4章
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ラダが尋ねてきてから2日後に、精霊国からの使者が訪れた。
アウローラたちを迎えに来たという彼は転移法術を得意とするという。
彼の転移術で精霊国まで運ぶという話にローウェンが反対する。
ジラール王も渋い顔をし、対応に苦慮していると、ひょっこりと顔を出したのはラダだった。
「わしが連れていこうじゃないか。そりゃ転移法術のように瞬きの間とはいかんが、数時間もあれば飛んで見せようぞ。」
エンシェントドラゴンからの申し出を断れることも無く、その方向で話がまとまり、王室専用の飛竜籠が用意された。
王城の屋上にて見送りに来た王やローウェンが代わる代わるアウローラに挨拶をする。
今回、敵意はないという表れで、護衛を含む人員は最小限だった。
近衛の二人こと、チェザーレとアーカイド。身の回りの世話係の侍女はマリと雪のような白いボブカットの少女、メリアのみだった。
お城から支給された侍女服を身にまとい、メリアと並ぶマリ。物静かな彼女は、マリを見て静かに頷くだけだったが、メリアはずっとアウローラに仕えてきた侍女だという。
アウローラの全幅の信頼と、ローウェンの推しもあって、連れていくならば彼女だと決まったのだ。
彼女自身、表情には出さないが使命に燃えているのだろう。
荷物を籠に運び込み、マリ達が籠に乗る。
アウローラたっての希望で全員一緒の籠だ。
勿論使者の青年も一緒に乗るらしい。
彼だけ転移法術で帰ると言っていたがアウローラが引き止めて一緒に行こうと言い張ったのだ。
一国の宰相の勧めに逆らえず、彼は眉間に皺を寄せながらも頷いた。
その彼は、屋上で待機している巨大な翠竜に圧倒され、空いた口を慌てて塞いではまた開く、を繰り返していた。
陽光を浴びて輝く美しい鱗と優美な姿は、城の外からでもよく見える。
街中が大騒ぎするのをシルフの声で知ったラダは大きく吼える。
柔らかな風に乗せたその声は、街中に広がり、人々の耳に届く。
この国は竜と共に生きる国でもある。
彼の声に、自然と人々は祈る。
祈りを受けて満足そうに長い尾を振ったラダは、全員が籠に乗ったことを確認して、籠を抱えて飛び上がった。
沸き上がる街をぐるりと一周し、ぐんぐん高度を上げていく。やがて見えなくなったかの竜の事を祝い事と称し、街の至る所で売り出しが行われたと、マリは後日聞いたのだった。
籠の中は、ドア側から青年、アーカイド、メリア、アウローラ。
向かってマリ、チェザーレ、ジアンが座る。
暫く外の景色を楽しんでいたマリは、ふとドアの前で青い顔をしている使者の青年を伺う。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、はい…慣れない体験ですので…。」
青年は名をルミルと言うらしい。
ルミルは法皇付きの政務官で、若いながらも卓越した法術を買われて今の地位に収まったのだとか。
「今の法皇様は10年前に先代から引き継がれました。先代法皇様はご高齢ということもあり、法術の力も大精霊からの声も聞き取りにくくなっていたのだと。今の法皇様は身分や爵位に関係なく、実力のある者を必要な地位に収めることを良しとされる方です。地方貴族やコネで地位を得た司祭や枢機卿などは一斉に排除し、大精霊に恥じない潔白な国を作ろうとしていらっしゃいます。ですので今回の新たな聖騎士任命は、他国はもちろん、自国の民のためでもあるのです。」
頬を紅潮させながら語るルミルに、マリは凄い人なんだな、とぼんやり思っていたが、チェザーレは閉じてた目を薄らと開けてルミルを見やる。
近衛騎士という立場と鋭い眼光にびくりと震えるルミル。
「10年前、といったな。今の法皇は、元から精霊教の役職だったのか?」
チェザーレの問いかけに、キョトンとしながら首を傾げるルミル。
次いで問われたことに緩く首を振る。
「いいえ。今の法皇様、ヨーグ様は、先代法皇様のご養子さんだとお伺いしております。先代が力の衰えを感じ始めた時、ヨーグ様に神託が降りたのだとか。複数の枢機卿にも精霊からのお告げがあり、委任にはほとんど反対はなかったそうです。まぁその後に行った精霊教の膿出しというか、粛清の嵐には貴族連中が大いに反対しましたが…。」
ルミルの返事に、そうか、ありがとう。と返して再び目を閉じて黙るチェザーレ。
しん、と静まり返った室内で何が話題ないかな、とマリが思案していると、アーカイドが青い瞳を彼に向ける。
「今回任命された聖騎士の事を聞いてみたいな。どんな人なんだい?近衛騎士として、参考になるかもしれない。」
ニッコリ笑っていうアーカイドに、ぱっと顔を明るくするルミル。
どうやら彼は話すことが好きなようだ。
「トオル様の事ですね。少し前に、僕が精霊国に連れていったんですよ!法皇様たっての頼みでした。それで、法皇様と話した後に、何かに引かれるように聖剣の安置場所まで行かれて…。」
その時を思い出すように虚空を見つめながら話し始めるルミル。
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「こっちだよ、って聞こえるんです。」
法皇様との謁見が終わったトオル様は、部屋を出て直ぐにそう言いました。
そしてふらふらと歩き始め、来たことの無いはずの宮殿を迷うことなく進んで、聖剣の安置場所である、大ホールにたどり着いてしまわれたのです。
法皇様に連絡をし、僕は彼が不審な動きをしないように一挙一動を見つめていました。
ゆっくりと近づいていくトオル様に合わせて台座に刺さった聖剣の柄にある宝玉が明滅し始め、こんな事は今まで無かったので僕は慌てて彼を止めに行きました。
ですがトオル様は手を伸ばし、聖剣を掴んだ。
途端に眩い輝きがホールを照らし、駆け込んできた法皇様がとても驚いていらっしゃいました。
聖剣を抜きはなったトオル様は光に満ちておられ、とても強い精霊力を宿しておられました。
直前までは微弱な精霊力しか無かったのにです。
それを見た僕は、聖剣に認められたんだと直感しました。
法皇様も慌てたように彼に歩み寄り、何かと話していましたが、やがて大きく頷かれ、
「まさか私の代で聖剣に認められた勇者が現れるとは…。喜ぶべきなのか…。」
そうでした、聖剣に認められし勇者が現れるということは、立ち向かうべき邪悪が生まれるということ。素直に喜べない法皇様のお気持ちがよく分かります。
それでも数十年ぶりの勇者の到来に、国は盛大に発表しなければならないのだとか。
大きな力を有するという事を知らしめておけば、いらぬ戦を回避出来る、と法皇様は仰っておりました。
早速貴族や各国に宛てて手紙を書かれるという法皇様を見送り、僕はトオル様を来客用の迎賓館へと案内しました。
法皇様から彼の身の回りのお世話をせよ、と仰せつかっていたため、僕はなにか不自由があったら仰ってくださいと言いました。
トオル様は柔らかく笑われて、髪に手をやりながら大丈夫、ありがとうと言ってくださいました。
それからは、他の聖騎士の方々から訓練を受けたり、困っている人に力を貸したりと、聖騎士としての役目を懸命にこなされておりますよ。
この間だって、精霊王国に入ろうとする邪悪な気配を感じた、と仰られておりましたし。
きっと魔獣を退治しに向かわれたのですね。
ルミルの話を聞いたチェザーレの眉間に僅かに皺が寄せられたが、それにルミルは気づくことなく話していた。
マリは、見方がかわるとこうも状況に違いが出てくるのだ、と警戒心を強める。
今から向かう国は、マリの大好きな竜たちを敵とみなしているのだと、改めて思い知らされた気がした。




