1章
18
――――
マリにとって永遠とも呼べるぐらいに長い時が過ぎ、実際には数分で、チェザーレが戻ってくる。無造作にポケットに片手を突っ込み、もう片手で赤黒い歪曲した両手のほどのサイズの何かをテーブルに置いた。
微かに血のついたそれが、チェザーレの本来の姿の爪であると気づき、チェザーレを見上げるマリ。
同時に、チェザーレもまた、マリがしっかりと抱えているエンに目を向ける。
「…レイノルフ…今回は見逃してやるが、次はマジで店ごと吹き飛ばすからな。」
エンの見たものがそのままチェザーレの脳裏に浮かび上がり、脅すように低い声音でレイノルフに言えば、分かってるわよ、と肩をすくめられる。
「怖がらせちゃったお詫びに、マジックテントと、マジックバッグを貸してあげるわ。あといくつかお役立ち道具も入れといてあげるわね。」
マリに向かっていい笑顔でそういうレイノルフ。手元にあったベルを鳴らし、店番の少女を呼んで言付ける。
すぐ用意してくれるとの事で、彼自身はすぐに髪飾りの加工とダガーの錬成に取り掛かると言って出ていった。
「んじゃ貰うモン貰って次に行こうぜ。」
そう言ってマリに手を差し伸べようとしてポケットから僅かに手を出しかけ、ピタリと止めて反対側の手を出すチェザーレ。
その仕草に違和感を覚え、抱き抱えたエンを肩に移動させつつ、ふと、さっきの爪を思い出す。
勢いよくチェザーレの腕を掴み、ポケットから手を出させるマリ。
「…っ!いってぇ!」
ポケットから出された手の中指の先に滲む血に、青醒めるマリ。
突然引っ張られ、引きつったような痛みに声を上げるチェザーレを見上げる。
その視線に気まずそうに顔を逸らすチェザーレ。
そのまま浅く息を吐いて、マリに視線を戻し、
「大丈夫だ、見てみろ。もう塞がってるし、すぐ治る。」
そう言って手を持ち上げ、指先をぷらぷらと振る。
手が持ち上がったことで掴んでいた手を離し、指先を見れば確かに傷口は塞がっていた。
しかし、自分のためにわざわざ自らの身体を傷つけたことが、マリにはショックだった。
「お店で買えるような安いのでいいじゃない…お城で用意してもらえばいいじゃない…なんで…」
そう呟くマリの頭にぽすんと大きな手が乗せられ、わしゃしゃと頭を揺さぶるように撫でられる。
ぶれる視界でチェザーレを見上げれば、嬉しそうな笑顔だった。
「最強たる竜の、しかも爪1本ぐらいでそんな気にするんじゃない。俺がやりたいからやった、それでいいだろ?」
自分からすれば、ほんの些細な痛みだった。まさかこんなに心配されるとは思わず、チェザーレも言い訳らしい言い訳が思いつかず、結果、やりたいから、と押し通した。
ぐわんぐわんする頭を押さえ、ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で撫で梳きながら、渋々頷くマリ。
それに満足そうにチェザーレも頷き、傷がふさがった手でマリの手を引いて応接室をでる。
店先のカウンターでは肩から吊るせるポーチのような小さなバッグが置かれ、店員の少女がにっこりと笑ってそれを差し出してくる。
「マジックテントとぉ、魔法調理器具とぉ、あとは適当に見繕ったものをいれてまぁす。このポーチがマジックバッグなので、なくさないでねぇ。それ1個で白金貨300枚ぐらいするからぁ。勿論値段相応に、バッグ内は時間停止、劣化防止、拡張率無制限の超一級品ですぅ。」
つらつらと述べられた事をなんでもないように聞き流すチェザーレと、この小さなポーチにそんなに価値が…と再び青醒めるマリ。
この店の中で何度青醒めたか分からなくなってきた。
なくすなといわれたのでてっきりチェザーレが持つのかと思えば、そのままマリの肩から掛けられる。
ぎょっとして見上げれば、
「動くのに邪魔だからな。マリが持っててくれ。じゃあ、3日後にまた来る。」
前半はマリに、後半は店員に言ってから、恐る恐るポーチを胸元に抱くマリを引きずって店を出ていった。
「…そんな大事そうに抱えてると、余計に悪目立ちして盗られるぞ。」
店を出て通りを歩きながら相変わらず胸元にポーチを抱えて周囲を警戒しながら歩くマリに、呆れたように声をかけるチェザーレ。
「…だって…」
言われた通り、とても大事なものなのだから仕方ない。
買った本もいれてあるし、より一層大事に思える。
そんなマリに仕方なさそうに溜息をつき、
「俺がいるんだからそうそう盗られやしねぇって。ほら、腹も減ったしどっかで何か食おうぜ。」
そう言われて、はたっと空を見上げれば太陽が真上に来ていた。
思ったよりも時間が過ぎていたらしく、自覚したら空腹がマリを襲う。
「お、あそこの店にしようぜ、美味そうな匂いがする。」
周囲を見渡して、すぐに店を見つけたチェザーレがマリの手を引く。




