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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
36/116

2章

35

――――


今日も不漁だった、そういう声が宿の食堂のあちこちから聞こえだしたのは、マリ達がこの街に来て4日目の夕食のときだった。

大通りで店を開いていた商人たちも、商船が難破したり、潮の流れが不規則になり到着が遅れている、といった話をしていたのを思い出す。

静かに夕食を終え、部屋に上がったマリ達。


「また、私が来たからなのかな…」


ぽつんと、そう零す。

あまりにもタイミングが良すぎたそれは、マリにそう思わせるには十分だった。

項垂れるマリの頭にぽすんと大きな手が乗っかる。がしがしと頭を揺するように髪を掻き回され、ふらつきながら視線を上げると、顔を元の綺麗なものに戻したチェザーレがぶすっとしてマリをみていた。

脇腹に衝撃が走る。

チェザーレから顔をずらしてそこを見れば鼻先を押し付けたジアン。

こちらも金の瞳を不機嫌そうにしかめていた。


「もしそうだとしても、マリに非はない。狙われるのが悪いんじゃない、狙うのが悪いんだ。しかも今回はもしかしたら俺の友が巻き込まれたかもしれない…。俺としても腹立たしい限りだ。」


頭を撫でる手は人のままだが、紫の瞳の瞳孔が竜のそれのように縦に割れる。

今にも唸り出しそうな剣幕に逆に冷静になるマリ。


「アーカイドさんになにかあったのは確実だよね…問題はアーカイドさんがどこにいるのか、そしてどうなっているのか、だよね…」


「だな、流石に海の中が暗いとはいえ、俺の乙女たちでも手出し出来ねぇ。海の中ってのは完全に水の精霊のテリトリーだからなぁ…チェザーレの火精霊は言わずもがなってやつだしな…」


マリから離れ、ソファへと身軽に飛び乗って寝そべるジアンがそう言う。その後を追って隣に腰掛け、艶やかなジアンの額から耳の後ろまでの毛を撫でながらマリも思案する。

撫でやすいようにマリの膝に顎を置くジアン。

その様を射抜くように見つめるチェザーレだったが、マリにキョトンとされてなんでもないと、向かいに1人腰掛ける。肩にサラマンダーが顕現し、慰めるように首筋に頭を擦り付けていた。


「アーカイドには、聡明な水の精霊が契約している。この事態に、恐らく動いているとは思うんだが…彼女からの何かしらのアクションを待つのが1番手っ取り早くはある。だが…それまでこの海が保てばいいが…。」


そう言って今は閉じた窓のガラス越しの外へ視線をむけるチェザーレ。

その視線の先ではいつもより強く波が砂浜を叩く音が聞こえる。

どちらにしろ、こちらは後手にしか回れないという事実が3人を重く沈ませる。

マリ達以上に、この街の住人は不安なはずだった。

それを思うと早くこの事態の原因を知りたいと焦りが生まれる。だがそれを知る術がない。ジレンマが募る一方だった。


「今はできることは無い。焦るのはわかるが休め。闇の気配を探ってもらわないといけない事もあるかもしれない。」


そういうチェザーレに釈然としないながらも渋々従うマリ。

寝る支度を整えてベッドへ潜り込むと、もそりと胸元にエンが顕現した。

不安や焦りを鎮めるように暖かな身体を寄せて共に眠ってくれる。

その温かさに釣られてすっとマリの意識が落ちていった。





――――

『いいよ、アーカイド。私は貴方の番にはなれないけれど、一緒に生きてあげる。』


ソファで微睡むアーカイドの脳裏にはユキと過ごした時間が駆け巡る。

睡眠を必要としない竜たちだが、眠ることができない訳では無い。チェザーレなどは暇な時はずっと眠っていたほどだ。

そんな彼らも夢を見る。それは過去の記憶であり、人が見るようなものとは違っている。

優しい過去の記憶が、ずるりと黒いモヤに包まれ、アーカイドを苛む。

300年前、アーカイドはユキに想いを伝えていた。愛していると。

ユキは、異世界に残してきたたった1人の妹をずっと気にしていた。まだ幼く、そして体が弱かった妹は、ユキが居ないと生きれないほどだった。そんな妹を残してきたのだ、帰りたいと願うのは必然だった。

アーカイドも、ユキが帰れる手立てを見つける手伝いをしていた。だが、いつしかアーカイドはユキを愛した。

帰って欲しくないと、思い始めてしまった。

どこまでも傲慢で、自分勝手な事だと恥じた。


(そんな方法などない…!お前はもう2度と帰れない!)


声を大にしてそう言いたい気持ちが沸き起こることなど1度や2度ではなかった。

だがそれを全て隠し、アーカイドはユキのために協力を惜しまなかった。

ある時、この街に時空の研究をしているという男がやってきた。

転移してきたユキの話をどこかで聞いたのだろう、アーカイドと共に、ユキは知っている全てを、分かったこと全部を話した。

それから暫くして、その男が息せき切ってアーカイドを尋ねてきた。

ユキは席を外していたが、あまりの様子に話を聞こうと落ち着かせた。

男は言った。


―異世界転移の謎に迫った!これなら逆の法則も成り立つかもしれない!―


その言葉を聞いた時、アーカイドの思考は真っ白になった。



夢は続く。


真っ白になった思考から再浮上したのは鼻に付く鉄錆に似た匂いを嗅いだからだった。

その匂いに顔を顰めながらぬるついた自分の手を見た。

真っ赤に染ったその手には、脈打つことが出来なくなった手のひらサイズの肉塊が握られていて、アーカイドの足元には血の海に沈む男がうつ伏せで倒れていた。

理解が追いつかない。

これは、自分がやったのだろうか?

困惑するアーカイドだったが、このままでは不味いと思い、水の力を使って何も無かったように元通りにする。

手に残る肉塊の感触が彼をいつまでも苛んだが…。


男が消えてひと月が経った頃だろうか、砂浜を歩きたいといったユキに付き合い、波の音を耳にしながら他愛ない話をしながら砂をふみしめる。


『まるで、私に海こそが還るべきところだって、言われてるみたい…アーカイド。あの話、受けるよ。私は貴方の番にはなれないけれど、一緒に生きてあげる。』


不意に彼女はそう言った。泣くような笑顔で。

帰るのを諦めてくれたのだと、何故か()()()()()、夢だからかその気持ちに違和感が追いつかなかった。

そっと抱きしめた彼女は細く、小さかった。

妹はもっと小さいだろうが、アーカイドからすれば彼女もまた、小さく、護るべき存在だった。

抱きしめたまま己の腕を見る。

その腕は血に染って真っ赤だった。

ユキの背後に、胸にぽっかりと穴が空いた男が立っている。昏く淀んだ目でアーカイドを見てた。

思わずユキを離し、海へと入っていくアーカイド。

その背を訝しむユキ。

ばしゃばしゃと手を洗うような仕草に驚きながら、寒くなってきたから、戻ろう。と促す。

ハッと我に返り、それに頷くアーカイド。


ユキを送り届け、一人海を泳ぐアーカイド。

なぜ、ユキはいいよ、と言ったのだろうという思いが胸の中を占める。

そんな彼の横を泳ぐ存在があった。

胸に穴の空いた昏い瞳の男だ。


『なんでだと思う…?あの娘は、お前が俺を殺したのを知ったのさ…唯一の決定的な手がかりだった俺を、愛しかけていた男が殺した…諦めるには十分じゃないのか…?可哀想になぁ…帰ることも叶わず、竜という化け物に見初められ…最愛の妹の命も絶望的…あんな年端のいかない子供が、諦めるには十分だなぁ…?見ただろう?あの笑顔…』


そう、昏い声が脳裏に直接囁いてくる。


それからアーカイドの夢は、そこだけがずっとループし続け出す。



(やめろ…やめてくれ…ユキ、僕は…ボク、ハ…)


ゴアァァアアアアアアァ……!



繰り返し見る悪夢。

彼の心を表すように次第に海は荒れ、魚たちは恐れるように逃げ出す。

波が荒ぶり、船に叩きつけられて制御を奪う。

最初は外海だけでそれが起こっていた。

だが、徐々にそれは海域全体に広がり、空は曇り、海の水を巻き上げる巨大な竜巻を見たと噂が流れ始める。

そして、海を揺るがす咆哮が響き渡る。

時を同じくして、ようやく大陸にたどり着いたレインティアは、大気と海を揺らす咆哮を背に聞き、振り返った。


『我が主よ…!』


意を決して大嫌いなサラマンダーに彼女の思念を届けた。




荒れ狂う海を、困惑に満ちた住民が恐れるように遠巻きに見守っている。

津波を恐れて、先んじて小高い丘に避難していたのだ。

その中にはリリィとアイリィたちもいた。

マリもまた、彼女たちと一緒だった。

旦那のグースは体の不自由な人や老人の手助けに行っている。

そして響き渡る咆哮。

それにいち早く反応したのはチェザーレだった。


「マリ。アーカイドが、恐らく堕ちた。殴り飛ばして止めてくる。いいか、決してジアンから離れるな。あいつは強い、俺も本体に戻る必要がある。」


そうマリに言い聞かせ、返事を待たずに駆け出し、見る間に人混みに消えていった。


「チェザーレ…アーカイドさん…」


荒れる海を見ながら呟くマリ。


そして、砂浜からはるか先の海上に、ゆらりと首の長い、青い鱗が美しい竜が昏い瞳をたたえて顔を出した。

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