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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
34/116

2章

33

――――



ずらりと並んだ馬車や人の列に、時間がかかる予想を裏切るかのように1人の兵士が駆け寄っってきた。


「もしや南都の領主様の通行許可証をお持ちの方々では…?」


「あ、はい。これです。」


マリがポーチからマグニルで貰った許可証を取り出して見せる。

ついでにジアンの首元に光る王城許可証も見せた。

それを確認した兵士はマリたちをあまり人が並んでいない貴族用の列へと案内し、さらにその列の先頭へと導く。

並んでいた貴族が何事か文句を言っていたが、別の兵士が耳打ちすると黙って戻っていく。


図らずとも目立つ羽目になり、マリの内心はどんよりと曇る。


「いやぁ、並ばずに済んでよかったねぇ。」


呑気に笑うアーカイドに恨めしそうな視線をちらりとやるも、城門を抜けた先の光景に目を奪われた。


そこには人、人、人だらけだった。

大きな通りにずらりと並ぶ店と、地面に直接御座や絨毯を敷いて商品を並べる露天商などが所狭しと立ち並ぶ。

王都で見た大通りよりもずっと活気があるその様は、まさに商人の街にふさわしかった。


大きな声で客を呼び込む売り子、道を歩きながら手にしたものを売ろうとする娘など、マリたちの口は半開きでぽかんとしている。

チェザーレは見たことでもあるのか、そこまで驚いた様子はない。

マリとジアンの様子にクスクスと笑うアーカイド。

その声で我に返り、宿を探さないとね!と上擦った声で言うマリ。


「じゃあ僕のオススメの宿にご案内するよ。」


そう言って人混みとは離れた路地の方に歩き出すアーカイド。

それを追って喧騒から離れること数分。路地の終わり、海が見える見晴らしのいい場所に立つ小ぢんまりとした建物の前でここだよ、と笑う。

ちょうど建物から小さな少女が出てきて、アーカイドを見て破顔した。そして勢いよく抱きつく。


「カイド様!また遊びに来てくれたの?」


細身だが小動もせずに腕に座らせるように少女を抱き上げ、マリたちの方へと向けるアーカイド。


「それもあるけどね、お客さんを連れてきたんだ。リリィはいるかい?」


その言葉にマリたちを見て、ジアンで視線が止まる少女。

おっきいモフモフ!と大興奮だったが、その声を聞いたのか建物から女性が出てきた。


「アイリィ?なにを騒いでるんだい?お使いにいくんじゃなかったのかい…って、カイド様!それに…お客様かしら?」


黒い髪を頭頂でお団子にし、榛色の瞳を瞬かせた女性はアーカイドとマリたちを見てぺこりと頭を下げる。

アイリィと呼ばれた少女はアーカイドに降ろしてもらい、お使いに行ってくる!と駆け出してしまった。


『ウンディーネ』


その背を視線で追いつつ、魔力を込めた声で囁くと小さな水球がふわりと出現し、アイリィの背を追いかけだした。


「カイド様、いつもすみません。」


見慣れた光景なのか、女性も苦笑しながら頭を下げた。


「僕が好きでやってる事だからね。それより、この子達を泊めてあげて欲しいんだけど…空きはあるかい?」


「もちろんありますとも。カイド様のご紹介なら追い出してでも作らせていただきますよ。」


さぁどうぞ?と入口のドアを開けて迎え入れてくれる。

建物の中は入って直ぐ右に受付らしきカウンター、正面奥に階段、左は食堂になっていた。

壁には巨大なヒレの魚拓のようなものがあり、入ってきた人の目を奪う。


「…アレってお前の前足じゃないのか?」


ぼそりと呟くチェザーレに、あはは…と笑うアーカイド。


「この宿屋はユキの子孫がずっと続けてくれてるとこでね…」


そう言いながら懐かしそうに宿屋の中を見渡す。まるで、過去に帰るように優しい顔だと、マリは思った。


昼下がりということもあって、食堂には誰もおらず、適当な席に座る3人と足元でおすわりする一匹。

ジアンをみても女性はまぁ!と笑うだけで拒否されることはなかった。


「さて、落ち着いたことだし…。気になっているだろうから僕の話からはいろうか。」


冷えた果実水で喉を潤してからにっこりと笑っていうアーカイド。

度々出てきたユキという名前、マリと似ているらしきことなど、色々と気になっていた為に、素直に頷くマリ。


「僕はかれこれ2000年以上、この海に生きる海竜でね。ずっとこの海を護ってきたんだけど、300年前、この浜辺に1人の女の子が飛ばされてきたんだ。その子がユキだった。異世界からの来訪者っていうのは、珍しくはあるけどいない訳じゃあない。でもこの地に来たのは初めてでね…」


当時を思い出すようにそっと目を閉じて脳裏に浮かぶ情景をゆっくりと言葉にしていくアーカイド。


「君と違って、ブラウンの髪に、榛色の瞳が美しい少女でね…僕がこの長い生の中で、唯一愛した女性なんだ…。ユキはこの街で暮らし、人間の男性と子供を授かり、宿を作った。僕は彼女の番にはなれないけど、彼女の子孫が絶えるときまで、ここを護っていくこと誓ったのさ。」


そう締めくくって果実水を飲むアーカイド。


「あ、それってもしかして…海の贈り物?」


話を聞いたマリがぽつりと呟く。話の内容にどこか聞き覚えがあると思い、記憶をさぐって思い出したのだ。王城の図書室で見た、海竜と少女が抱き合う表紙の絵本。海の贈り物、を。


「ああ、それは僕とユキの話だね。この街の広場にもその像があるよ。」


恥ずかしいけど、誇らしくもあるから、また後で見に行ってよ、と笑うアーカイド。


君たちの話も聞かせてよ、と乗り気なアーカイドに、今までの事を話して聞かせるマリ。時々チェザーレが補正を入れて話を纏める。

ひとしきり話すと、周囲に人の気配が多くなっていく。どうやら夕刻で夕食を食べに来た客が増え始めたようだった。

マリ達も少し早めの夕食を摂り、アーカイドと別れて部屋へと上がる。安定の一部屋だった。

無言でベッドへと顎をしゃくるチェザーレに、これあ抵抗しても無駄だと判断し、荷物を置いてベッドに座るマリ。

窓を開けたチェザーレがほぅ、と感嘆の声を上げたのでそちらに目を向ければ、1面の美しい夕暮れの海が広がっていた。

砂浜を叩く規則正しい波の音と、海辺に生えた背の高い木々を揺らす潮風の音が耳に心地いい。アーカイドがオススメしただけはあると、3人とも納得したのだった。






――――

マリたちと別れたアーカイドは、上機嫌で人気のない砂浜を歩いていた。

久々に会った友のチェザーレは相変わらずだったし、一緒にいた少女も、狼も面白い存在だった。

ユキを看取ってから250年、これ程までに楽しかったことはなかった。

そうやって海の音に耳を傾けながら歩いていると、視線の先に海に向かってゆっくりと歩く少女が目に入った。

海の美しさに目を奪われているのか、フラフラとした足取りに思わず声をかける。


「あぶないよ、美しいけれど、海はこわいとこ…え…?ユキ…?」


危ないと言いかけた声が途中で止まる。

アーカイドの声に弾かれたようにこちらを向いた少女は、在りし日のユキにそっくりだったのだ。

ばかな、ありえない、僕が看取ったんだ、と脳内で否定するも、目の前の少女の存在感は本物で、呼吸のために上下する胸元もしっかりと見える。何時だったか、ユキに聞いた、思念だけのゴーストには足がないんだ、という話を思い出して足元を確認したが、しっかりと足もあるし、足跡も残っていた。


「あの…?大丈夫ですか?」


心配していたのはこちらなのに、逆に案じられて我に返る。

大丈夫、ありがとう、とぎこちなく笑うアーカイド。


「君、は…?」


「海があまりにも美しくて…。『まるで私に海こそが還るべきところ、と言っているよう。』だと思ってしまって…。」


その言葉にぐっと胸元を押さえて砂浜に膝を突くアーカイド。

あまりに聞き覚えのあるその言葉。かつて、愛した女性が、ここで同じことを言った。

帰ることを諦めてしまった、涙をこらえた美しい笑顔が脳裏にこびり付いて離れない。


そんなアーカイドに、微かに少女は笑った、だがその顔をすぐさま引っ込めて心配するように駆け寄る。そして綺麗な青い髪を掻き抱くように胸元に寄せ、苦しそうなアーカイドの背を撫でる。


「大丈夫ですか…?落ち着くまではこうして背を摩って差し上げます。どうか、深く息を吐いいて下さいませ。」


そう言って優しい手つきでアーカイドの背をさする少女。

その手に微かなモヤがまとわりつき、そしてそれが極小さな蟲の形へと変じ、アーカイドの背に吸い込まれるように消えていった。


「あぁ、ありがとう…君は、もしかして異世界からの…?」


「いいえ、ですが私のご先祖のお祖母様がこの海の近くに転移してきた方だと聞いて育ちました…。私自身は王都で生まれ育ったので、海を見るのは初めてなんです。」


もしかしたらそれはユキかもしれない、という淡い思いがアーカイドの中に生まれる。そっと腕を上げて華奢な身体を抱き寄せる。


(ユキも、こんなに細かった…)


ぎゅっと目を瞑ってその感触を思い出すアーカイド。

しばしの時をそうして過ごし、そっと腕を離して立ち上がる。

釣られて少女も立ち上がり、落ちる夕日を見てはっと目を見開けば、周囲を見渡す。

砂浜の入口に背の高い金髪の男が立っていたのを見つけ、


「も、申し訳ありません、時間のようです。またどこかでお会い出来れば嬉しいですわ。」


そう言って慌てて踵を返し、走り去る。

何が声をかけようとしたが、睨むようなきつい視線を金髪の男から感じ取り、にこやかに笑って見送った。


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