肝試し~本番~
夏休みに入った。
最近のいろいろで休みが増えていたけど、やっとまっとうな休みだとも言える。
そして、わたしが今いる場所は、廃墟。廃病院である。
何でだ、何故こうなった。……なんて言っても仕方がない。
ずきずきと鈍痛が続く頭を抱えながら思い出す。
事の起こりはそう、夏休みに入って直ぐ、肝試しの後に様子がおかしかった新谷さんに呼び出されたのが始まりだった。
「あなたの、霊とかそういうのに対処する為のノウハウを、私に教えて欲しいの」
「は?いや、無理」
……違うの、悪気はなかったんだよ?
そもそもが教えられる事なんて無いんだから。
「あのね、新谷さんは勘違いをしていると思うの。わたしは見えたり感じたりするだけ、除霊とか退治とかそんな漫画に出てくる様な専門家じゃ無い」
「嘘、うずまきさまの時や肝試しの時だってあなたは真っ先に動いてたじゃない」
いや、そりゃそうよ。死ぬもの。死にたくないもの。って言うかうずまきさまの時なんてわたしゃ何もしておらん。
「毎度の事なんだけどね、あんなの決まった対処法なんてねーのよ。死にたくないから無い頭使って生き残ろうとしてるだけ」
どうにか出来る方法があるならむしろわたしが知りたいし、教えて欲しい。
「毎度の事。それって経験がものを言ってるってことよね」
ん~?嫌な予感。
「私も色々経験すれば、御神さんみたく動ける様になるって事よね?」
……本末転倒じゃん。バッカじゃねーの?ワタクシを舐めてるの?
「そもそも自分からお関わりになるようなモノじゃ無いって分かってるよね?うずまきさまは自業自得、肝試しなんかはあんたたちは気にする必要さえなかった。だってあそこで霊が集まって一番困るのはわたしとお父さんだけだったんだから」
そう、霊障だなんだと言っていたが、結局わたしとお父さん以外は『怖い』程度で終わっていたのだ。あのぐらいじゃ取り憑かれる事もまず無い。
わたしがやったのは自衛。そしてそれがたまたま出来ることがあって、出来ただけの話。
「じゃあ、怖いままずっと何もせずに過ごせって事?」
「いや、わたしだって怖いままずっと過ごしているよ」
「あなたはどうすれば良いか分かってるじゃない!対応出来てる!私はもうパンクしそうなのよ!」
……うーむ、出来てないんだよなぁ。出来てたら困ってないんだよなぁ。
かと言って、今頭の処理がカツカツの彼女に言っても聞き入れてはもらえないのだろうし。このままにしておくと、それはそれで一波乱ありそうだし。
世界はわたしに人間関係でも困難を与えるのか。
というわけで場面転換、家。
「ちちよ、知恵を授けたまえ」
「何の知恵だよ……」
とりあえず何か考えとくから、と新谷さんに別れを告げ、単身自宅へ。
お父さんの仕事帰りを待ち、悩みを丸投げした。
「あー、あ~、ああ」
「何だその、自分にもあったわそんなこと、みたいな相づち」
イラッとした。
「そう言うのはな、本人が本当に知りたいのは対応、対処の方法じゃなくて、自分がなにが出来て出来ないかなんだよ」
「いや、何も出来ないでしょう」
「人間、そうはならんよ。出来ないなら出来ないなりに、一度試さなきゃ納得できない」
……面倒な。そんな個人の心理をわたしに投げてくるんじゃあない。
「なので、一番簡単な解決方法は一回連れていってみる事だな」
「……どこへ?」
「心霊スポット」
「だと思ったよクソ親父」
連れていってどうするの、わたしの心労が増えるだけじゃないか。
「かと言ってもどこでも良いわけじゃ無いぞ。他人を引き込もうとする様な場所は駄目だ」
「そりゃそうでしょうよ」
例えば自殺の名所、てぐすね引いて待っている事だろう。あと、トンネルとか峠とか事故の多そうなとこ。
「そうだな、潰れた病院なんかが良いんじゃないか?病院ってホラーの定番ではあるが、実際は人が死ぬ場所じゃなくて、人を生かす場所だからな。病院系の怪談は過剰に盛ってるのが多い」
あれだ、患者の霊が患者を殺し回ったり、看護師の霊が患者を殺し回ったり。患者の霊はまだしも、看護師は死んでないだろ、と言うやつだ。
「いきたくない~、てかコムスメ二人でそんなとこに送り出す気?人畜生?」
「小娘に相応しくない言葉を使うんじゃないよ。大丈夫だ小娘、父にも考えがある」
「どんな」
「母を投入する」
「マジか」
「マジだ」
ってな事があり、お父さんが調べて見つけた廃病院に来てしまった訳である。
外では車でお父さんとお母さんが待機。何かあれば電話か防犯ブザー。からの、母投入。全てを吹き飛ばす作戦でござる。めちゃくちゃや。
「さて……」
わたしは病院の扉に手を掛けると中に入る。新谷さんもライトを片手にオドオドと後ろからついてきた。
二階建ての総合病院。院内はそれなりに広い。
「これから新谷さんにはメインで動いてもらいます」
「メイン?」
「そりゃ、あんたに付き合ってんだから、そこはね。何かあったらブザー頼むわよ?わたしはいつ鼻血噴き出して倒れるかわかったもんじゃないんだから」
正直これは本当。普段は絶対にこんなところには来ないので、わたし自身が自分にどんなことが起こるかわかっていない。
すでに頭が痛いのだ、何かしらはいるのだろう。本当の本当に冗談じゃないと思うけど、半分くらいはわたしの命を新谷さんに預けることになる。
わたしは道を開け、新谷さんを先に促す。もちろん、前はお前が歩くんだよ、と言う意味で。
カツ……、カツ……、カツ……、と院内に足音が反響する。
それ以外は静かなもので、自分たちの手元から出されるライトの人工的な光だけが、わたしとしては逆に喧しい。新谷さんにとってはそれが一番の拠り所になっているのかもしれないが。
「とりあえずどこに行ってみる?」
「に、二階の病室を見て回ろうかと……」
「そう、二階ね……」
相づちを打ちながら後ろに続く。勿論エレベーターは使えないので階段を使う。
カツ、カツ、カツ、カツ。不安感からか、新谷さんの歩く速度が速くなるのが分かる。小さいわたしからすると、歩幅が違うのでついていくのがキツくなる。
「新谷さん、も少しゆっくり。ついてけない」
「あ、ごめん」
どうも無意識だったらしい。気持ちは分からんでもない。自分でどうにかしたいと言ったといっても怖いものは怖い。かといって帰るとも言えない。気持ちだけが急いているんだろう。
二階病棟。部屋を覗いて行くと、どの部屋もカーテンは外されて、窓から入る月の光で意外と室内は明るかった。
「……、何かいる?」
「わたしゃセンサーか何かか」
と、言いつつ光の届かない廊下の奥にライトを当ててみる。背筋がざわつき頭痛もしているので何かしらはいるのだろうけど、いまいちそれがはっきりしない。
「特に気になるほどのものは……」
――カタッ。
言いかけてどこかの部屋で物音がした。
「何!?何の音!?」
「わからない、けど……」
音の先は二つ先の病室。
どうもさっきから妙な悪寒がするのだけど、この音は違うんじゃ無いかとわたしの勘が言っている。
「とりあえず見てみよう。ここを寝床にしてる猫とかかもしれないし」
「う、うん……」
とは言ったものの、猫とか犬とか、動物の線はないと思ってる。何せ胸騒ぎが凄い。どうせろくでもないものが待って
「……るの、だ?」
思わず考えてることが口に出てしまった。それくらい衝撃的だった。
「え、女の子?」
新谷さんがぽかんと口に出す。
そう、女の子。
わたしたちより年下の、小学生低学年くらいの女の子がパジャマ姿で壁に持たれて座っていたのだ。
「ね、ねえ、あなた一人なの?お母さんとかお父さんは?」
それを見て新谷さんが心配そうに部屋の中に入った、不用意に。
「ああ、おねえさんたちも、そうなんだね?」
座っていた女の子が立ち上がり、ふらふらとこちらへ歩いてくる。新谷さんはそれを抱き止めようとさらに前に出て、わたしに引っ張り倒された。
新谷さんは尻餅をつく形で、女の子はまえのめりに倒れる。
そして女の子の手からは、からからと音を立てて果物ナイフが落ちた。
「え?え?」
「いいから早く立つ!!」
わたしにもそのナイフの意味はわからない。わからないけど、いるのだ。
わたしの真横。生きている人間ならきっと生暖かい息が吹きかかる距離。わたしの顔のスレスレに、いる。
恐怖や怖気とは違う、気持ち悪さが際立つ誰かが見ている。
このよくわからない状況が全部こいつだと分かるくらいやばい。
まだ困惑している新谷さんを引きずる様に走り出すと、わたしはスマホを出した。
「圏外!!新谷さん、ブザー!!」
「え?」
「早く!」
「わ、わかった。ブザーね」
――ビィィィィイ!!ビィィィィイ!!
病院内に騒音が響き渡る。
大体十秒後、スマホが鳴った。
「もしもし!!」
「今院内に入った。何があった?」
「わかんない。わかんないけど、お母さんも入ったんだね?」
「ああ、入った」
「おーけー、一階の待合所で合流」
「わかった」
通話を切ると、わたしちは階段を一気に駆け降り待合所に急いだ。
着いた頃には新谷さんは、わたしの直感だけで動いていた一連の行動にどっと疲れた表情をしていた。
お父さんとお母さんが来たらとりあえず女の子を保護して貰おう。さっきのアレはお母さんが入ったからなのかはたまた、とにかく気配は無くなっている。
「やっぱ来るもんじゃないなぁ、こう言うとこは……」
まあ、これで新谷さんもわかったはずだ。あとは大人にまかせて、帰ってさっさと寝てしまおう。
院内から色々と気配が消えたのを感じて、わたしはイスに体を預けて一心地つくことにした。