肝試し
あ~あ、来てしまったよ、肝試し。しかも、父親同伴で。
なんでかなぁ、何で流されてしまうのかなぁ、わたしは。
結局、図書館から帰ったあとに昼食を取って、そのままおくつろぎモードに入ろうと思ったら、お母さんに言われた。
お祭りと肝試し、行ってきなさいよ、と。
ごめん被るとごねたけど、この間のお友達も来るんでしょ?お父さんお財布代わりにつけるから、と。
わたしよりもお父さんがえ?って顔してたよ。
で、結局三人組と合流して祭りを周って(向こうの親は肝試しの準備もあるそうなので忙しいだろうと、うちのお父さんが三人を預かる形になった)お父さんの小遣いを削るために買い食いし、くじや金魚すくいは興味が無いので買い食いし、買い食いした。
ただお腹だけが膨れる催しだった。げふっ。
それにしても……。
「御神さん、これ食べますか?」
「カンナちゃん、こっちもどうぞ」
二人ほど鬱陶しいのがいる。べたべたするんじゃない、わたしの自由を奪うな。
「そんなことを言わないでぇ~」
「そうだよ、友達だろ~」
沢野さんと城戸さんだった。
何と言うか、もうべったべただった。
と言うのも、この二人はわたしが合流した時点で半べそかいてすがり付く位肝試しを怖がっていた。いや、たとえ何かが起きようと、わたしがいても何もならんけど。
まあ、理屈で測れるものでは無いのだろうけど。あれは確かにトラウマものだったし。
そして三人組のもう一人、新谷さんはと言うと、わたしのお父さんと話していた。
こちらは流石にべったりでは無いが(べったりされてたらわたしがお父さんをお母さんに通報する)ほとんど付きっきりで色々と聞いている様だった。我が父は正しく広辞苑の役割を果たしてると言えよう。
あの日、あの経験が、新谷さんに向こう側を意識させた。沢野さんや城戸さんの様に怖がるのではなくて、そこに確実にある、日常に事故の様に干渉しうる現象として認識させた。
知ってしまえばこれからの人生、その事実と付き合っていかなければならない。だから広辞苑、じゃないわたしのお父さんから、自分のできる対処法を聞いているのだろう。
性格の問題なのだろうか、それとも他の二人を見て自分がしっかりしなくてはと考えたのか、どちらにしても、新谷さんの考え方の方が、わたしにはしっくり来た。皮肉にも、わたしに広辞苑が出来たのは、今まで生きてきて本当に極最近だが。
「さてさて、皆集まったかいね。肝試しの時間だ」
場所は神社の境内。それなりに広くてそれなりに古い。子供の恐怖心をそそるにはうってつけだろう。
そこに集まっているそれなりの人数の小、中学生、と保護者の大人数名。あとの大人たちは脅かす準備でもしているのだろう。
そしてわたしたちの前に、注目を集めるためか、手をパンっとならしながら現れたじいさんが一人。
誰?
「町内会長さんだよ」
わたしが眉を潜めたのを見てお父さんが言った。
「肝試しの企画はこの人が立てるんだけど、今年は自分で出てきたかぁ」
何故かどうしたものかと言う顔をしているお父さん。
「じいさんが出てきたからって何か問題あるの?」
「目上の人にじいさんとか言うんじゃない。口が悪いなぁ」
口が悪いのは認めよう。ついでに目付きも悪い。
「で?」
認めるが、今はそこは置いておいて。
「……いやな、あの人は場の作り方が上手くて」
場の作り方が上手い……、ええと。
「上手いのはいいんじゃないの?肝試しなんて怖がらせてなんぼでしょ」
怖くない肝試しほどしらけるものもないだろう。言っちゃあ悪いが、何人か泣く子が出るくらいでないと面白くもなんともない。
「お前はぁ……、まあ、間違っちゃいないんだが……」
言いたいことは分かるよ。碌でもないと。
「でもわたしは怖くないし。それに普段のわたしが被っている被害の何分の一かでも、他の人は味わってわかりみを深めて欲しい」
そう、わたしはとてもわかりみを求めている。わかりみよ、もっと深まれ。
「そんな神無に朗報だ。このままだと皆まとめて霊障被害だ」
「は?」
いやいや、おとんや。いくらわたしが特殊だとは言え、わかりみを願っただけで霊は集まらんよ。
「集めるのは会長さんだ」
ああ、はいはい。町内の人達を集めるみたいに霊も集めるのね。
「そんな荒んだ目でこっちを見るんじゃない。いいか?場の作り方が上手いと言うことは、それだけよくないものを呼び込みやすいと言うことだ。お前も俺も、さぞや不調を味わいながら、泣き叫ぶ子供たちを見ることだろうよ」
その子供たちにはわたしは入ってないんですね、わかります。
「て言うか、ここ、神社でしょ?なんで霊障が起こるほどそんなものがよってくるのよ」
「おいおい、神社だから寺だから教会だから、そこは清いとか思っているのか?それなら数珠持って聖書読みながら大麻振ってたら、この世の霊を根絶出来るな」
くそ、何のための宗教だ。救えよ、わたしを。いや、信心深くは無いし、神仏も祟るから本当はお関わりにはなりたくないんだけど、こうも負担が増えるのは納得出来ない!!
わたしをキレさせて、大したもんだよ。
などとマイファーザーと無駄な問答をしている間に、じいさんの『こわいはなし』が始まってしまった。
「これはねえ、高校生の孫が友達から聞いたって言う話でね。たまたま深夜にコンビニに行った時の出来事らしいんだ」
『孫』が『友達』から『聞いた』、そして『らしい』。怖い話の常套句だ。間に他人を入れることによって、虚実を曖昧にする。本当とも思えないが、嘘とも言い切れない、そんな曖昧さ。不気味な雰囲気を演出するにはもってこいの手法だ。
「中間テストを翌日に控えた深夜。普段あまり勉強をしていなかったその子は、一夜漬けでテスト勉強をしていたんだ。ああ、皆は一夜漬けは駄目だよ?ちゃあんと毎日積み重ねてするようにね」
わたしは家で勉強なぞせんので聞き流したが、結構な人数があ~……、みたいな顔をしていた。うちのメンバーでも城戸さんが毎日なんてマジ?なんて呟いていた。
こう言った日常に沿った話題を入れて親近感を感じさせる。自分の日常でも起こりうるかもしれない、そう思わせる。これもそう言う演出。
子供を騙せる位には効いているかな。
「さて、その学生なんだけどね。深夜になってお腹が空いてきたんだ。夜更かしするとお腹、空くよね?私も若い頃はしょっちゅうお菓子食べたりしてしまっていたよ」
体に悪いからやめた方がいいんだけど、やめられないんだよね。と悪戯小僧の様に笑うじいさん。茶目っ気ありすぎだろ。
まあでも、肝試しなんて企画する人だしなぁ。
「彼は自分で料理が出来なかったからね。そんな時間にお母さんを起こすわけにもいかない。だからコンビニに行くことにした」
じいさんの声のトーンが下がる。そろそろ脅かしに来るみたいだ。まだなーんの対策も浮かんでない。どーしたものか。
「家からコンビニまでは数分。住宅街だからね、灯りは街灯だけ。あとは真っ暗。夜道で誰もいないと気味が悪いよね?だから彼も急いで買って、急いで帰ろうと思っていたんだ」
……。
「夜道に響く自分の足音。気味が悪い、気味が悪い。街灯の下を通ると抜けたときに闇が深く見える、気味が悪い」
……。
「そして、街灯を背にした闇の中、声がした」
『い~~~ち……、に~~~い……』
「彼は思わず振り返った。すると声は止まった」
……。
「また歩き出す。すると……」
『さ~~ん……、し~~い……』
「誰もいない背後から、ずっと数を数える声がする。怖くなった彼は脇目も降らずに走り出した。声はずっとついてくる」
『ご~~お……、ろ~~く……、し~~ち……』
……ふむ、これは。この話は多分、落ちが無い話だ。
「走った先にやっとコンビニの光が見えた。声を背に、彼は転がり込むように店内に入った」
落ちをつけずに不安を煽るための話だ。
「すると声は止まって、そのあとも聞こえることは無かったそうだよ」
おそらくここでかもしれない。
「ただ、彼が聞いたのは七までで、十まで聞いたら、もしかしたら何かあったのかもしれないね」
やっぱり。わたしなら七だろうが十だろうが何もねーよと言わざるを得ないが、みんな背後を気にして落ち着かなくなってる。
曖昧で終わらせてるのが恐怖を煽る。
でも、これならやりようはあるのさ。
「おとんや、ちょいと借りるよ」
「いきなりなんだ。お前も持ってるだろう?そんなの何に……。いや、そうか……。でも壊さんでくれよ」
「それは保証しかねる」
わたしはそれを受けとると、こっそり場所を移動し、じいさんの後ろにそっと投げた。
カタッ。
いきなり出た何かの音で、全員の視線がじいさんの背後に集まる。もちろんじいさん本人も後ろを向いた。
そして……。
『い~~ち……、に~~い……』
「え、な、え?」
じいさんの驚く声を皮切りに、子供たちの叫び声が上がった。
『さ~~ん……、し~~い……、ご~~お』
大人たちもこれがじいさんの演出じゃないと気がついた様だ。しかし誰も動けない。
『ろ~~く……、し~~ち……』
みんな恐怖している。あ、ダメだ、ちょっと楽しい。でもヤバい鼻血……。
ゴンッ!!
「いったぁ!」
『いったぁ!』
「いい加減にしろ!」
ぶん殴られた。
「すいません、うちの娘が」
お父さんがスタスタ歩いてあるものを拾い上げる。
「ああ、スマートフォン……」
じいさんが納得した声を上げた。
そう、わたしがじいさんの後ろに投げ置いたのはお父さんのスマホ。通話状態にして、ディスプレイの明かりを消したスマホを投げたのだ。
「娘が貸してくれと言うので貸したらこれです」
もう一度殴られた。お父さんもわたしが何をやるのかわかっていたくせに。いや、やり過ぎた感があるので反論はしませんけどもね。
「いやー、お嬢ちゃんが考えたのかい?」
「ええ、まあ」
「次からは運営側に回ってもらおうかいね、あっはっは」
ごめん被る。
わたしが何をしたかったのかタネ明かしをすると、数を数えるよくわからないものに理由付けをしたかったのだ。
お話の中のなにかがわからなくても、その場で似たような事に理由をつけてやれば、人間納得するものである。
こうしてわたしはなんとかかんとか肝試しと言う危機を乗り切ったのだったまる
まあ、あのあとから新谷さんのわたしを見る視線が何か変わった気がするけど、わたしは気にしないで生きようと思う。
うん、思う。