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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
45/116

2章

44

――――


チェザーレたち竜にとって精霊とは友であり兄弟であり親でもある。

そんな彼らをこの化け物は食らった。

その事実に目の前が一瞬真っ赤になる。彼に共生するサラマンダーも怒りを露わにし、チェザーレの髪がぶわりと燃え広がる。

みしりと音を立ててこめかみの上から二本の黒い角が生え、薄紫の瞳の瞳孔が縦に割れる。

立ち上る強烈な熱気はマンティコアを襲うが、針のような毛皮はそれを体内に通すことなく遮断し、変わらずニタニタと笑っていた。


「貴様…!封印などと生ぬるい!このまま消し炭にしてやる…!」


『ゲッゲッゲッ…出来るものならなぁ…なぜ儂が封印されたかも知らぬだろうに…当代は愚か、愚かよなぁ…?』


心底嘲るかのようなその言い方と、醜悪な顔がチェザーレの怒りに油を注ぐ。

大きく手を振りかぶり、竜の爪に変えてから空から叩きつけるようにマンティコアへと迫る。


『おぅおぅ…若いなぁ…。ゲッゲッゲッ…』


地面を引き裂く程の爪の強襲に、ひらりと身体を跳ねさせて避け、相も変わらずニヤついた笑みを見せる。

そして先程とおなじ、喉が膨れ、頬が膨れ、ばしゃりと黄色い麻痺毒が撒き散らされる。

咄嗟にそれを吸わないように逃れるが、さっきよりも気化が早い。

薄い霧となって足元に這い寄ってくる毒を嫌うように空へと逃げたチェザーレの死角から振りかぶられた虎の四肢が迫った。

振り返りざまに翼で庇うが、強靭な四肢から繰り出される爪の一撃は深紅の皮膜を破り、支える鱗をも抉り取ってチェザーレを地面へと叩きつける。


「ぐぁっ…!」


しばらくは使い物にならなくなった翼を仕舞い、身体を起こそうとした矢先に背にかかる爪と潰されそうな程の重さに、顔を上向ける。

思いのほか至近距離に、醜悪に嗤う顔があり、思わず顔を背けてしまう。

マンティコアは前足で肩を押さえつけて起き上がれなくし、だらりと伸びた舌が首筋を這う。


『ゲッゲッゲッ、そう嫌ってくれるな…。』


いざ大口を開けて食いかかろうとした瞬間、マンティコアの顔面が爆発した。

余りの衝撃に牙が折れ、押さえ込んだ上体がぐらついた瞬間に再度の爆発。次は腹を狙ったそれは毛皮を焼いてチェザーレの上から立ち退かせる。

それをキッカケに素早く下から抜け出し、無防備な腹に蹴りをくれてやって立ち上がるチェザーレの伸びた毛先が炎となって燃え、そこから1匹の火蜥蜴が肩へと這い出てくる。


「助かった、サラマンダー。だがアイツは精霊喰らいだ、あまり出てこない方がいい。」


そう言うチェザーレに従うように首筋に1度だけ擦り寄って髪の中に戻っていくサラマンダー。

その頃になってようやく起き上がったマンティコア。全身を覆う毛皮も、腹は柔らかいようで、憎々しげに唸る声が聞こえる。

老人の顔を火傷でさらに醜くし、折れた牙の辺りから血が混じる涎を落とす。

怒りの篭った目でチェザーレを睨みながら、三度、喉が膨らみ、頬が膨れて間を置かずにばしゃりと吐き散らかされる猛毒液。

サラマンダーの熱気も手伝ってか、先程よりも更に気化が早く、霧は膝下までに達した。

そして、今までなにもしていなかったマンティコアの尻尾の蛇が、ここに来てぬるりと頭をもたげる。

ジュルジュルと舌を出し入れしながらマンティコアと同じ赤い目が輝くと、足元の霧がどんどん濃くなっていく。

咄嗟に口元を覆うが、肌を刺す痛みの代わりに視界が歪み出す。

酷い酩酊感がチェザーレを襲い、ぐらりと身体がふらついた。

酷く頭が痛み、歪んだ視界の先で醜悪な顔が嗤う。

咄嗟に大腿に竜の爪を立てて抉り、傷口を作ることで僅かに意識が回復したが、そこまでだった。抗い難い目眩はやがて睡魔となってチェザーレを襲う。


「く、ぅ…!」


がくりと膝をついたチェザーレの肩にそっと手が置かれる。

本人なりには咄嗟に、しかし実際にはのろのろとそちらを向くと、そこには…


「おま、えは…!そう、か…お前が…!」


回らなくなった舌を必死に動かし、その相手を睨みつけるチェザーレ。

しかし、そこまでが限界だった。強烈な睡魔に抗えず、意識を手放す。

ニコリとわらうその相手は、大切そうにチェザーレの頭を抱きかかえ、目の前にいるマンティコアへとそっと目配せする。

それを受け取ってニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、バサリと翼を広げて飛び立つマンティコア。


「すこぉしだけ、眠るといいわ…。目が覚めたら、貴方は私のモノ。」


眠るチェザーレに、蕩けるような笑顔を向け、毒の霧が漂う最中に座り込む少女。

さらさらと綺麗な赤毛を撫でながら、彼女にとっては邪魔者の少女を連れ去りに行った彼を、待てばいいだけだった。




――――


「…取り乱してごめんなさい…。」


ひとしきりはしゃいだ後に、はたっと我に返ったマリが咳払いと共にティターニアを離す。

もっと撫でてくれても良かったのよ?と残念そうに笑いながらテーブルの上にちょこんと座る彼女。

不意に、パキンっとなにか軽いものが割れるような音がしたかと思えば、突然マリの視界がブレる。何事かを理解するより早く、ぶち破られる壁。そこから外へと放り出され、声が出る前に地面へと降ろされた。

背後にはマリの服を咥えたままのジアン。先程までのだらけた様子は微塵もなく、壁を壊して侵入してきたモノを睨みつけている。


「…!!オベロンさん!ティターニアさん!」


自分はジアンが助けてくれたが、あの小さな2人は、と思わず叫ぶように呼ぶマリ。

その声にもぞりとジアンの背の毛皮が動き、ひょこりと2人が顔を出した。


「私達も大丈夫だよ、それより…。」


オベロンの視線を追って、小屋の方を向くと、そこにはのそのそと小屋から出てくる虎模様の毛皮。醜悪に歪んだ老人の顔が獲物を捉えてニヤついた笑いを見せる。


「マンティコア…。遂にこの聖域を超えてきたか…。」


呟くようにいったオベロンの言葉に、ハッとするマリ。


「チェザーレは…?」


様子を見に行ってくると言って出ていった彼は戻ってきてはいない。

もしかしたらこの化け物と遭遇しなかったのだろうか、まだ封印場所を調べているのだろうか、という考えがマリの脳裏を過ぎる。


『ゲッゲッゲッ…あの小僧は、今しばらく眠っておろう…後々あの小娘と共に儂の腹に収まるがなぁ…。』


オベロンの声も、マリのつぶやきでさえも聞こえていたのだろう、しゃがれた声で返してくるマンティコアにジアンが飛びかかる。

先んじて妖精の2人はマリの側へと移動していた。


「彼方の乙女たちよ!」


そう言って影から闇の精霊を出した瞬間、


「ダメだ!精霊を出すな!」


鋭く警告するオベロンの声と、飛び出てきた乙女の一体にかぶりつくマンティコアが、ジアンとマリの目と耳に入る。

乙女の腹を食い破り、頭を押さつけて闇そのものの彼女に食らいつく。

声無き悲鳴を上げ、弱々しく手を伸ばした乙女は、その手すら食われ、消え去った。


「クソっ…!戻れ!乙女たち!」


咄嗟に残りの闇精霊を影へと戻すジアン。

美味そうに舌なめずりをしてそれを余裕の顔で眺めるマンティコアと、目の前で起きた事が信じられないマリ。


「精霊を…食べた、の…?」


思わずと言ったふうに呟くマリに、辛そうな顔で頷く妖精二人。

彼らも、この数日、ずっと精霊の断末魔を聞いていたのだ。

この化け物が、己の力を高めるために精霊を喰らい、近いうちに自分たちも食われるであろうと、予見していた。


「あやつは多くの精霊を喰らい、いまやその力は竜種に届かんとする…。今はまだ、私たちの力でこの森に封じこんではいる、だが…。」


小さな身体を震わせるティターニアをそっと手のひらに乗せ、オベロンも肩に乗るように促すマリ。

ぎゅっと唇を引き結び、ジアンへと視線を向ける。


「ジアン!一旦森から出よう!」



そう声を掛けるが、マンティコアも黙って見過ごす程優しくはない。

片手間だというのがありありと分かるように、ジアンの攻撃を避け、そしてお返しとばかりに強靭な爪を振るう。

何とか隙を見て距離を取り、マリの近くまで下がるジアン。


「そりゃ大賛成だが、こいつ逃がしてくれる気は無さそうだぜ?」


声は軽いが、ジアンの全身は緊張しきっている。どう見ても格上の存在だからだ。


『娘ぇ…主が儂と共に来るのであれば、そこの羽虫と犬は見逃そうではないか…。』


その緊張を嘲笑うかのようなマンティコアからの提案。

ジアンはそんなもの考えるまでもない、とばかりに再びマンティコアへと飛びかかった。

鋭い牙で噛み付こうとするジアンの横っ面を何かが殴る。

ギャインッと悲鳴をあげて地面に転がるジアンを見下ろすのはマンティコアの尾にいた蛇だった。

体当たりのようにして、ジアンをはじき飛ばしたのだろう。

地面に伏すジアン。口の端からだらりと舌と血を流し、マンティコアを睨みつける。しかし、その四肢が藻掻くように地を蹴る。


『ゲッゲッゲッ竜より効きが早くて助かるわぃ…。』


シュルシュルと舌を出し入れする蛇と共に嗤うマンティコア。

はじき飛ばした際に、猛毒を仕込んだのがジアンの身体を蝕んでいく。

その様を見て、ぐっと何かをこらえるように喉を鳴らすマリ。そして、ティターニアをそっと地面に下ろす。


「エン、私一人じゃ怖いから、一緒に来てね…。オベロンさん、ティターニアさん、ジアンを助けてください。」


自分の近くにいるであろう火蜥蜴を頼り、小さな妖精の王に仲間を託す。

そして、マリはゆっくりと立ち上がり、マンティコアへと近づいてった。

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