1章
17
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応接室らしき個室に勝手に入り、豪華なソファに並んで座るマリとチェザーレ。
ほんの僅かの間で先程の少女がお茶を持って入ってきた。
上品なカップに香り高い紅茶、高級そうなクッキーも一緒だった。
「すぐに店長がまいりますので…」
先程の間延びした言葉ではなく、緊張からくる硬い敬語に気にすることなくあしらうチェザーレ、反面マリはどうしてこうなった…とぐるぐるする思考をまとめるのに必死だった。
俯いて考え事をするマリをどう思ったのか、そそくさと部屋を出ていく少女。
入れ替わるようにして、
「お待たせェ…ってあらァ?チェザーレじゃないの。久しぶりねェ、よくここが分かったわね?」
艶のある歌うように美しい声に、マリは顔を上げた。
ドアを閉めてゆっくりとマリたちの対面のソファに腰を下ろしたのはプラチアブロンドの長い髪を緩く括り、左の肩から前へと流し、尖った長い耳と白皙の美貌、凹凸の少ない細い身体を若草色のローブで包んだ、美人のエルフだった。
明るい橙色の瞳は好奇心に溢れるように細められ、右の目元には泣きぼくろが見える。
先程の狼人といい、このエルフといい、おとぎ話の世界の生き物にこうもあっさり遭遇したことに何かを感じつつもぽかんと目の前の美人を見つめるマリ。
その視線に気づき、不思議そうに笑ってぱちんとウインクするエルフに、マリの隣から声が掛かる。
「レイノルフ、髪飾りを1つ加工して欲しいのと、俺の爪か牙でダガー1本造ってくれ。」
美貌を気にするでもなくそう言うチェザーレの言葉にふと違和感を覚えるマリ。
(レイノルフ…?)
「もう、相変わらず無茶ぶりするわねェ…まァいいわ、元恋人のよしみで請け負ってあげる。アウローラ様の鱗も頂いたしね?」
「気色悪いこと言ってるとこの店ごと吹き飛ばすぞ。」
しなを作って楽しげに笑うレイノルフと呼ばれた美人に、眉間に盛大にシワを寄せ、低い声で言うチェザーレ。
なにがなんだかわからず、2人を交互に見つめることしか出来ないマリに、レイノルフが微笑みかけ、
「アナタは少し変わった魂を持っているわねェ…かァわいい…」
どちらかと言えば清楚な見た目なのに言葉には妙な色気を感じ、思わず視線をそらし、俯くマリ。
そんなマリをよそにチェザーレがポケットから取り出したのは先程買った鳥の髪飾りだった。
それの隣につま先ほどの真っ赤な宝石を並べる。
それを見たレイノルフの瞳がじわりと潤んでそっと宝石を手にした。
「…これは、死んだ炎の精霊の核ね…こんな高純度のものがまだあったのねェ…3日頂戴な。この髪飾りに組み込んであげる。武器は爪がいいかしら、ちょっとあっち行って引っこ抜いておいでなさい。こんな子供の前で見せるもんじゃ無いわよ?」
取り出した布で宝石を丁寧に包みながらそう言うレイノルフに、渋々立ち上がって部屋を出ていくチェザーレ。
ぽつんとそこに残されたマリは見るともなしに髪飾りを見ていると、隣に人の気配を感じて顔を上げた。
「はァい、アナタ、チェザーレの何かしらァ?恋人?にしては幼いわねェ。あの顔に惹かれた?」
言うまでもなく、隣に座ったのはレイノルフだった。膝に頬杖をつき、興味津々にマリを観察する。
言葉から、この美人はチェザーレの本当の顔が見えている人物なのだと理解するマリ。同時に何か、と聞かれたことに対し、
「私は異世界からきました。この世界を知りたくて、チェザーレに着いてきてもらおうと思ってます。」
橙色の美しい瞳を見返しながらそうはっきり言えば、目の前の綺麗な顔が驚きに変わる。
異世界人だと言うことに驚いたのか、着いてきてもらうということに驚いたのかが分からずに、自然とレイノルフから距離を取るマリ。
「あら、なにも取って食べたりしないわよォ?もっとよォく顔を見せてちょうだいな。」
そう言って覆い被さるように距離を詰めてくるレイノルフに、一抹の危機感を感じて、思わず若草色のローブの胸元を押し返す。
(!?)
ローブの外から見ただけでも、その胸元は薄いのが見て取れた。
だが、押し返してみて分かった。
硬い、と。
どう考えても女性の胸元にある柔らかな感触とは違っていた。
そのまま恐る恐るレイノルフを見上げるマリ。
間近でみてやっと分かる、女性にはない喉仏、意外にもしっかりした首筋、細く綺麗な手は女性にしては骨ばっていた。
「あらァ?気づいた?…フフ…」
そう言ってゆっくりと近づいてくる綺麗な顔と思いのほか強い力に為す術なく逃げ場を失っていくマリ。
「あのっ…ちか…ひっ…!」
徐々に近づいてくるレイノルフの綺麗な顔から自分の顔を背けるようにテーブルの方に顔を向けるマリ。ぎゅっと目をつぶり、強ばった身体が小刻みに震える。
もう少しで触れる、という瞬間に、
「きゃあ!やだもォ…!私の顔が燃えちゃうじゃない!」
突然のレイノルフの焦った声と、ふっと無くなる気配に目を開ければ、マリの胸元にエンが顕現し、小さな火の息を吐いて威嚇していた。
「…エン!」
思わずその小さな身体を両手で包み込むように抱え、レイノルフを睨むマリ。ちょっと涙目になっているが、力いっぱい睨みつける。
「やァね、もうしないわよ。サラマンダーにバレたらチェザーレにお店ごとぶっ飛ばされちゃうもの。」
そう言って立ち上がり、元の席に戻るレイノルフ。
そのまま何事も無かったかのように、優雅にティーカップを傾けている。
一方のマリはぎゅっとエンを胸元に抱きしめ、ソファの隅っこで早くチェザーレが戻ってくるのを祈っていた。




