1章
19
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木のドアを押して店内に入ると、途端にあちこちから聞こえる喧騒と料理の匂いが鼻腔を擽る。
ざっと店内を見回し、座れる席がないか探すチェザーレに、すぐ側から声がかかった。
「お?さっきのお嬢ちゃんたちじゃねーか!飯なら一緒にどうだ?」
快活な声音に視線を向ければ、そこには灰黒色の狼の顔。
先程ぶつかった狼人だった。
3人掛けの丸テーブルの席に1人で座っており、ちらりとマリを見下ろすチェザーレ。
一緒に食うか?という無言の視線による問いかけに頷くマリ。
ほぼ満席の状態から、待たずに済むとあれば否やはなかった。
「助かった、ありがとうな。」
席に座りながら礼を言うチェザーレと、それに倣ってぺこりと頭を下げるマリ。
「なぁに!1人で食うより全然いい!」
けらけらと笑いながらそう言い、そばを通り掛かった店員を呼び止める。
追加の注文をし、お前たちは?と水を向けられ、メニューがよく分からないマリの分までチェザーレが適当に注文していた。
「あんたらはお忍びかなんかで街を見て回ってた、ってクチか?」
手元に残っていた僅かな料理を口にしながら器用に喋る狼人に、まぁそんなところだ、と言葉を濁すチェザーレ。
「ふぅん…あ、オレはジアンってんだ。最近この星竜国に来たばっかでさ、職を探しながらぷらぷらしてるとこだ。」
ジアンと名乗った狼人はこれも何かの縁だ、よろしくな!と握っていたフォークを置いてチェザーレに握手を求める。
「チェザーレだ。こっちのちっこいのはマリ。」
それに応じながら名乗るチェザーレ。ちっこい呼ばわりされたマリはむすっとしてテーブルの下のチェザーレの足を蹴る。
「…ん?お前混血か?」
握手をしながらジアンを見つめてぽつりと漏らすチェザーレ。
それに驚いたように目を見開くジアン。
「すげぇな!よく分かったな!オレは人狼と影狼の混じりだ。獣型の方が楽なんだが、ここじゃ悪目立ちするからな、人型のほうがまだマシだからこの姿なんだ。」
混じりやら影狼やらよく分からない単語が出てきたものの、悪目立ちしたくないというジアンの言葉には深く同意して頷くマリ。
視界の端にそれを捉えながらあえてそれに何も突っ込まず、珍しいな、とジアンに返すチェザーレ。
「んで、ちょっと聞きたいんだが。あんたなんで幻影魔法で顔変えてんだ?」
なんでもない事のようにそういったジアンに、びくりと身体を震わせるマリと、わずかに眉を上げて驚くチェザーレ。
『エアドーム』
ぽつりと呟いたチェザーレの言葉に対し、彼らの座る席の周辺に薄い膜が生じる。
不思議とそれは周囲の人間には目に入らず、誰も気にした様子はなかった。
それと同時に周囲の喧騒も遠ざかる。
何事かとキョロキョロするマリに、大丈夫だ、とジアンから視線を離さずにいうチェザーレ。
「っは!すげぇなあんた!音を隔離する風の上位魔法じゃねぇか!」
詠唱すらすことなく発動させた魔法に対し、素直に驚くジアン。
それに答えることなくじっとジアンを観察するチェザーレの視線は警戒が見て取れた。
「まぁそう警戒すんなよ、オレは嘘の匂いがわかるんだ。さっき道端であった時も、嘘ついてたよな?余計なトラブルだと思ってそのまま乗ったが、ここでもっかい会ってわかった。あんたタダ者じゃねぇな。」
そういうジアンも先程までの快活さはなりを潜め、真っ直ぐにチェザーレを見返す。
バチバチと火花でも散りそうな視線の応酬に、コクリと水を飲んでから、恐る恐る挙げられたマリの挙手に視線が集まる。
「私は異世界人でして。このチェザーレと一緒にこの国を見て回るんです。嘘ついててごめんなさい。」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
ぎょっとしたチェザーレがあっさりと本当の事を言ったマリの耳元に顔をよせ、
「いきなり本題ぶちかますやつがあるか!何が目的が分からないんだからなにかあったらどうするんだ…!」
ぼそぼそとお説教しだしたチェザーレに、
「あの人、モヤがないの。チェザーレやアウローラさん以外だとあの人が初めて。」
その言葉に眉を寄せて、押し黙るチェザーレ。僅かに悩んでから、
「…っ、言っちまったもんは仕方ない、あとは俺が話を…」
そう言ってジアンの方に向き直るチェザーレ。
ぼそぼそ会話だったが、ジアンの獣耳は伊達ではない。全て聞こえていた。
「この国を見て回る、か!いいな!オレもここに来たばっかで何も知らねぇんだ!連れてってくれ!!」
向き直って話そうとしたチェザーレの出鼻をくじくように、勢いよく立ち上がり、ぶんぶんと尻尾を振って訴えるジアン。
唐突な話の飛躍に理解が及ばずにぽかんとする2人をよそに、ここぞとばかりに自分の胸板をぐっと叩き、
「オレは役に立つぜ?嘘が見抜ける鼻と、獣人の体力もある、それなりに戦えるぜ!?」
キラキラした目で訴えるジアン。
その様子に思い切り深い溜息をつき、痛むこめかみを指先で揉みながら、
「…わかった…。とりあえずは飯にしよう、話は飯が終わってからだ。」
そう締めくくると、ふわりと魔法を解いた。
そのタイミングで料理が運ばれてくる。
注文を受けた席を探していたようで、若干訝しげな店員を労うようにチップを渡すチェザーレ。
並べられた料理は野菜が溶けるまで煮込み、更に具の野菜を入れたスープとパン。チェザーレとジアンには大ぶりのステーキ、マリには煮込みハンバーグのような料理だった。
「いただきます」
そう言ってスープを口にするマリ。ほろりと溶ける野菜と染み込んだ旨味にじんわりとした温かさを味わっていれば、ふたつの視線がこちらを見ていると気づき、キョトンとした。
「イタダキマスってのは、お嬢ちゃんとこの国の祈りか?」
そう尋ねるジアンに、どう答えるか迷ったものの、
「祈りっていうか、感謝、かな。この料理を作ってくれた人、この料理に使われた食材になった命へを、頂かせてもらいますっていう感謝。」
そう答えるマリにへぇ、と男ふたりが感心したように頷き、揃っていただきます、と言って食べ始める。
その光景にくすぐったいものを感じながらマリも食事を再開した。




