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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
38/116

2章

37

――――



ジアンの吠えるような声にびくりと肩を震わせるマリ。しかし迷わずジアンにそっと手のひらある宝石を差し出した。


その宝石を目にしたジアンは確信したように金の瞳に力をこめて、微かに喉を鳴らす。

そっと手のひらからそれを咥え、自身の頭上へと首の力で投げた。そして、



オオォォォォーーーーーンンン……


宙をクルクル回る宝石に向けるように咆哮した。

その途端、直視できないほどに眩しい輝きが宝石から放たれる。

咄嗟に腕で目元を庇うマリ。

そして、光が収まる頃、隣にいたはずの狼の気配はなく、代わりに巨大な何かが動く気配がする。

チカチカする目を眇めながら腕を退けたマリが最初に見たのはキラキラと雪の結晶のようなものが舞う様だった。そしてその輝きを纏う白銀の毛皮。

見上げるほどに巨大な、銀色に灰色が混じった毛皮に金の瞳の狼が、居た。

やや長めの銀の毛並みに所々灰色が混じる。雪の結晶を纏うがひんやりとした空気は感じない。

ふさふさの大きな尻尾は5本に分かれ、ユラユラと揺れていた。


『マリ、ありがとよ…。ちょっくらチェザーレ救けに行ってくるわ。』


神々しいまでに美しい狼から放たれたのは気さくな言葉。

紛れもなくジアンのそれだった。

ぽかんとしたマリに、口の端を上げて笑ってからぐっと体に力を入れるジアン。

そのまま空に駆け上がる。そして空を走るようにチェザーレの元へと向かっていく。

ジアンが駆けたあとの空中には薄い氷の道が続いていた。


『彼方の乙女たちよ』


狼の口がそう呟けば彼の影から闇色の乙女たちが躍り出てきた。

かつて、南都で出した時は女性とわかるぐらいの凹凸しか無かった彼女たちは、今は1人1人顔つきもあり、髪の長さも体格も違う。何より、各々美しい闇色のフルプレートを纏い、手には巨大な剣や槍を携えている。背には漆黒の2対4枚の翼がはためく。

闇の戦乙女、まさにそう呼ぶに相応しい姿の10人の乙女達がレインティアに追従する水精霊を襲った。



押さえつけてくる水精霊の力がいきなり弱くなる。

その隙に自身の周囲に爆発を起こして抜け出したチェザーレが見たものは、水精霊を襲う闇の戦乙女と、レインティアに噛み付く巨大な銀狼だった。


ばしゃりという水音を残してジアンの口からレインティアが消える。

驚いたようなチェザーレに向けて大きく吠えるジアン。


『もうへばったとか言わねぇよな?ダチを助けるんだろ?こっちはオレに任せな!』


その声はジアンそのものだった。しかし姿は似ても似つかない。今のその銀色の姿はまるで、


(月影狼王(フェンリル)…だと…だが!これなら!)


グルル…と口元で唸ってこの場をジアンに任せ、竜巻の奥にいるアーカイドへと向かおうとするチェザーレの前に水柱がたち、レインティアが立ちはだかった。

だが、チェザーレの横をすり抜けた銀狼が襲いかかった事で体制を崩し、チェザーレの行く先を遮れなかった。


『そっちにゃ行かせねぇよ!』


氷を纏った鋭い爪がレインティアを襲う。彼女の水の身体は氷に触れればぴしりと音を立てて凍りついていく。

それを水に戻しながらジアンと対峙する。

レインティアが三股の矛を振り上げると、彼女の周囲に水玉が無数に出現し、渦を纏った水槍へと姿を変える。

振り上げた矛をジアンへと向けて振り下ろすと、それを合図に無数の水槍がジアンを襲う。

その凶器を空中を駆けるように避け、避けれないものだけを噛みつき、爪で叩き壊した。

しかし、避けたはずの水槍はぐるりと弧を描いて向きを変え、再びジアンを襲ってくる。

壊さない限りは延々と追い縋ってくるそれに舌打ちが漏れた。


『キリがねぇな…』


何せ下は海である、()の補充などいくらでもできる。そう思っている間にまたしても水玉がレインティアの周囲に生まれていく。

その様に嫌そうに唸り、ちらりと周囲を見渡す。

彼女の眷属らしき水の精霊達は、ジアンが喚んだ戦乙女達が圧倒している。

はるか先には赤と青の竜が吼えながら派手な水しぶきを上げて激突していた。


(オレの魔力もあんまり保ちそうにねぇし…この後、使いモンにならねーだろうしな…)


体内に巡る魔力を推し量って、金の瞳をレインティアへと戻す。

僅かの間にも関わらず、先程より数の増えた水槍が風切り音と共にジアンを付け狙う。

足元の大気を凍らせて足場にしながら空を駆けるジアン。

ヒュッと息を吸い込み、足元に生まれた氷の足場に爪を立てて慣性に逆らうように足を止め、ガリガリと氷が悲鳴をあげるように削れていくのを気にする素振りもなく、ぐっと全身に力を込めた。


ガオォォオオーーンン!


魔力を乗せた咆哮を放つ。

咆哮は衝撃波となって水槍を破裂させ、姿を失った水がばしゃばしゃと海に降り注ぐ。

レインティアは何度やられても無駄と言わんばかりに三度矛を振り上げた。

が、彼女の周囲に水玉が浮かび上がることは無かった。

驚愕と共に足元から聞こえるパキパキという音に慌ててその場を離れた。

彼女がいた水柱は、白く凍っていた。

慌てて水柱を立ち上げるが、その形成がいつもよりずっと遅い。

周囲に水以上の冷気が漂う。下の海面を見ればそこもまた、一面氷に覆われ始めていた。

じきにここ一帯氷に閉ざされるだろう事は容易に想像できる。


『これ程の力……』


旧き精霊でさえも押さえ込もうとする狼王の凄まじさに、ふるりと水の身体が震える。



一方のジアンも、元々は自分の力ではない、身に余る氷の力を咆哮として放った為、余力はあまり残されていなかった。

荒くなる息を抑え、レインティアを睨みつける。

そんなジアンの元に10の乙女たちが集い、王に侍る。

彼女たちが抑えていた水精霊達は一様に氷像と化し、動くことすら出来なくなっていた。


(カッコ良く啖呵切った手前、無様に海にぽちゃんはしたくねぇんだけどなぁ…そうも言ってらんねぇよなぁ…チェザーレ、早めに決着付けてくれよ…!)


レインティアからの攻撃ではなく、自身を構成する狼王の消耗からぐらつく頭を振って、先程も今も言葉遣いも態度も王に対するそれでは無いことを思い出して1人苦笑し、傍らに控える乙女たちに命じる。


『全力で行くぞ、チェザーレがあの海竜ぶん殴って止めるまで、意地でも抑え込む!』


自分を鼓舞するかのように吼えれば、乙女たちも各々に武器を構え、美しい顔を笑みに変えて飛び立つ。

それに追従するように駆け、レインティアを俯瞰するように空を駆け上がる。

ぐるりと半転し、上半身をレインティアへと向け、乙女たちが武器を掲げてレインティアを取り囲んだのを確認し、


『彼方の戦乙女たちよ!深淵の抱擁をもって彼の者を捕らえよ!ダークネス・メイデン!』


ジアンの詠唱と共に乙女たちがその姿を溶かし、鳥籠のような檻を形作る。

その中にはレインティア。

水の力をもって抜け出そうとするが、その抵抗全てを闇に飲まれて霧散する。

鳥籠の格子に触れれば闇色の乙女の手が伸びてきて水の身体を掴んで闇色に染め始める。

咄嗟にそこから離れ、鳥籠の中央に戻るレインティア。

そうしているうちに周囲に漂っていた水の気配も気薄になっていき、鳥籠に閉じ込められたレインティアは、ジアンを泣くような笑顔で見つめ、矛を水に戻してそっと抵抗を止めた。


それを目にした瞬間、ぷつりと何かが途切れる音がジアンのみみに届く。それがジアン自身から聞こえてくる音だと気づいた時にはもうおそかった。

ジアンの身体が再び眩い光に包まれる。

声にならない声でまずいと思いながらも身体から力と残り少ない魔力が抜け落ちていき、そのまま意識も失いそうになる。消えそうになる意識を振り絞って唯一傍に残っていた戦乙女に意志を伝え、意識を手放した。



光が止んだ海の上空、黒い異様な鳥籠の側に灰黒色の狼が力なく浮かんでいた。

やがて慣性に従って落下していくその身体を漆黒の戦乙女が抱え拾う。

よく頑張った、とでも言うようにその毛皮を撫でてから、狼の後を追うように落ちてきた水色の宝石を手のひらに落とし、滞空する。

ぐるりと顔を巡らせれば、随分大陸に近い場所まで進んだ竜たちだったが、赤い竜が青い竜に噛みつき、一時的に出来た氷上に押さえ込んでいるのが見える。

彼女はジアンを抱え直し、鳥籠を伴ってそこから離れつつ、港を目指して飛翔した。


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