貰った一撃が酷く痛んだが、気合いで声を上げずに目の前にある美しい顔へと鼻先を向けた。


「オレはジアンだ!そのベルなんちゃらじゃないぞ!それにあんたはもしかして…氷の上位精霊、セルシウスじゃないか!」


もがもがと意外と力の強い抱擁から逃れようと暴れていれば、ジアンから見れば正面、彼女から見れば背後に、起き上がったマンティコアが迫っていた。咄嗟に上体を伸ばして庇おうと彼女の背に身を乗り出すが、マンティコアが飛びかかってくる勢いのまま、彼女の背に薄い膜に弾き飛ばされて再び地に転がる。


『間違いない…そなたは我が愛しのベルナーヴの魂を継いでいる…このような所で再び出会えるとは…ユグドラシルよ、感謝する…。』


背後の事など気にした素振りもなく、ジアンの血にまみれた毛皮を丁寧に撫でる。

ふと、彼女の影からほっそりとした黒い手が伸び、ドレスの裾を引いた。

それに気づいた女性は、瞳を眇めて手と、ようやく腕から抜け出せてほっとしているジアンを見つめる。


『既にシェイドと契約していたのか…わたくしが氷に閉じこもっていたばかりに…すまない、ベルナーヴ…。』


「いやだからベルナーヴじゃなくてジアンな。なんかよくわかんねぇけど、オレだけじゃアイツを倒せねぇ、力を貸してくれ!」


ジアンの言葉に、影から伸びた手が申し訳なさそうに引っ込んでいく。先程食われてしまったことを思い出して、その手の甲を鼻先で撫でてから再び目の前にいる女性を真っ直ぐ見つめる。

女性はその仕草をじっと見て、そしてジアンへと顔を向け、微かに笑った。


『あの悪食は過去に我が眷属も多く食われておる…。此度はユグドラシルからの願いもある故…。だがに月影狼王(フェンリル)到れるほどの魔力がお主にはない、な…?影狼にしては珍しい…。』


「オレは混じりだからな。それに月影狼王(フェンリル)になっちまうと、マリを助けるまで魔力がもたねぇ…。だからこの姿のままどうにかしたい。」


ジアンの答えにふむ、とひとつ頷いて立ち上がる女性。

ようやっと起き上がったマンティコアはその女性を憎々しげに睨みながら喉の奥で唸る。


『あれの小賢しいところは知恵にある。幸い周囲にはあれの盾になるようなものはない、今なら問題ないであろう。よいか、ベルナーヴ。あれの翼の間、肩の骨の真ん中だ。そこを狙え。』


そう伝えると、ふわりとその細い腕を振るう。

腕に合わせてドレスの袖が舞い、氷の礫がキラキラと輝いたかと思えば、それはやがて鋭利な槍へと姿を変え、マンティコアを襲う。


『おのれおのれぇ!セルシウスめが!致し方あるまいて…!』


思うように動かない身体で、必死に氷の槍を避けるが、意志を持ったかのような槍の動きに翻弄され、1本、また1本とマンティコアの毛皮を突き抜けて肉を抉っていく。

痛みにおぞましい悲鳴を上げながら恨み言を吐き、ばさりと翼を広げた。

その瞬間、隙を伺っていたジアンが背に飛び乗る。

セルシウスが言っていた翼の間に、近くで見ればわかる程度の膨らみがあった。そこを目掛けて噛み付こうとした瞬間にシュルリと後足に絡まる蛇の体。

きつく絡みついたそれは、勢いよくジアンの身体を放り投げた。


「っ!そんなにそこ触られんのが嫌か!」


ぶっ飛ばされながらも確かな弱点らしき反応にジアンが笑う。

空中で身体を捻って地に降り立った瞬間に、ばさりと羽ばたく音がした。

翼をはためかせ、土埃を上げて自身の周囲を覆い出すマンティコア。そしてゴボリと喉が膨れ、頬が膨れ、ばしゃりと猛毒の液体を吐き出す。

それは地面に触れれば聖域の効果によって浄化されるが、触れた直後に土埃となって宙に舞い上がる。さながら猛毒の盾ともいえる状態にセルシウスの槍も効果が薄い。

そうこうしているうちに、巻き上げられた猛毒液が自然の摂理に沿って上から雨の如く降り注いだ。

セルシウスが腕を振るい、自身とジアン、妖精王たちに氷の膜を張って防ぐが、その隙を狙ったかのようにマンティコアが駆け出す。

ジアンの方でもなく、セルシウスの方でもなく、ましてや妖精王たちの方でもない。森のさらに奥に向かって、猛然と駆け出したその背を、猛毒の雨が収まってから追いかけるべく、ジアン達もかけ出す。


「妖精王たちはあそこに居ていいんだぜ?守れる程余裕があるわけじゃねぇし…。」


傍らを滑るように飛ぶセルシウスはともかく、狼の足に一生懸命付いてくる小さな2つの緑の光にそう言うと、その光は点滅を繰り返した。

置いていかれまいと必死に飛んでいるあまり、答える余裕が無いのだろうが、その点滅はついて行く、という意志がこもっているように思えた。





――――


深い森の奥の、大きな岩の傍で、少女は唄う。

子守唄のように緩やかな歌は、この世界の歌ではない。声に魔力を乗せて、眠りへと誘う魔法を少しだけ使えるようになった彼女は、膝の上にある赤毛の綺麗な顔を愛おしげに撫で、ゆっくりと歌を紡ぐ。

その唄を乱したのは草をかき分ける音だった。

その音は段々とこちらへ近づいてくる。


「遅いわよ!ナイアー!もう、魔法って難しいんだからはや…え…?」


その方向へと声を上げた少女が見たのは、見慣れた金の髪の背の高い男ではなく、それよりもさらに巨大で、そして醜悪な老人の顔を血と土と涎で汚した、マンティコアだった。

咄嗟に逃げようとしたが、膝の上にあったチェザーレを置いていく訳には行かない。その一瞬の躊躇いが、少女の動きを止めた。


『娘ェ!肉を、血をよこせェ!』


そう喚きながら飛びかかってくるマンティコア。

余りの出来事に、少女は思わず手で顔を庇う。

そして、後ろから追いかけてきていたジアン達が追いつき、セルシウスの氷の槍がマンティコアの横原に突き刺さった。

その衝撃でマンティコアは牙が届かず、少女の目の前でどさりと地に伏せる。


「いやああぁぁ!!いたい!いたいぃぃいい!わた、私の腕!うでがぁ!?」


しかしながら、僅かに遅かった様で、(つんざ)くような悲鳴が少女の喉から溢れ出る。

見れば、左の腕の、肘から先が無くなっていた。

地に伏せたマンティコアがゆるりと起き上がり、ボリボリと何かを咀嚼している。

ぽとりと、足元に落ちたのは小さな指先だった。

それを見た瞬間、


「ナイアー!どこ!?ナイアー!!助けて!私を助けなさいよ!!」


金切り声を上げて周囲を見渡すが、彼女の声に答えるものは居らず、そして、マンティコアの影からようやく少女の姿を見たジアンは、その姿と、膝で眠る赤毛を見てぎょっとした。


「おま…確か、城にいた…レイナ、だったか…。チェザーレを離せ…!」


ジアンの声に顔中を濡らした少女、レイナが物凄い物凄い形相で振り返る。


「マンティコア!私の腕を食べたのならば!言うことを聞きなさいよ!アイツらを足止めして!」


そう叫び、チェザーレの顔を、そっと残った右手で撫でてから、名残惜しげに立ち上がる。

今は、この場を離れて治療が先だと痛む脳が伝えている。

この森を抜ければ直ぐに北の都だ。魔物に襲われたといえば、止血ぐらいはしてくれるだろう。後はこの世界の魔法で治せるだろうと考え、マンティコアがニヤニヤ笑うのを後目によろよろと駆け出した。

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