1章
14
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「あっぶねぇなぁ…『フレイムビュート!』」
チェザーレは焦る風でもなくそう言えば、指先から炎の鞭がしなり、氷の剣を打ち据えてたたき落とす。
その勢いのままローウェンに向けて鞭を放ち、指先から鞭を切り離して剣を構えて走り寄る。
ほんの瞬きの間で距離を詰め、鞭とともに切りかかるチェザーレに、剣1本で防ぎ切るローウェン。
しかしその顔に一切の余裕はなく、ギリギリであると伺える。
「お互い様ですよ!」
ガリガリと耳障りな音を立てて交差する剣の奥から切羽詰まった声で反論すれば、そのまま剣ごとチェザーレの身体を押し返すローウェン。
『氷の雨よ、降り注げ!アイシクルレイン!』
詠唱と共に空に無数の氷の礫が満ち、チェザーレ目掛けて降り注ぐ。
押し返された勢いのままくるりと宙返りをして地に降り立ち、立ち上がると同時に空を見げてぎょっとするチェザーレ。
「自分で結界壊しそうな勢いじゃねぇか…!『フレアスタッカート!』」
氷の雨に対抗するは炎の雨。
降り注ぐ相容れない雨は莫大な水蒸気となって結界内に満ちる。
もうもうと立ち込める水蒸気の中から剣戟の音が響き、次いで訓練場を覆っていた透明な結界にビシリとヒビが入る。
「…っ!まずい!おい!結界を解け!爆発するぞ!!」
ベンチから腰を上げ、審判の騎士にむかって叫ぶアイリア。
それを受けて手をかざすことで結界を解く騎士。
『吹き荒ぶ風よ、この場に満ちて吹きとばせ!ストーム!』
アイシアの碧眼が微かに煌めき、結界が解かれた場に風が吹く。
水蒸気が晴れた訓練場の中央には剣を杖代わりにして膝をつき、肩で息をするローウェンと、その首筋に剣を突きつけながら水蒸気のせいで湿った髪を掻きあげるチェザーレが立っていた。
どさりとベンチに腰を落としながら深い息を吐くアイリア。
ここで爆発なぞ起こしたら大目玉を食らうどころではない。冷や汗が流れるのを感じつつ、隣でぽかんとしているマリを伺う。
「…アイリアさん、魔法ってあんな、一言唱えるだけでぽんぽん発動できるんですね…」
魔法というものに馴染みがないため、今のが常識なのかと思うマリに勢いよく首を振って否定するアイリア。
「いいえ!初級魔法ならともかく、あの方たちが使った中級魔法は普通は詠唱と複雑な魔力構築、高い集中力が必要なんです!あれは、精霊に愛された方だからこその戦いです!詠唱省略で済ませる隊長も、詠唱どころか名前だけで発動させるチェザーレ様も、普通ではありえないんです…!」
若干興奮気味に説明してくれるアイリアに背を仰け反らせながら頷くマリ。
ローウェンが強いのは地位からして分かっていたが、チェザーレはその更に上をいくようで、ローウェンの手を引いて立ち上がらせ、笑いながらふたりしてこちらに来るのを眺めていた。
「あんなのが普通のどこにでもいる竜って…本当に生き物として最上位種なのね…」
そう呟くマリに、
「えっ?チェザーレ様は…もごぉッ!?」
驚いたように言葉を返すアイリアの口元を大きな手が塞ぐ。マリとアイリアの間に上体を傾けてマリを背に隠し、アイリアに笑いかけてしー、と自分の口元に指を当てて黙らせるチェザーレ。
「竜種ならこれぐらいは普通だよな?」
そう言うチェザーレに、意図を理解したアイリアがこくこくと頷く。それを満足そうに見てから口元から手を離し、上体を起こしてマリを見る。
訝しげな顔で見上げてくるマリに竜だからな。の一言で押し通すチェザーレ。
何か言いたげなローウェンとアイリアを後目に、存分に身体を動かして満足したのか、そのままマリを伴って買い出しに行ってくる、と訓練場を後にした。
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「買い出しに行くって言っても、私こっちのお金持ってないんだけど…」
赤い絨毯が敷かれた王城の通路を歩きながら、マリがチェザーレにむかって言う。
むしろ一人で行って来て欲しい、自分は中断した読書がしたいという気持ちを込めて見上げると、いい笑顔で見返された。
そのまま手を引かれ、行き先の分からないままついて行くマリ。
「というわけだ、金貸してくれ。」
着いたのは昨日向かった王の執務室によく似た部屋だった。
部屋の主は綺麗な形の眉を潜めてチェザーレを見上げる。
チェザーレの背後でマリは信じられないものを見るように彼を見上げていた。
「いきなり来てそれですか…まぁいいでしょう…わたくしの私財からお支払い致しますが…くれぐれも、無駄遣いなさらないでくださいませ。」
そう言って部屋の主、アウローラは机の引き出しから小袋を取り出す。
じゃらりと金属がぶつかる音がするその袋をそのままチェザーレへと渡した。
何か言いたげなマリの視線を気にすることなく上機嫌にそれを受け取り、そのまま出ていこうとしてふと足を止めるチェザーレ。
「宰相閣下、あの3人、もしかしたら闇に飲まれる可能性がある。ちょっと注意しといたほうがいい。」
アウローラを振り返ってそういえば、彼女もまたすっと真面目な顔になり、こくりと頷くことで了承を示す。
それを受け取って今度こそ執務室を出た2人だった。




