4章
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幻影魔法での変装をしたアーカイドは、マリを伴って周囲を見渡しながら歩く。
しばらく街並みを見ていたが、足を止めてため息をついた。
「アーカイドさん?どうしたんです?」
立ち止まったアーカイドに、マリがキョトンとして尋ねれば、苦笑とともにアーカイドは周囲を再び見回す。
「情報収集と言えば花街、って相場は決まってるんだけど…この国はどうやらそういうのは無いみたいだね…。仕方ない、冒険者ギルドに行こうか。」
さらりと言うアーカイドに一瞬キョトンとするマリだったが、意味を理解してこくこくと頷く。
自分を連れた状態で花街に行くつもりだったのかと若干冷えた視線を送るが、先導するように前を歩く彼には届いた様子はなかった。
街の片隅に、ひっそりと息を潜めるように建っていた冒険者ギルドの酒場へと足を運ぶ。
星竜王国や、獣王国と違って賑わいは少なく、冒険者というには些か人相が宜しくないような人ばかりが酒場で飲んだくれていた。
マリ達が席に着くのを遠慮なくじろじろと見てくる沢山の視線に自然とマリの眉間に皺が寄るも、アーカイドは涼しい顔で興味深そうに周囲を眺めている。
やがて一際体格のいい男がニヤニヤと笑いながらアーカイドの目の前に盛大に手を着く。
バン、という大きな音と共に、身を屈めてアーカイドを覗き込む男。
「見ねぇ顔だなぁ?仕事がなくてムシャクシャしてんだ、ちょっと遊んでくれよ。」
「仕事がない?それは詳しく聞いてみたいね。何をすればいいんだい?」
間近に迫る男の顔にも一切の恐怖を感じさせない明るい声音で言うアーカイドに、盛大に顔を顰めてから懐を探り、マリもみた事のある絵柄が着いた沢山のカード、トランプを取り出した。
ニヤリと笑う男に対し、アーカイドも微笑む。
全く違う顔に見えているが、マリにはいつもの綺麗な顔で、そこの知れない笑みを浮かべているように見え、思わず冒険者の男を哀れみの目で見てしまった。
「んなわけねぇだろ…!?なんでだよ…!こちとらっ…!」
数十分後、扇状に広げたカードの奥で微笑むアーカイドと、真っ青になっている冒険者。
テーブルの上には掛け金と称したチップが積まれている。
アーカイドの方に、だが。
全く勝てない冒険者の男に、周囲も最初は野次を飛ばしていたが、やがて恐ろしいものを見るような目でアーカイドを見つめ始める。
「はい。ロイヤルストレートフラッシュ。これで5回目かな?」
ぺいっと投げられたカードの役は間違いなく彼がコールしたもの。
冒険者の男はぐしゃっとカードを握りつぶし、椅子を蹴立ててアーカイドに詰め寄る。
「んなわけあるかぁ!おかしいだろ!?なんで5回も連続でロイヤルストレートフラッシュになるんだよ!そんなハズねぇだろ!イカサマだろうが!」
「そんなはずはない?イカサマ?それは君が僕にイカサマをしていたんだから、そんなハズはないって事かい?」
にっこりと笑って返す言葉に、冒険者の男が押し黙る。
ちらりと揺れた彼の視線の先にはアーカイドのカードを盗み見て、彼に知らせていた仲間。そして配るカードも細工してあったのだ。それなのに、アーカイドはそれすらものともせずにロイヤルストレートフラッシュを連発した。
あまつさえ、口ぶりからイカサマを見抜いた上で、だった。
ぽかんとしているのは何も冒険者たちだけではない。
マリもまた、優しいアーカイドの意外な一面にぽかんと見ていた。
「くっそ…!わぁった!俺の負けだ…!兄ちゃん、何もんだ…。この国にお前みてぇなのは居なかったぞ…。」
ガリガリと頭を掻きながら、蹴立てた椅子を戻して座り直した男は、鉄級で、この辺りでずっと活動をしているんだとか。
彼ならば多少情報を持っていそうだと判断したアーカイドは、ごそごそとポケットを漁って、チャリンという音ともに金色に光るドッグタグが着いたペンダントをテーブルに置く。
「金級冒険者、アークという。少し気になることがあるんだ、手を貸してくれないかい?ギルドは通さないが、依頼料ははずもう。」
ドッグタグとアーカイドを交互に見て限界まで目を見開く男と、マリ。
トントンとドッグタグを叩く彼に、冒険者たちは二つ返事で頷いた。
彼らにいくつか指示を出して下がらせたあと、優雅にお茶を飲むアーカイドに、じとっとした視線を送るマリ。
「情報収集とか、こういうことはチェザーレの方が得意だと思ってました。」
「フフ…、逆だよ。あいつは根が真面目で融通が聞かない。こういう事は不向きなんだよ。僕は長く生きているし、こうやって人間としての身分もあるからね。」
カップを置いてチャリ、と鎖を弄び、そのまま握りこんでポケットに戻すアーカイドの仕草にぽけっとしたまま頷くマリ。
その様に苦笑しつつ立ち上がるアーカイド。
「さて、ここでの調査は彼らを待つとして、もう少し街を歩こうか。」
彼の声に慌てて目の前の飲み物を飲み干し、その背を追う。
街を歩くマリの目に止まるものがいくつかある。その光景はマリには受け入れがたく、どうしても目を逸らしてしまっていた。
マリの様子に気づいたアーカイドは、
「辛いなら先に戻るかい?僕だけでもいいんだよ?」
ぽんぽんと頭を撫でられて優しく言われ、頷きそうになるが、ぎゅっと拳を握って首を横に振る。
大丈夫です、と小さく言った矢先、ふらふらと歩いていた少女に下卑た顔を隠しもせずに声をかける男性。
俯き、かすかに震える少女に、思わずマリが飛び出しそうになるが、その肩をアーカイドが押さえる。
彼が行くのかと思ったが、アーカイドの視線は彼女たちを見てはいるものの、動く気配はない。
そうこうしているうちに、男は少女を連れて裏路地へと消えていった。
「アーカイドさん!いいんですか!だってあの子…!」
「奴隷、だったね。あの状況で彼女を助けるのは、彼女のためにならない。この先ずっと彼女の面倒を見るならまだしも、気まぐれで一回だけ助けた後、彼女はきっと地獄を見て僕達を恨みながら死んでいくよ。」
思ったよりつよい言葉にびくりと震えるマリ。
そう、この街には当たり前に奴隷がいるのだ。
先程からちらちら見かける獣族はみな首に鈍く光る首輪を嵌めていたのだ。
奴隷というものに馴染みのないマリはどうしてもそれが受け入れず、見る度に眉をひそめていた。
その中でのさっきの少女の事に、アーカイドに食ってかかったが、返ってきたのは優しい彼には不釣り合いな程に冷たい言葉。
潤みそうになる眼差しをぐっと堪えて見上げる。
「たった一回助けたぐらいじゃ、この国は変わらない。その一回のせいで、彼女は食べる物を買う金を得ることが出来ず、また助けてくれるという淡い願望を抱き、客には疎まれ、やがて助けたことを恨みながら死んでいく。それを君は望むのかい?」
冴えない容貌に変わっていた筈だったが、マリの前にいるのはマリより遥かに長くを生き、多くを見て来た竜なのだと実感する。
「僕は、それを優しさとも、助けとも思えないんだ。マリは納得出来ないかもしれないけれど、あれが彼女の生き方だよ。納得できない?僕もだよ。でもそれでも、あれらも人間だよ、君とおなじ、ね。」
そう言うアーカイドの眼差しは酷く冷えて、まるで海の底のように昏く沈んでいた。




