2章
36
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人混みを掻き分け、制止する声も無視してチェザーレは港へと向かう。
先程から彼の友のサラマンダーがこっちに彼女がいると訴えていた。
人気の無くなった通りを駆け抜け、水が止まった広場を突っ切る。
走るチェザーレの背に深紅の翼が生え、そのまま空へと駆けて低空飛行で港へと急いだ。
『ああ!竜王陛下!どうか、我が主を!アーカイドを!!』
港に飛び込むように降り立つと、海竜を象った像がある船の傍で一体のウンディーネが海を見つめていた。
チェザーレの到着を知ると水の身体を地上に這わせ、チェザーレの足元に這いつくばる。
地に頭を擦りつけ、涙ながらに懇願するウンディーネ。
彼女にとってアーカイドは我が子も同然だった。まだ幼竜だった頃から共にいる。
彼女もまた、旧き精霊の一体だ。
「分かっている。顔を上げよ、レインティア。アーカイドは俺にとっても友だ。必ず救う。」
普段、マリと共にいる時は決して見せない王としての風格ある言葉にぼろぼろと泣きながら顔を上げるレインティア。
不意に、彼女の姿が揺らぐ。
『うぅっ…あの子が喚んでいます…このままでは私も…!』
いやいやするように頭を振るが容赦なく海へと引きずられていく。
それを止めるでもなく、正面から見返し、そして頷く。
『その願い、俺が聞きとげた。』
魔力を帯びた声に微かに笑い、彼女は暴れる海竜に行使されるべく、その元に引きずられて行った。
荒れ狂う海の上に上半身を出したアーカイドは、無数の海水を巻き上げる竜巻を伴って目の前に見える大陸を目指して進んでいた。
泳ぐことに特化した彼の身体は手足の代わりに3対6枚の大きなヒレがある。長い尾は梶の役割を担うために魚のようなヒレがが付いて、水の中をくねるように動く。
長い首の先には体に反して小さな顔と、今は暗く澱んでいるが海そのものを表す紺碧の瞳があり、丸みを帯びた角が後頭部から大小無数に生え、青く透き通った背びれが尻尾まで続いていた。
とても美しい竜だった。
だが今は、荒れ狂う暴威として、地上を目指す。
彼の心は、思考を止めていた。
ユキとの夢が繰り返し彼の心を苛み、耐えきれなくったアーカイドは心を閉ざした。
そして、意識を深くに沈めてしまう。
その瞬間を待っていたとばかりに、背にいた蟲がアーカイドの身体を乗っ取った。
沈んだ意識の上に乗るように浮上を邪魔し、蟲の意思をもって、街を目指す。
そこに居るだろう人間を食らうために。
不意にアーカイドの肌を焦がす熱を感じる。
視線を巡らせれば、そこには自身と同等の大きさの竜が滞空し、怒りの籠った目で睨んでいた。
ガァァアアアアァ!!!
レインティアの願いを聞き入れたチェザーレは、はるか先に見えるアーカイドを睨みつける。そして彼の全身を深紅の炎が包み込んだ。
立ち上る火柱は丘の上にいたマリ達にも見えた。
そして火柱を割るように現れた巨大な深紅の竜は、炎を纏って滞空していた。
キラキラと輝く赤い鱗が全身を覆い、薄い皮膜は風を捕まえて撓む。それを支える翼の骨格はがっしりとしていて肩甲骨の辺りから生え揃う。強靭な筋肉に包まれた後足には黒い爪が凶器のように伸び、後足よりやや短めの前足には更に鋭い爪が光る。
長い尾で空気を切り裂くように振り、火柱を消し飛ばす。
長めの首を経て小さめの顔には黒い2本の角と、燃え盛る炎そのものの鬣が背まで伸びる。
その竜はちらりと丘の方を見てから、海の方へと飛翔していった。
もう目視できるほどに近づいてきていた竜巻の群れと、アーカイドへと向かって咆哮する。
ガァァアアアアァ!!!
「あれが…本当のチェザーレ…綺麗…」
竜の姿を初めて見たマリは呟くようにそう言った。
一方ジアンは冷や汗でいっぱいだった。
(おいいいいい!あれどう見ても当代の竜王陛下じゃねーか!!!ちょっとまて落ち着けオレ。…竜王陛下にあの言葉遣いと態度…やっちまってねぇ…?いやでも知らなかったし…)
ぐるぐるするジアンの思考を現実に引き戻す事態が耳を襲う。
何かがぶつかり、爆発し、そして打ち付けるような音だ。
咄嗟に顔を上げる。
視線の先には無数の竜巻に襲われ、海上から立ち上った水の精霊達がチェザーレの四肢を絡め取り、炎によって蒸発するのも厭わないとでも言うように海中へと引きずり込もうとしていた。丘の上にいる住人たちに悲鳴が広がる。
かの竜が何者かは分からないが、この街を護るためにアーカイドに挑んでいるのが分かったが、火と水では相性が悪すぎる。
このままではあの火竜が海中に引きずり込まれるのは時間の問題だった。
「ジ、ジアン!!チェザーレが!」
狼の首に腕を回し、チェザーレの身を案じるマリ。ぐっと唇をかみ締め、海を見たあとにジアンに再び視線をやり、無理やり背に跨った。
「ジアン!私を港まで連れて行って!早く!」
緊張を孕んだ真剣な声音にジアンが折れる。いざ駆け出そうとした時、アイリィが駆け寄ってきた。
「おねぇちゃん!カイド様を助けて!」
ぼろぼろと泣きながら母譲りの榛色の瞳をマリに向ける。
ぐっと自身の服の裾を握り、嗚咽を飲み込んで、
「カイド様、泣いてる!!こんなことしたくないって!助けてって泣いてる!」
アイリィの言葉に息を飲むマリ達と、その剣幕に静まり返った大人たち。
やがて、ぐっと涙をこらえてマリが頷く。
自分がパニックを起こしている場合ではない。
こんな小さな子にも心配させるなんて、必ず無事に連れ戻し、ごめんなさいをさせなければならないと思った。
「よくわかんねぇが、お嬢ちゃん達はあの赤い竜の知り合いなんだな?俺たちの守り神であるアーカイド様を止めようとしてくれてるんだな?俺たちはここで祈るしか出来ねぇが…お嬢ちゃん達は…」
「行きます。側までは無理でも、もっと良く見えるところまで。きっと、何かが視えるはずなんです。」
マリの直感がそう告げている。それを受けたジアンはゆっくりと歩き出す、人並みが割れて道を作った。そのただ中を次第に歩調を早め、駆け出すジアン。
その背に掴まり、振り落とされないように身体を沈めるマリ。
大通りを駆け抜け、広場を突っ切り、港へと到着したマリ達。
「で、なんか案があるのか。」
「ない。ないけど…アーカイドさんを見ればなにか視えるかもしれない。」
ジアンの問いかけに険しい顔で海を見つめるマリが答える。
海上では無数の水柱を爆発させて引きずり込まれないように飛び回るチェザーレがいた。
時折アーカイドから水のブレスが放たれ、それを避けると水精霊達が絡みついていく。
(くそ、レインティアの支配力が強すぎるっ…)
空中を飛び回り、竜巻やブレスを避けながらチェザーレは歯噛みする。
この周囲一帯を旧き水精霊の力が完全支配していたのだ。
過剰な水の気配に彼と共にいるサラマンダーが煩わしげに火を吹く。
自身に向かって来る竜巻を紫の瞳が一瞥する。
途端に海水で出来た竜巻は蒸発して弾け飛んだ。
竜としての格はこちらが上、しかしレインティアちう存在と海というフィールドがチェザーレを不利に傾ける。
何度目か分からない舌打ちを零し、濁ったアーカイドの瞳を見つめる。
とにかくレインティアの支配領域をどうにかしない限りはジリ貧になると判断し、全身に炎を纏う。
周囲に炎の気配が広がり始めるが、それを阻止するように一際大きな水精霊が水柱に乗って現れた。
マーメイドの様に波打つ水の髪と、魚の下半身を水柱に乗せ、苦しげに泣きながらチェザーレを見つめる。
(レインティア…)
『矛を向けることをお許しくださいませ、陛下…』
そういって三股に割れた槍を振り回す、途端に消失していく炎の気配。
そのまま槍を構えて踊りかかってくるレインティア。
彼女を援護するように無数の水精霊が追従する。
(まずいっ…!)
「!あの規模の水の力はやべぇ!」
無数の水精霊がチェザーレを襲う様を見たジアンが焦ったような声を上げる。
それに弾かれたように海へと視線を向けるマリ。
青と白の水に飲まれるチェザーレ。
なにか手はないかと焦るマリの手に仄かな温かみが生じた。
海から視線を引き剥がし、手を見るマリ。
エンが顕現し、マリの手と、肩掛け鞄、正確にはその中にあるポーチを叩いている。
マリは迷わずそこに手を突っ込んだ。
(この状況を助けるなにかを…!)
そう願った彼女の手にひんやりとした涙型の硬い何かが触れた。
それを取り出すマリ。
それは、薄い水色をした手のひらの大きさのつるりとした宝石だった。
それを呆然と眺めるマリ。
美しいが、これがなにかわからなかった。そしてそれを考える余裕などなかった。
だが、
「マリ!それを俺に貸してくれ!」
隣で見守っていたジアンが吠えた。
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アーカイドの竜姿はまんま首長竜って感じです。
チェザーレは某はんたーさんのアレに出てくる銀色の古龍っぽい姿です。
空の王のほうじゃない(ポイント)




