4章
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翌日、精霊国について少しでも分かれば、とマリはジアンと共に図書室にいた。
歴史書や、宗教の成り立ちなどを書いた本をいくつか見つけ、司書に言って貸し出しの手続きをしていると、ひょこっとローウェンが顔を出す。
マリを見つけてホッとしたように笑ってから、
「チェザーレが言った通り、やはりここでしたか。お客様がいらしてますので、来て貰えますか?」
ローウェンの言葉に、来客?と首を傾げる。ジアンを見下ろすが、彼もこてんと首を傾けた。
とりあえずとばかりにローウェンについて行くが、着いた先の部屋のドアは非常に豪華なもので、部屋の外には2人の兵士が緊張した面持ちで立っていた。
より一層思い当たる節がなく、眉を寄せながら部屋に入る。
「お待たせ致しました。マリを連れてきました。」
騎士の礼をして入室したローウェンに続いてマリが部屋に入ると、ドア以上に豪華な部屋だった。
調度品は品良く配置され、美しい刺繍の絨毯が足音を消し去る。
精緻な絵画が壁を飾り、重厚なローテーブルは磨き抜かれて艶が美しい。
室内の豪華さにぽけっとしていたマリ達だったが、ローウェンは別の事で緊張しきりで、いつもの優しい笑顔も少し強ばっていた。
室内のソファには、チェザーレ、アーカイドが並んで座り、向かいにアウローラと、身なりのいい優しそうに微笑む老人が一人座っている。
老人はマリを見るとより一層ニコニコと笑い、おいでおいでと手招きした。
それに従って歩み寄ろうとしたマリだったが、くいっと袖を引かれて立ち止まる。
袖を引いたのはジアンで、ちらっとチェザーレの方を見てから、だめだめと首を振る。
キョトンとしながらも目の前にあった一人がけの椅子に腰掛けたマリだったが、老人が誰か分からず首を傾げていた。
十中八九彼が来客なのだろうが、こんな最上級の貴賓室に通されるほどの人物に心当たりがない。
傍らにおすわりしたジアンは分かったらしく、すげぇな…、と呟いている。
「ねぇジアン、あのお爺さん誰?偉い人なの?」
ヒソヒソとジアンの大きな耳元で囁けば、それにジアンが答える前に笑い声が響く。
声の主は老人で、
「この間は竜の姿じゃったのぅ、ラダじゃよ。今日は星竜ジルヴァーナの名代で参った次第。」
ほっほっほと機嫌よく笑う姿に驚きながら慌てて先日の礼を言うマリに、気にせんでええよ、と返してからチェザーレ達の方に向き直った。
「わしの用向きは、ウル坊を襲った者の事についてじゃ。ウル坊は精霊国の圏内に入った瞬間、強い雷撃を浴びたと言っておる。恐らくは防御結界の迎撃魔法じゃろう。それを浴びて墜落し、身動きを制限された所を聖剣を持った人間が襲ってきたと。雷撃魔法による怪我と聖剣の魔法に苦戦したそうじゃが、聖剣の持ち主はまだ上手くあれを扱いきれんようで、隙も大きかったのだそうな。じゃが聖剣の存在は大きく、不利を悟って引こうとして核を撃ち抜かれたのだと。」
ラダの説明に、部屋の全員がしんと静まり返る。昨日、王に見せてもらった文書が脳裏に浮かんだ。
聖剣を持った人間。間違いなくトオルだろう、と。
一方、ジルヴァーナの従僕が襲われたことを今知ったローウェンは、ぐっと拳を握って静かに話を聞いているアウローラへと顔を向けた。
視線に気づいたアウローラは、ローウェンが何を言いたいのかすぐに気づき、緩く首を横に振った。
彼らの仕草に気づいたマリ達の視線がローウェンに集まる。
「危険です。かあ…っ、宰相閣下が行かれる必要は無いのでは?」
「フフ…。それが出来ない事なのは、貴方もよく分かっているでしょう?わたくしは竜ですが、同時に一国の宰相です。国を背負うものとして、行かない訳にはまいりませんよ。」
ゆっくりと、諭すように言葉を重ねる彼女に、ローウェンの眉間の皺が増えていく。
彼女の美しい美しいアイスブルーの瞳に射抜かれ、同じアイスブルーの瞳は悲しげに伏せられて、失礼します、と言葉を残して出ていった。
「ローウェンさん…。」
成り行きを見守っていたマリが心配そうに呟くと、嬉しそうにアウローラが笑う。
まるで我が子を慈しむような笑顔に、マリが感じていた違和感が口をついてでた。
「アウローラさんにとってローウェンさんは、子供のような存在なんですか?」
マリの問いかけに虚をつかれた様に固まったアウローラだったが、柔らかく微笑んで頷いた。
「あの子は、生まれて間もなく親に捨てられていました。雪の振る寒い寒い夜に、あの子の命は尽きるはずだった。ほんの一声、最後の力を振り絞ったか細い泣き声がわたくしに聞こえたのが、あの子の命をつなぎ止めました。それから20年、わたくしの贔屓目ではありますが、良い子に育ってくれました。己の実力のみで近衛隊長まで上り詰め、王から姓を賜り、王と、わたくしを護ると誓った事が、わたくしにとって何よりの誇りです。」
当時を思い出しているのか、そっと目を閉じて語るアウローラ。
彼のような子を持てたアウローラも、彼女のような母親を得たローウェンも、とても幸せなのだな、と羨ましく思うマリ。
だからこそ、危険のただ中である精霊国へ行くことをああも反対したのだと納得した。
マリ自身も、誰か違う人でもいいのでは、と思いアウローラを見るが、表情から察したアウローラが苦笑する。
「わたくしよりずっと弱くて小さなあなたが行くのに、わたくしが怖がって行かないだなんて、ジーナに笑われてしまうわ。すぐ行ってすぐ帰ってくれば、ローウェンも安心するでしょう。それに、わたくしを含めて3体も竜がいるのだから、大丈夫ですわ。」
あの子には後でよく言って聞かせます、と締めくくり、紅茶を口にするアウローラ。
話に区切りがついたのか、と静かにしていたチェザーレが問い、お菓子を頬張っていたラダへと視線をやる。
「ラダ、聖剣の事をどれだけ知っている?」
この中では一番長生きの彼ならば、知っていることも多いだろうと思っての問いかけに、食べかけの菓子を置いて唸るラダ。
「随分昔に何度か見たぐらいじゃから詳しくは分からんが、今回ウル坊を襲った聖剣には恐らく光の精霊が力を貸しておるのぅ。雷撃魔法は風の分類でもあるが同時に光でもある。シルフ達はここ最近で人間に加護を与えたものはおらぬと言っておった。それと…。」
一息に話した後に、言いにくそうに口ごもるラダ。
チェザーレが視線で話せ、と促すと、渋々口を開く。
「精霊王マクスウェルの事じゃ。あやつとわしは無二の友なんじゃが、ここ10年ほど、ぱったりと連絡が取れぬ。わしもここ数十年は寝てばかりじゃったから、聴き逃したやもしれんが…。」
チェザーレ達が竜王山に登った時も寝ていた為に、事態が悪化したことを思い出したのか、しょぼしょぼと項垂れるラダに、お年寄りを虐めているような気持ちになったマリは思わず腰を上げてラダのそばに行き、しわくちゃの彼の手を握って、
「精霊国に行けば、何がわかるかもしれません。チェザーレに任せておけば大丈夫だと思います…!」
真っ直ぐにラダを見つめていえば、彼の翡翠色の瞳が見開かれ、次いでうるうると潤んでから、がばりと抱きしめられた。
「優しい子じゃの…!チェル坊に虐められたらおじいちゃんの所に来るんじゃよ…!」
そう言いながらぎゅうぎゅうと抱きしめ、ついでとばかりにそろりと尻に手を伸ばすラダ。
「今すぐここで引導を渡してやろうか?」
「あらぁ…ラダ?その手はいらない手なのかしら?」
前面からは焼き殺されそうなほどの怒気、隣からは凍てつくほどの笑顔を向けられ、すすすっと手を引くラダ。
状況が飲み込めなくて困惑するマリをするりとラダの腕からアーカイドが掠めとって1人用の椅子に座らせた。
「まぁああいう食えないご老人だけど、マクスウェルと友なのは間違いないよ。精霊国に行ったら、その辺も調べないとだね。」
口々に避難を浴びるラダを助けるつもりは無いのか、マリを座らせたあとは優雅に元の席に戻ってそう言い放つアーカイドに、マリはラダの方を務めて見ないようにしながら、こくりと頷いたのだった。




