前編〜家族の愛〜
猫状生物が書かないので、2話だけ書きました!
オフィーリアは困惑していた。
舞踏会に参加するよう王宮に呼ばれ、なぜかエスコートするはずの婚約者の迎えがないため、母と二人で会場に入ることとなる。
そこでオフィーリアは、自身の婚約者から驚くような言葉をぶつけられていた。
「オフィーリア・エバンス! お前との婚約破棄させてもらう!」
アストリア王国の第一王子アルフレッドの婚約者、エバンス伯爵家の令嬢オフィーリア。
彼女は容姿が美しいだけではなく頭脳明晰で、国内でも最高峰と呼ばれる王宮の魔導騎士たちも驚くほどの、魔法を操る能力が高い少女である。
いずれ王となるアルフレッドを支え、導く良き伴侶になるだろう……そう、思われていた。
王子アルフレッドが「社交界の妖精」と呼ばれる男爵令嬢エリザベスに、一目惚れをしてしまうまでは。
オフィーリアは困惑していた。
彼女はエリザベスに恋をしている王子を応援していたし、婚約を解消することになるのも時間の問題だと思っていた。
王子のことを好ましいとは思っていても恋をするまでは至っていない自分が、エリザベスに勝てるとは到底思えなかったからだ。
だからこそ、オフィーリアは今の状況に疑問を持っていた。
なぜ私は王子の婚約者ではなくなるだけで、王宮魔導騎士隊から大量の攻撃魔法陣で取り囲まれているのか……と。
「オフィーリア、お前の罪状はここにある」
「……罪状、とは?」
「私の愛するエリザベスを見てみよ」
金髪碧眼でキラキラしたオーラを持つ美青年、王子アルフレッドのほっそりとした体にピタリと寄り添うのは、ストロベリーブロンドの髪をした美少女エリザベスだ。彼女は涙目で震える右手を差し出す。
そこには小さな切り傷があった。
「お怪我をされていますね。エリザベス様、大丈夫ですか?」
「何を白々しい! お前が彼女につけた傷は、これだけではないだろう!」
「傷? わたくしがエリザベス様に傷をつけたと?」
「この傷は、エリザベスが所持している本の隙間にガラスの破片が挟まっていたからできたものだ。そして、常日頃お前からの罵詈雑言に耐えてきたエリザベスの心の傷を……くっ! なんと性悪な女なんだ!」
「罵詈雑言?」
美しく波打つ銀色の髪をふわりと揺らし、紫色の目を潤ませ困ったように小首を傾げるオフィーリアに、取り囲む魔導師たちはしばし見惚れてしまう。
アルフレッドも思わず見惚れてしまい、横にいるエリザベスが肘で彼の脇腹をえぐり正気にさせている。
「ぐっ……イタタ……そ、そうだ。私の愛するエリザベスに対する多くの罪を、今ここであがなってもらうぞ!」
脇腹をさすりながら涙目のアルフレッドは、魔導騎士たちに手を振って指示を送る。
その様子をどこか現実感のないものとして見ていたオフィーリアは、悲しげに視線を落として考える。
アルフレッドが語る「罪」については、彼女の身に覚えのないものだった。
しかし仮にも国王が決めた婚約者であるオフィーリアに事実確認をせずに、エリザベスの言うことだけを信用したアルフレッドに対し、ただただ悲しい気持ちになっていた。
舞踏会に参加している大勢の貴族達がオフィーリアへ向けるのは、ほとんどが侮蔑のまなざしであった。わずかに憐憫の目を向ける者もいたが、彼女を庇うような人間は一人としていない。
孤独の中で震える少女に向けて、妙に甘ったるい声がふりかかる。
「アル様ぁ、こんな女、早くやっつけちゃってぇ」
「ああ、わかっているよエリザベス、エリィ、私にまかせておけばいい」
王家の者は民を罰することができる。だからといって自国の民に、ましてや貴族に対し、普通はここまでするものだろうか。
ピンクブロンドの髪をなびかせるエリザベスから、ゆらりと怪しげな香りが漂っていることにオフィーリアは気づいた。
「エリザベス様、まさか魅了の力を……!?」
「何をおっしゃっているのか、分からなぁい。アル様、怖いよぉ」
「安心しろ。すぐにこの女を成敗してやる」
攻撃魔法の発動を指示するアルフレッドに、さきほどまで戸惑っていた魔導騎士たちもボンヤリとした目になり、全員が王子の指示のまま魔法陣を作り出していた。
オフィーリアを囲む魔法陣の光が徐々に強くなっていく。うなだれる彼女に向けて無情にも放たれる攻撃魔法の光に、多くの者たちは無残に散りゆく彼女の姿を想像していた。
「はぁ、まったく小鳥たちのさえずりが鬱陶しいこと」
ギィンと響く金属音。
攻撃魔法が発動し、壊れた魔法陣から発する煙がただよう中、響くのは穏やかな女性の声だった。
「誰だ!」
「あら、舞踏会の参加者に向けて誰だとは、失礼な話ですわね。アルフレッド殿下」
煙の中から現れたのは、美しい銀の髪を持つ貴婦人の姿だ。
社交界の中でも静かで穏やかと定評のある彼女は、優しげな笑みを浮かべたまますっくと立っていた。
片手には銀色に輝く大きな扇を持ち、もう片方の手はオフィーリアの背を優しく撫でている。
「お母様!」
「大丈夫よオフィーリア、母様が守ってあげます」
涙をポロポロと落とす愛娘を優しく抱き寄せ、ふんわりと微笑む貴婦人。しかし、激情にかられている王子は「かまわん! このまま攻撃せよ!」と指示を出し、魔導騎士たちは再び攻撃魔法の魔法陣を展開していく。
「撃て!!」
再び魔法攻撃の集中砲火を受ける母娘だが、ギィンギィンという金属音とともに銀色の扇を使い、まるで舞うように魔法を弾き魔法陣を破壊していく。
魔法陣があれば連発できる攻撃魔法だが、この手法で壊されてしまうと次の攻撃までに時間がかかってしまうのだ。
「あらあら、魔法攻撃しかしなくて次の一手が出ないなんて……仮にも騎士のくせに、惰弱なものね」
あれほどの攻撃をくらったのが嘘のように、貴婦人は穏やかな笑みを浮かべると、愛娘の頭を優しく撫でてやっていた。
お読みいただきありがとうございます!