4章
101
――――
ルミルの話を聞いている内に、精霊国の境界付近が近づいてきたことを知らせるラダ。
以前は何事も無かったが、今は聖剣の力をもって特殊な結界を施しているというので、ルミルの案内が必要になっていた。
ウルが触れたのはこの結界だったようで、トオルに知られたのも聖剣の力ゆえだった。
奇しくも、この結界はウルが通る前日に完成したと誇らしげにルミルが言っていた。
「お待たせしました、このまま法皇様がいらっしゃる宮殿へ向かってください。」
ふわりと転移で戻ってきたルミルの言葉をシルフがラダに伝える。僅かに緊張しつつ、ラダは結界を抜けてそびえ立つ宮殿へと飛んだ。
降りるところを探して首をめぐらせると、中庭らしき広い空間で旗を振っているのが見えて、そこへ向かってゆっくりと高度を下げる。
籠を地面に下ろし、そのまま再び高度をあげ、優雅に旋回して飛び去っていく。
事前に、ラダは長居せずに去ることは聞いていた。
この国は竜を魔物として見ている国。
特に今は聖剣もある為、竜であることがバレないように動く必要があった。竜との繋がりは最小限に抑えるために、予め相談していたことだった。
その為にラダは早々に去ったのだった。
「お待ちしておりました、星竜王国宰相閣下、アウローラ様。噂に違わぬお美しさ、精霊王以外で跪きたくなるのは初めてです。」
立ち並ぶ兵士の中央にいた身なりのいい壮年の男性がにこやかに声をかけてくる。
丁寧な礼を受けて、アウローラも礼を返す。
「お招きに預かり光栄ですわ。どうぞよろしくお願い致します。」
アウローラの背後にはチェザーレとアーカイドが立ち、鋭い視線を目の前の男性と周囲の兵士に向けている。
あとから降りて荷物を下ろしていたマリにもピリピリとした空気が伝わり、不安げに彼らの背中を見つめる。
「あんまり見てると怪しまれるから…。」
こそっとメリアに囁かれ、慌てて荷物を持ち上げるマリ。
アウローラの前に居るのが法皇なのだろう、綺麗な銀の髪を後ろに撫で付け、光の加減で赤にも見える橙色の瞳をにこやかに緩めている。
不意に、その瞳がマリの方に向けられる。
マリの姿を捉えた途端、僅かに眇られたが、直ぐににこやかな笑顔になった。
その変化に言いようのない違和感を覚えつつ、マリはそそくさとメリアと共にルミルに付いて迎賓館へと向かった。
マリとメリアが迎賓館で荷解きをしていると、チェザーレとアーカイド、ジアンを伴ってアウローラが戻ってきた。
フンフンと迎賓館の匂いを嗅ぐジアンと、備え付けのキッチンに向かうアーカイド。
燭台に火を灯し、それを見つめるチェザーレ。
何をしているのだろうとキョトンとするマリに、くるりと宙で指を動かしたメリアが頷く。
「アウローラ様。準備整いました。盗聴の類は一切ご心配いりません。」
「変な匂いもしねぇな。強いて言うならあんま使ってなかった家の匂いだ。」
「汲みおきの水も毒はないね。井戸も異常はないようだね。」
「爆発物、毒の煙、失火の心配もなさそうだ。」
メリアの報告から、ジアン、アーカイド、チェザーレが続く。
その言葉でやっと彼らが何をしていたか気づいたマリだった。
(周りはもう、敵だらけなんだもんね…。)
チェザーレ達の報告を聞いて、ふっと息を吐いてソファに座るアウローラ。
すかさずメリアが紅茶を入れにキッチンへと消える。
入れ替わりにキッチンから戻ったアーカイドがにこにこと笑いながら同じようにソファに座った。
「さて、法皇は式典まで大人しくここで居ろって言ってたけど…。街の様子は気になるよね?」
マリ達から随分遅れてここに来た理由は法皇から式典までは身の安全の為に迎賓館、ひいてはこの宮殿から出ない方がいいと話していた為だった。
その場はにこやかに頷いたアウローラだったが、トオルの事や、聖剣のこと、マクスウェルの事など、調べなければいけないことは多い。
いかに彼らの目を掻い潜って街や宮殿で情報を集めるか頭を悩ませていた。
「一番動けないのはわたくしね…。わたくしはここで皆が集めてきた情報を精査する事に致しましょう。」
溜息をつきながらアウローラが言えば、そっと差し出された紅茶をありがとう、と受け取って口をつける。
「では私は宮殿内部の下働きの者を当たってみましょう。」
お茶を持ってきたメリアがそう請け負えば、アウローラはお願いね、と頷く。
全幅の信頼を寄せられてるメリアはお任せ下さい、と静かに下がった。
「じゃあ、僕とマリで街を見に行こうか。」
唐突にそういったのはアーカイドだった。
てっきりチェザーレと一緒だと思っていたマリは驚いたようにアーカイドを見つめる。
嫌かい?と問われて思わず横に首を振ってしまい、ちらりと視界の端に写ったチェザーレが盛大に顔を顰めているのが目に入る。
「おい、アーカイド…、」
「チェザーレはジアンと一緒に宮殿の官僚を探ってよ。」
何か言おうとしたチェザーレの言葉を遮るようにアーカイドが重ねて言えば、眉を寄せてわかった、と渋々頷くチェザーレ。
そのままアーカイドに歩み寄り、耳元でこそこそと何事かを話し、館の中の部屋の一つを自分の部屋にすると言い放ってジアンを伴って2階へと上がっていった。
話された内容にクスクスと笑いながら、任せて。とチェザーレの背に言ったアーカイドは、マリに手招きする。
チェザーレの背中を見送ってアーカイドのそばに行けば、にこにことしたいつもの笑顔で、
「少しの間だけ、僕が君のナイトになるよ。よろしくね?」
ぱちんとウインクされながらそう言われ、チェザーレの顔で慣れているはずの綺麗な顔の攻撃力に晒されて後ずさるマリ。
「よ、よろしくお願いします…。アーカイドさんは、顔を変える幻影魔法は使えますか?」
若干引いたマリの態度に、おや?と思っていると、聞かれたことに首をかしげつつ、使えるよ、と返すアーカイド。
「街に出るなら、その魔法は必須です。今のままの顔だと目立ちますから…!」
ぐっと拳を握ってそう言うマリにキョトンとするアーカイド。
次いで、お茶をんでいたアウローラが堪えきれずに笑い出す。
「フフ…、マリったらそれ全員に言ってるんじゃ無いかしら…?ローウェンも言われた、と言っていたわよ?」
お腹を抱えて笑ったアウローラは、目じりに浮かんだ涙を拭いながらそう言う。
「まぁ、言いたいことは分かるよ。どの道、この顔ではこの宮殿から出れないしね…。適当に変えるつもりだったけど、地味なものにするよう努力しよう。」
マリの意図を理解したアーカイドは、苦笑しながらそう頷いた。
それから軽く打ち合わせをし、マリは買い出しに行く名目で宮殿から出る手筈となった。
迎賓館を出てすぐの門に立つ兵にそう伝えると、1人で行くのか、と心配されたがそこまで大きな買い物では無いと説き伏せて宮殿の外出許可を取り付けた。
宮殿の門を恐る恐る出ると、同じような造りの建物がずらりと並ぶ。
均一に配置された建物の間を綺麗に整備された石畳が続き、簡素な服を纏った人間たちが歩く。
星竜王国のような活気はあまりないが、整然とした風景と人の姿にぽかんとするマリが背負ったザックがもぞりと動く。
はっと我に返り、適当な家の陰に行ってしゃがみこみ、ザックの口を開ければしゅるりと蒼い蛇が顔を出す。
周囲を伺った蛇は大きな水玉を生み出してその中に身を沈め、ぱちゃんという小さな音ともに、どこにでも居そうなくすんだ茶髪と地味な顔の青年となって出てきた。
「やれやれ、仕方ないとはいえ、結構窮屈だった…。どう?マリ。僕の変装。これなら大丈夫でしょ?」
にこっと笑ってそういうアーカイドに、ぐっと親指を立てるマリだった。




