図書館
今日は土曜日。
大体の学生は、この歓迎すべき休日を自分の楽しみのために使っていることだろう。
昔は休みじゃなかったらしいしね。強いられてたね、昔の学生。
そしてわたしもご多分にもれず、この休日を享受しようと、今自転車を走らせているところだ。
市立図書館。
本のいっぱい置いてある建物だ。
……いや、大丈夫ですよ?本当にそんな認識をしているわけではないから。
まあ、わたしは中学生なので、新聞を読んだり、歴史を調べてみたり、郷土資料を探したりなんかはしないわけで。そうなってくると、小説や漫画が無料で読める場所、と言う認識になるのも仕方がないと思うのですよ。
と言うわけで、図書館である。
わたしが図書委員を押し付けられた原因でもあるのだけど、わたしはよく本を読む。
いや、よく、なんて頻度ではないか。
暇無し読んでいる、と言うのが正しい。時間があれば何かしらの本を開いている。
漫画、ライトノベル、ミステリー、ホラー、ファンタジー、SF、純文学等々。適当に並べてみたけど、とりあえず何でも読む。
ここ最近、ずっとあの三人組にべったりと付きまとわられていたので、活字の摂取量が圧倒的に不足しているのである。
なので今日は、誰にも邪魔させず、静かに、独り、活字と対話するのである。
と言うか、先週鼻で嗤ってやった肝試し、今日の夜に開催されるのだけれど、あの三人思っていた以上に怖がっていたらしく、学校内だけじゃなくて放課後もわたしの家に来て頼む始末。
そんなに怖ければ出なきゃ良いと言えば、三人とも家族丸っと参加なので参加しないと言う選択肢が出せないらしい。もし体調不良だと不参加を決め込んだとして、一人で家にいることが堪えられないそうだ。
知らんがな。
と言うか、わたしの短くも十数年に及ぶ人生の中でも、あんなワケのわからんものは初めて現れたのだ。あんなん早々出てきてたまるか。
と、そんなこともあり、朝から行き先も告げずに緊急脱出先として図書館を選んだわけだ。
あんな些末なことには関わっていられんのだよ。
駐輪場に自転車を停めると、正面入り口から中に入る。外が暑かったため、適度に効いた冷房が心地良い。さて、何を読もうか。
わたしは館内を周りながら気になるタイトルの本を取っては、パラパラと目を通してみる。何でも読む、とは言ってもやっぱり自分の好みのものから読みたいと思うのは人の心情としては当たり前だろう。本は星の数ほど有っても、わたしは一人しかいないのだから。
しばらくそうやって色々な本と戯れていると、わたしの琴線に触れる一作が。
不思議の国のアリスとクトゥルフ神話を元にしたファンタジーホラー。何これ面白そう。
え?普段ホラー体験してるのに何でホラーなんて読むんだって?違うんだなぁ、わたしは恐怖体験をしたくてホラーを読んでいるんじゃないの。そこに付随している物語が知りたくて読んでいる。わたしからしてみればホラーってジャンルの括りがそもそも無いってこと。
しかし、これはなかなか。
わたしはその本を持って、あまり人のいない席に行くとじっくりと読み始める。
物語の進行はアリスがベースになっている。アリスは兎を追って不思議の国へ行き、不思議の国の住人たちと出会い、住人たちは狂っていく。
アリスは気が付かない。ただただ翻弄される。住人たちがアリスの陰に何を見ているのか。アリスとは自分とは何なのか。これはアリスの夢なのかそれとも……。
作家さんは凄いと思う。文学の長い歴史の中で、それでも色々とこねくり回して新しいものを作り出したり、こうして古い名作を掛け合わせて、また面白い読み物を創作するんだから。
いやぁ、面白かった。まあ、クトゥルフを題材にしたものを子供が読むべきでは無いのだろうけど。だってこんなに背筋がゾクゾクしてるし、鳥肌も……。
ん?
わたしはホラー小説では怖がらない。ゾクゾクするわけもないし、ましてや鳥肌なんて立たない。
熱中していて気がつかなかったけど、よくよく考えると、何か視線が……。上から?
そっと天井を見上げてみる。
そこには蛍光灯しかなく、特に何もいない。
わたしはそっと手のひらで顔を覆うと、天井を覗いた。
――そこには、こちらを見下ろす、満天の星ならぬ、満井の目玉がギョロギョロと、へばりついていた。
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…………………………。
……………………。
………………。
わたしは開いていた本を閉じると、そそくさと元の場所に戻し、足早に図書館を後にした。
やはりわたしの安寧の地は自宅なのか。
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家。
わたしはリビングに入ると、同じく休日をソファーで満喫していたお父さんに詰め寄った。
「んー、それは生霊の一種だ」
いや、いやいやいやいや、あんな生霊いてたまるか。
「いや、それこそそうでもない。地縛霊なんかに集合体、って言うのか。複数の霊体が集まって強い霊になって、より強く縛られるだろう?」
ああ、それはわかる。自殺の名所とか心霊スポットとか、そう言うところでは霊が霊を呼ぶ。人も呼ぶ。だから死にやすい。
「それと同じような理屈だ。図書館って言うのは情報を集める場所だ。それも、主に目を使って。娯楽でだろうとなんだろうとな。だから人が集まると共に、集団意識も集まる。生霊ってのは、要は生きている人間の意識の残留だからな」
本を探す人たちの残留意識が残留し続けて、あれが出来たってこと?
「そう言う事だな。だからお前に特に強い変調が無かったんだと思うぞ」
そうですか
そんな話をしながらも、お父さんは変わらずソファーでくつろいでいた。
まあ、何はともあれ、図書館が危険な場所じゃないことがわかってわたしは安心した。
わたしは普段お金使いの荒い方ではないのでほとんど貯金しているけど、図書館が使えなくなると、それだけで貯金は飛びそうだ。
それに、図書館が危ないなら学校の図書室も危ないかもしれない。図書委員のわたしはピンチだ。
「それにしても、集合意識まで見えるようになったのか」
見たくてみたわけじゃない
「……まぁそうだわなぁ」
しかし、今日の教訓はそう悪いことだけでもなかった。
わからないことを聞けると言うのはとても大きい。向こうの都合もあってGoogle先生の様にはいかないのが少々面倒だが。
「おいおい、自分の父親を外付けの広辞苑みたいに言うのはやめろ」
自分の娘が死にかけるまで気づかない振りをしていた親には言われたくないね。
「「はっはっはっは」」
「二人とも、お昼ご飯出来たわよー」
「「はーい」」
我が家は平和でよろしい。