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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
40/116

2章

39

――――




マリは自然と力が篭もる拳を胸元で押さえ込みながら海上の様子を見守っていた。

ジアンの方は、見る分には常に優勢そうに見たため、チェザーレのほうへと意識の大半を向けていた。

時々、アーカイドの周囲にモヤが渦巻く。

それを必死で目で追う。

ほんの些細な違いではあるが、背の辺りが闇が濃いように思える。

惜しむらくは距離が遠すぎて特定に至らないことだが…。

それを歯がゆく思いながら見守るマリの背後、港の入口からばたばたと足音が聞こえた。


「あんた!こんなとこでなにしてんだ!街の住人は丘に避難するように言っただろう!」


街の住人らしき男性はそう言いながらマリに近づいてくる。

腕を伸ばし、マリの腕を取ろうとして、咄嗟にマリは身体を引いた。

言いようのない不快感が、男性からしたからだ。

まさか避けるとはおもっていなかった男性も、空を切った腕を見てからマリへと視線をやる。


「ここは危ないから、丘の方へ行こう、さっきまで俺もいたが、海竜様はあの赤い竜が止めてくれるさ。」


そう言った瞬間、マリの不快感は不信感という名の確信に変わって、より一層男性から離れた。


「さっきまでいたなら、私が何故ここに来たのを知らないはずがないんですが…」


引き絞った声でそう言えば、力を抜くようにストンと肩を落とす男性。

僅かに俯いたあと、再び顔を上げたが、先程までとは打って変わって様子が歪だった。

昏く濁った瞳をマリに向け、忌々しそうに眉を寄せている。


「ふむ…やはり思うようにはいかんか…しかしその身体、かならず我が主の身許へと連れていくぞ…!」


口調すら変わったその男性はそう言って距離を詰め、再びマリに手を伸ばす。

咄嗟に腕で顔を庇うように身を竦ませるマリ。いざ届かんとしたその瞬間、男性の手のひらの辺りが、パン!と空気が破裂するような音がして次いでうめき声が聞こえた。

思わず閉じてしまっていた目を開ければ、手を押さえて呻く男性と、マリの前でふよふよと浮いて小さな炎を吐いているエンがいた。


「っ!エン!」


思わずその名を呼び、小さな体を手の中に捕まえる。

それに安心したように目を細めて手のひらに擦り寄るエン。

しかし、突然の痛みから立ち直った男性が憎々しげにエンを睨みつけていた。


「まさかこんな小さな騎士までいるとはな…恐れ入った…おっと…タイムリミットのようだ…。」


不意にそう言った男性は途端にがくりと体の力が抜けてその場にくずれ落ちる。

崩れ落ちる瞬間、マリはその男性の瞳が金色に光った気がした。




――――

マリが男性に襲われかける少し前、海上にて、ジアンを連れた闇の乙女と、アーカイドを連れたチェザーレが鉢合わせる。

鳥籠の中からアーカイドを見たレインティアは収まっていた涙を再びこぼした。

アーカイドが流されてきた航路には、彼の血が漂っている。死に瀕することはまだないが、危険ではあった。


『陛下…、ご慈悲を賜り、ありがとうございます…。』


そういってチェザーレに向けて深く頭を下げるレインティア。

それを難しげに歪んだ顔で見つめ、


「そう約束したからな。それと、ここから先はチェザーレだ。陛下と呼ぶことは禁じる。」


そう言いながら徐々にその姿を人のそれへと変えていく。

深紅の翼だけを残して赤毛の青年へと姿を変えた時、随分と近くなった港で小さな破裂音がした。

咄嗟にそちらを向き、異常を察して飛び出すチェザーレ。

レインティアはアーカイドを運んでいた水精霊の使役を引き継ぎ、ジアンを抱えた闇の乙女と共に急ぎ、港を目指した。



「マリ!」


倒れ込んだ男性を呆然とでも言うように見つめるマリに駆け寄るチェザーレ。

油断なくその男と周囲を見回すが、一足遅かったのか周囲にはなんの気配も感じられなかった。


とりあえず男性はそのまま捨て置くことにして、マリに怪我はないかと頭から足先までを確認し、息を吐く。背中の翼を仕舞いながら、ようやく港に到着した闇の乙女がそっとマリの傍に来るのを見つつ、アーカイドのいる方へと歩いた。

港にアーカイドの巨体は入らないため、長い首だけを港の先に置いて、鳥籠から解き放たれたレインティアが寄り添っている。

それを確認してからマリの方を振り返れば、さっきまでいた闇の乙女は消え去り、魔力を使いすぎ、身体に負荷のかかったせいで気絶しているであろうジアンを寝かせていた。


「マリ。ジアンは寝かせておけば直ぐに目を覚ますはずだ。アーカイドを視てくれないか。」


その声にジアンを撫でていた手を止めて顔を上げるマリ。

こくりと頷いてチェザーレの元に歩み寄ってくる。

間近で見るアーカイドは、青い鱗が所々剥がれた姿で、思わず眉を寄せる。

ぐっと歯を食いしばり、チェザーレから離れてアーカイドの頭元へと向かう。


(身体に纏っていたモヤがほとんどない…どこだろう…ん?)


ぷかぷかと浮かぶアーカイドのぼろぼろの背びれに隠れるように、1枚の鱗がどす黒く変色していた。

直感的にあそこだ、と確信したマリは、心配そうにこちらを見るレインティアの横を通り、ぐったりとしたアーカイドの頭上にある角に手をかけた。

いくら小ぶりな頭とはいえ、マリの胴寸ほどもある頭へと登り、そのまま背びれを掴んでバランスを取りながら首を伝って背中へと向かう。

マリの背にチェザーレとレインティアの視線が刺さるが、それを気にしないことにして目的の鱗の元へとたどり着いた。

手のひらほどの大きさの鱗1枚だけ、どす黒くそして近くで見れば分かるが微妙に動いていた。

顔を顰めつつ、腰に差したチェザーレの爪の短剣を抜き放つ。

逆手にぎゅっと握り、思い切り振りかぶってその鱗に突き立てた。

途端、その鱗が真っ赤に染まり、高熱でも発しているのか、ジュウゥゥ…と音がする。びくりとアーカイドの身体が揺れ、鱗がぽろりと剥がれた。

そしてその裏から極小さな蜂のような姿の蟲が飛び出し、マリの周囲をブンブンと飛び回る。

次第に親指ほどの大きさになったその蟲は尻の先にある針をマリ目掛けて突き立てようと襲ってきた。

マリが反応するより早く、それに反応したのは、肩に現れたエンだった。

炎の舌をぺろりと伸ばし、蟲を捉えてそのままパクリと口にしてしまう。

その様を見たマリは慌ててエンを両手に掴み、


「エン!そんなモノ食べちゃダメ!ぺっしなさい!」


もごもごと口を動かすエンにそう訴えるが聞き入れる様子はない。

マリの剣幕に異常でもあったのかとチェザーレが飛んでくる。


「エンが、多分アーカイドさんのモヤの原因だったむしっぽいのを食べちゃって…。」


そう言ってチェザーレからもなにか言ってくれとばかりに両手に抱えたエンを差し出す。

脇の下に手を差し入れられ、だらりと下半身を伸ばしたエンは満足気に小さな火を吹いた。

訝しげにその様子を見遣り、端正な眉を寄せてマリへと視線を向けるチェザーレ。


「…生まれたばかりとはいえ、一応精霊だからな…問題ない…。」


『お取り込み中の所悪いけど…僕の背中から降りてくれないかい…?』


痛みは感じないが痛く思える頭を押さえるように額に手をやるチェザーレと、心配そうにエンを見るマリに掛かる声に、思わず揃って長い首の先を見やる。

長い首をこちらに向け、紺碧の瞳が困ったように眇られていた。

マリを抱えて港へと飛んで戻るチェザーレ。

ちょうどよくジアンも目を覚ましたのか、よたよたと歩いてくる。

そんな彼らの前で、アーカイドは水柱を立て、その中から人型になって姿を見せた。

傷1つない綺麗な顔と、多少よれている様な気もする騎士服の出で立ちで、チェザーレに向かって深々と頭を下げるアーカイド。

それに倣うように地に頭を付けるレインティア。


「今回のことは、僕の弱さが招いた事だ…その後始末をさせるような事をさせてしまって、申し訳ない。」


「何があった?お前ほどの竜種を乗っ取れるなんてそうはいないだろう?」


頭を下げるアーカイドたちに顔を上げるよう促しながらチェザーレが問う。

それに苦しげに眉を寄せてかすかに俯くアーカイド。


「夢を、見せられたんだ…300年前、ユキがかの星に帰れるかもしれないという希望を、僕が打ち砕いてしまった夢を…。」


それによって心の均衡を失い、そこを蟲に乗っ取られた、と話すアーカイド。

あまりに卑劣なその方法にぐっと拳を握るチェザーレ。

その横で首をかしげながら難しい顔をするマリ。

その様子に視線が集まる。


「それ、多分あの蟲?が見せた嘘かもしれません…。お城で読んだ絵本とは別に、あの宿にあった本を読んだんです。そんな表記は一切なかったはずです。おかみさんに、聞いた方が早いかもしれません。」


そう言ったマリだが、アーカイドの顔は一層曇る。


「海の守り神なんて呼ばれてる僕が、こんなに大暴れしたんだ…街の人達に合わせる顔なんてないよ…」


「私が、この港に来る時、アイリィちゃんに頼まれました。カイド様を助けて、と。街の人たちも同じ思いだったはずです。だから、まずはごめんなさいしてみて、それでも許してくれなかったら…なにか考えましょうよ。」


にこりと笑ってそういうマリに、チェザーレも頷く。そしてアーカイドの背をばしりと叩き、いまだ気を失って倒れている男性を適当な資材の上に寝かせてから、街の人が待つ丘の方へと歩を進めた。






――――

(ふむ…やはり付け焼き刃ではだめか…しかし、思いのほか大物が一緒とはな…これは骨が折れそうだ…。)


マリ達がいた港からはるか先の灯台の上で、金髪を潮風に揺らしながらナイアーは思案する。

先程一時的に身体を借りた男ではダメだった。アーカイドにつけた蟲も消滅を確認した。

この度はこれで一旦手を引くしかない、とばかりに息を吐き、そのままモヤを纏って掻き消える。

一層不機嫌になっているであろう玩具の娘を、そろそろ使うべきか、と昏い笑みを浮かべて。

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