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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
二章―星竜王国巡行編―
33/116

2章

32

――――



コトコトと揺れる馬車の中には、マリたちしか乗っておらず、広々と使えるスペースを思い思いに過ごしていた。


「そういえば、チェザーレ。ドッペルゲンガーは、最後に何か言ってた?」


1人で戦いに赴き、無傷で戻ってきていたチェザーレに、何も無かったのかと問いかけるマリ。

ジアンも気になるのか、薄らと目を開けて耳をピクリと動かせた。


「うん?あぁ…」


そう答えて、ちらりと窓の外を見るチェザーレ。

南都の空で起きたことを思い返す。




――――

「やぁっぱり追っかけてくるよねぇ…。はーァ

…まぁでも、闇に堕ちたまま死んで、何も残らないのも、ヤだなぁ…。」


南都のはるか上空にて追いついたチェザーレに対して、逃げるのを諦めたドッペルゲンガーがそう呟く。

主人からの支配から脱しかけているのか、モヤの絡まりが薄くなっていた。

目も耳もなく、表情といえば口元しかないが、それでもその口元からは諦めと、少し嬉しそうにも見える。


「お前…」


怒りで渦巻く炎を纏ったチェザーレもまた、すっと炎を沈めて滞空する。


「アタシたちドッペルゲンガーはさ、特定の生き物を真似て、一緒に生きるモンスターなんだよね。だからか、真似た生き物の感情にとても敏感になる。アタシがシンシアになる前に望みの感情を押し付けてきたニンゲンは、嫉妬が憎悪になるまで塗り固められててさ…自然と、アタシもそれに引きずられた…」


ドッペルゲンガーというモンスターは、良くも悪くも自我が薄い。成り代わることで自我を生み、個として成立するのだと。

それで言えば、目の前のドッペルゲンガーは、憎悪を自我として成立してしまった、言わば被害者だとも言えた。

同時に、このモンスターにそこまでの事をした主人に対して吐き気がするほど嫌悪した。


「だからさ…アンタのその綺麗な炎で、アタシを助けて欲しい。シンシアになる前のこと、なーんも思い出せないけど…ッ、ゴホッ…!」


途中から息苦しくなったのか、声に掠れた息が混じり、遂に咳き込むドッペルゲンガー。

先程、ブローチに触れながらマリへと向けたのは猛毒の呪詛だった。

それをシェイド達が防ぎ、そして術者に跳ね返した。

それが今、身体中に回ってきているのだろう。

ふわりとドッペルゲンガーへと近づくチェザーレ。滞空しているのも辛そうな彼女に、手を差し伸べる。


「あはっ…このまま、この毒で死んだら…アタシは世界に還ることも、生まれ変わることもないんだよね…?最初はさ、それでもいいと思ったんだよ…アタシは沢山のニンゲンと沢山の同族を殺したんだから…でも、」


そう言いながらそっとチェザーレの手を取るドッペルゲンガー。

繋いだ手から炎が立ち上り、みるみる内に全身へと広がっていく。

炎の隙間から、裂けた口元が見えた。


「あったかい…」


そう、小さな声が聞こえて、ドッペルゲンガーだったものは、燃え滓ひとつ残さず、消えていった。






あらましを話し終え、ドッペルゲンガーの手の感触を思い出すようにぐっと拳を握るチェザーレ。

マリはホッとしたように息を吐き、ジアンもまた、ふすんと鼻息を漏らす。


「よかった、でいいのかな…?でも、何が目的で私を狙うんだろうね…?」


それに関してはチェザーレに思い当たる節があった。転移の仕方だ。

誰かに引っ張られるように、といっていた。つまりはその引っ張った者がマリを手元に置きたいのだろうと。

しかし、やり口の汚さから、その相手が決していいものでは無いと思い、そんな輩にマリを渡す訳にはいかないと決意を新たにする。


「さぁな…肝心の主人については分からずじまいだ。恐らくまた、仕掛けてくるだろうな…。」


そう言うと、ぎゅっと眉を寄せるマリ。きっと、今回のように周囲への被害を考えているんだろう。

その俯いた小さな頭に手を乗せ、わしわしと撫でながらチェザーレは笑う。


「大丈夫だ。次はもっと上手く護ってみせるさ、なぁ?」


前半はマリへと、後半はジアンへと向けて言うチェザーレ。

マリは馬車の揺れに追加された頭の揺れに目を回しそうになり、ジアンは任されたとばかりに大きく吼えた。

その鳴き声で御者と馬が驚いてしまい、怒られて萎んでいたが。




――――

半日ほど馬車に揺られ、夕日が落ちかける頃に簡素な村へとたどり着いたマリ達。

どうやら南都の管轄の村はここが最後のようで、馬車もここまでのようだった。

今夜はこの村に1泊し、明日は西都の管轄の村までは徒歩で向かう予定にした。

なんでも海が見え始めるとの事で、それに2人がはしゃいだのだ。

歩きでも1日かからない程度の距離だと言うのもあったが。

海と聞いた3人はそれぞれ三様の反応をした。

マリは海自体は知っていたがこちらの世界の海については知らないため、違いがあるのかという興味。

ジアンは森で育ったため海と言うものを知らなかったので想像がつかないままに楽しみにしていた。


「海はダメだ、本当に…近づけないんだ…。」


酷く暗い顔で言うのはチェザーレだった。

その言葉にキョトンとするマリと、何かに気づいてぶふっと吹き出すジアン。


「水精霊ウンディーネたちか…!」


その言葉に何も答えないチェザーレ。それが答えだった。

マリは分からず相変わらずキョトンとしている。


「チェザーレは火精霊の加護があるんだろ?水精霊ってのは大体が火精霊が嫌いなのさ。」


ジアンがそう説明してくれてやっと理解した。

近づけないほど苛烈に嫌われているのも哀れではあるが、海がみたい気持ちもある。

チェザーレだけ別行動にするかと問いかければ、それは出来ないと拒否された。


「俺はお前の護衛だぞ。緊急じゃない限りはそばに居るさ…できる限りはな…」


最後の1言は海に住まう精霊たちの過激な門前払いを思い出したのか、視線を遠くへやりながら。




翌朝、気持ち良く晴れ渡った空の下、のんびりと歩く2人と1匹。


「なんか変わった匂いがする…生臭いというか?」


ふんふんと空へと鼻先を向けて呟くジアンに、海が近いんだね、と辺りをきょろきょろし始めるマリ。

大きな森が遮るその先に海があるという。

いまは森に沿って街道を歩いているが、もう1時間も歩けば森が途切れて海が見えるだろうと泊まっていた宿屋で聞いていた。



少しの休憩を挟んで森の終わりを目にした途端、その先にキラキラと輝く海面が現れ、白い砂浜とゴツゴツとした岩場が組み合わさった海辺が広がっていた。

その様に思わず駆け出すマリ。追従するジアンと、ゆっくり追うチェザーレ。

足先が沈む砂浜に到着して、靴を脱ぎ捨てて波打ち際まで駆け寄る。

沈む柔らかな砂と、寄せては引く波を見て酔いそうになるジアン。

チェザーレは砂浜の手前で立ち止まって海風に顔を顰めていた。


「ウンディーネたちが不機嫌だと思えば、懐かしい気配がするじゃあないか…。」


唐突に聞こえたその声にびくりと震えるマリ。咄嗟に周囲を見渡すジアンに駆け寄ろうとしてがっしりとした腕に掬われて空へと攫われた。

思わず空を見上げたジアンの目には深紅の翼を広げたチェザーレがマリを抱えていた。


砂浜に水柱が立つ。

渦を巻く水柱の中からゆっくりと歩み出てくる青年。

ウェーブのかかった青い髪と深い深い紺碧の瞳。人外めいて整った容姿でチェザーレが着ているような騎士服のような物を着ている。

赤が多いチェザーレとは対象に青がメインの色合いだった。


「…!!アーカイド!?」


驚いた様なチェザーレの声に、苦笑で返すアーカイドと呼ばれた男性。

空からゆっくりと降り、マリを立たせてこちらに歩いてくるアーカイドに歩み寄る。そのまま拳を差し出すと、アーカイドもまたそれに倣って拳を差し出してコツンと重なる。


「知り合い…?」


目まぐるしく変わった状況に取り残されがちなマリとジアンがぽかんとしてチェザーレに尋ねる。


「あ。あぁ、旧い仲間だ。この辺りの海を治める海竜、アーカイドだ。」


チェザーレの言葉にニコリと笑ってよろしくね、と軽く頭を下げるアーカイド。


(竜って全員美男美女に変身できるのね…)


アーカイドの眩しい笑顔に目を逸らしながら思うマリ。


「僕達の変身は魂の力だから、容姿は魂に刻まれたものだよ。幻影魔法で見え方を変えない限りはこれが素だよ?」


マリの心の声が聞こえているとでも言うようなアーカイドの言葉にギョッとするマリ。思わずジアンに寄っていく。


「アハハ、君は、見た目は全然違うけど考えてる事はユキにそっくりだね!」


そう、懐かしそうに笑うアーカイド。

立ち話もなんだし、何よりウンディーネがそろそろ暴れそうだ、西都にいくなら僕も行くよ、と話をまとめて歩き出すアーカイド。

チェザーレもまた、こいつは信用出来ると太鼓判を押す。

砂浜沿いの道を30分ほど歩くと、大きな城壁と沢山の馬車や人の列が見え始める。


「ようこそ、海と商人の街、西都アスベルカへ!」

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