1章
20
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食事を終え、店を出た2人と、その横で当たり前のように満足そうに笑うジアン。
チェザーレは問題を先送りにしたものの、どうすべきか悩んでいた。
ちらりとマリを伺うも、ジアンの指す店の話を楽しそうに聞いている。
先程マリが言った、モヤが見えない、というのは竜と精霊以外ではチェザーレも聞いたことがなかった。
それほど真っ直ぐな生き物がいるのか、という疑念と、自分ですら見えないものまで見えるマリがいったのだから、信用できるのでは、という気持ちとがせめぎ合う。
次第に、うだうだと考えるのが面倒になってきたチェザーレ。
正直な話、自分一人で護衛には有り余る。しかし、自分がそばにいれないタイミングがあるかもしれない、駆けつけるのがわずかでも遅れて後悔するかもしれないという気持ちは少なからずあった。
楽しそうに笑うマリに視線を向け、なにかあったらあの犬っころを盾にすれば多少は持つだろうと思い直し、
「ジアン、一緒に来ていい。ただし、契約を受けてもらう。構わないな?」
マリと話していたジアンがチェザーレを振り返る。
契約の言葉に一瞬考えたようだが、ぴんと尻尾を立ててわかった!と答えた。
「なら話は早い、今日はもう戻るぞ。」
そう言って城の方に足を向けるチェザーレ。
もう見て回らないとわかったジアンが名残惜しそうにするのを、マリがまた3日後に来るからその時に見よう、と励ましていた。
先程までは自分にくっついていたのに、今はジアンと仲良く話すのを何となく面白くないと思いながら歩く。
「なぁ、気の所為じゃ無けりゃ、このまま行ったら城じゃねぇか…?」
大通りの入口、最初に入った雑貨屋の付近でそうぽつりと呟いたジアンに、そうだけど?と当たり前のように首を傾げる二人。
「え…?オレがおかしいのか?城なんてそうそう入れるもんじゃなくないか?」
大きな耳をへにょりと垂らし、尻尾も力なく垂らして呟くジアン。
そう言われてもマリもチェザーレもここ以外に帰る所は無いので、門番の兵士に事情を説明し、ジアンを連れて城に入る。
流石に直ぐには城内には入れず、豪華な庭の東屋で許可を待ちつつ休憩することにした。
『エアドーム』
東屋の椅子に腰掛けながら再び音を隔離する魔法を使うチェザーレ。
周りに聞かれたくない話だろうとジアンは真剣な顔をする。
マリと言えばあとは任せたとばかりに、買ってきた本を読み始めた。
「さて…まずは、そうだな。改めて、俺はチェザーレ。火竜だ。」
そう言うと変えていた顔を元の綺麗な顔に戻し、ついでに左右の側頭部に赤黒い真っ直ぐな角が生える。テーブルに置いた手はミシリと音を立てて爬虫類のような赤く綺麗な鱗におおわれた手に変形し、鋭利な爪がカリ、と机を引っ掻いた。
「…!そうか、だからアンタ不思議な匂いがしたのか…わかった。顔を変えてたってことはなにか事情があるんだな!」
「…あ、いやそれはマリが…」
マリに顔を変えろと言われた事を言おうとして机の下でマリに足を蹴られるチェザーレ。
黙っておいて、という無言の訴えに口を噤む。
「いや、まぁそんなところだ…それで、お前には炎の契約をしてもらう。内容は2つ。1つはマリをいかなる脅威からも必ず護れ。もう1つは決してマリを裏切るな。」
言われた契約内容をしっかりと考えるジアン。契約をするのは目の前の火竜のくせに、内容はその横で本を読んでいる少女だけを護る為の契約。
自然と口元が綻ぶ。
「その契約、受けるぜ!アンタは殺しても死ななそうだし、確かにお嬢ちゃんはほっとくとすぐなんかに食われそうだもんな…。」
そう言って小柄な少女に視線をやる。なにやら不満そうな顔をしているが、自分自身に、逃げることぐらいしか出来ないのを自覚し、押し黙っているようだった。
その返事を聞いて、深く頷き、すっと立ち上がるチェザーレ。
いつの間にか角も消え、手も元の人の手に変わっていた。その指先をジアンの胸元に突きつけ、
『炎の精霊に願い奉る、我チェザーレの名を持ってこの心臓に契約の炎を宿す。契約はふたつ、マリをいかなる脅威からも護ること。決して裏切らぬこと。この契約を違えた時、宿りし炎に心臓を捧げ、炎を持って持ち主を焼き尽くせ。』
朗々と詩を読むように言えば、指先に灯った小さな火がジアンの胸元に吸い込まれていく。それを見届けて、チェザーレは座り直した。
「契約完了だ。」
本から顔をあげたマリと、ジアンのぽかんとした顔にそう告げると、パチンと指を鳴らしてエアドームを解除する。
秘密の話は終わり、という合図だった。
「あ、ジアン。お前獣型の方が楽なんだよな?ならそっちで頼む。でかいのが2人もいると悪目立ちするからな。」
なんでもない事のように告げられ、やっと呆けた意識が復活したジアンが、
「違えたら、オレ燃えて死ぬの…?」
「ん?燃えて死ぬ前に俺が引き裂いて殺す。」
許すはずがないだろう?といい笑顔で言われ、はい…と項垂れるジアン。
獣型云々については本人自体そちらの方が楽なので否やはなかった。
話が纏まった頃合を見計らったのか、兵士のひとりがジアンの入城許可証を持ってきてくれた。
そこにはしっかりとマリのペット、黒犬。と書かれていたが。
それをなんとも言えない顔で見つつ、人型から狼へと変じるジアン。
灰黒色の毛並みと、金の瞳が美しい大柄な狼だった。
首から許可証を下げ、チェザーレについて城に入る。
城内を歩くメイドや兵士がぎょっとした顔でジアンを見るものの、首に下がった許可証と、先を歩くチェザーレの存在に気づき、一礼して去っていく。
チェザーレの部屋までその光景は続き、部屋に着いたマリとジアンはぐったりとソファに突っ伏した。
それを不思議そうに見つめるチェザーレ。
「すまねぇな、お嬢ちゃん…」
大きな体で申し訳なさそうに項垂れるジアンの、もふもふとした手触りのいい毛を撫でながら首を振るマリ。
「マリ。よろしく、ジアン。」




