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うずまきさま

 1週間の休みが明けた。


 学校中が自殺した男子生徒の話題で持ちきりである。遺書が残っていたらしく、原因はいじめ。そこにはいじめていた生徒の名前も書いていたようで、その生徒たちは残らず転校していったらしい。


 聞かなくても勝手に聞こえてくるので、それなりに詳しくなってしまった。クラスメイトからは、わたしが落ちる瞬間を見ていたことから、大丈夫?などと心配されたりもしたけど、わたしとしては、死んだあとくらい静かにしてやれ、と思ったくらいだった。


 それよりも、今わたしが一番気にしていることがある。それは、先日から増えた新しい家族だ。


 真っ白な仔犬。名前はチャコ。


 いや、わたしが名付けた訳じゃない。茶色の毛並みじゃ無いけれど、またお母さんの好きなゲームからもらったパターンだ。


 まあ、この際名前はいい。チャコって結構呼びやすいし、嫌いじゃないから。


 問題なのは……、可愛すぎる。


 可愛すぎて、寝ても覚めても頭の中がチャコのことばかりだ。


 結局、あの男の子の幽霊が消えたあとに先生がすぐに出てきて、栄養失調だけど、とりあえずは命に別状はないと聞かされほっとした。


 そしてお母さんに電話、家で飼うことに。


 面倒な事はしばらく全部ほっぽって、チャコの事だけ考えていたい。ああ、ダメになりたい。


 そんなことを思いつつも、中学生にだってやることはある。


 私は現実逃避は出来ないタイプなので、結局せこせことやらなきゃならないことをやってしまうのだ。


 それがいけなかった。


 放課後、何故かなってしまった図書委員の仕事を終えて、鞄を取りに教室へ。


 新刊が入ったので、その陳列の作業だった。


 今日じゃ無くても良かったのだ。


 面倒だからと別の日にずらせば良かったのだ。


 教室の前。


 激しい頭痛。


 教室の中からは何人かの女子の声。


「うずまきさま、うずまきさま、どうぞお持ちください。うずまきさま、うずまきさま、どうぞお聞き入れください」


 これ、不味いやつだ。よくわからないけど不味い。


 教室の戸を勢いよく開ける。中には机を囲んだ三人の女子。わたしが入ってきたのに驚いて顔を上げたのがわかった。


「それ、今すぐやめて」


 ずくずく疼く様に痛む頭を支えながら、わたしは唸るようにそれだけを口にできた。


「え?何?いきなり入ってきてなんなの?確か御神さんだよね?意味わかんない」


 反論してきたのは気の強そうな子。新谷……新谷……なんとかさん。下の名前は忘れた。


「ミキちゃん待って、それより御神さんすごい顔色悪いよ。大丈夫?保健室行く?」


「行くなら私、肩貸すよ。一人で歩いたら危なそうだし」


 残りの二人がわたしを気にしてこちらに近づいて来ようとする。机に触れている手を離して。


 わたしの中で、それは一番やってはいけない事だと警鐘が鳴る。


「駄目だ!離すな!」


「え?」


 わたしの言いように、二人がきょとんとしているのが見える。ただ、手はもう離されていた。


 足から力が抜ける。立っていられない。


 膝から崩れ落ちる、なんてよくお話の中では見かけるけど、自分がなるなんて思っても見なかった。


「なんなのよ、もう」


 余程挙動不審に見えたのだろう、新谷さんは怒鳴ったわたしに怒ればいいのか、それとも体調を気にした方がいいのか、何とも困った顔をしていた。



――――――――――



「うずまきさま?」


 放課後の保健室、わたしの問いに三人が頷いた。


 あの後、体の力が抜けて立てなくなってしまったわたしを、この三人は保健室まで連れてきてくれた。保健室の先生に親を呼ぶかと聞かれ、休んだらすぐに帰るからと断り、今は四人で部屋にいる。


「うずまきさま、知らないの?最近噂になってるのに」


 飛び降り自殺の話題の他にそんなものが流行っていたのか。


 わたしが一人唸っていると、ずっとわたしの体調を心配してくれている子、沢野さんが色々教えてくれた。


 なんでも、噂ではうずまきさまはやった人の悩みを『持っていって』くれるらしい。紙に渦を描き、その渦を中心に向かってなぞりながら悩みを持っていってくれるようにお願いするのだ。


「私、告白してふられてしまって、そしたらミキちゃんと恭子ちゃんがそんなの忘れちゃえばいいよ、って言ってくれて。一緒にうずまきさまやってみようって」


 要は仲良し組の慰め合いか。いや、別に良いんだけどもね?仲が良いのは大変よろしい。


 でもこの子達は何をやったか分かってない。


 保健室の時計を見ると、時間は5時。もう日が落ち始めている。時間がない。


「わたしの家、来て」


 多分これが一番良いと思う。対策は家に着いてから考えよう。


 三人がきょとんとこちらを見る。


 ああ、理由つけなきゃ。


「一人じゃちょっと帰れないかもしれないから。親って学校に呼ばれたくないでしょ?」


 そんなわたしの言い分に、三人は嫌な顔もせず頷いてくれた。くそ、良い子達だな。見捨てるって選択肢がなくなってしまった。


「じゃあ、行きましょう」


 わたしはベッドから降りると、足早に保健室を出た。正直、ずっと頭がづくづく疼いている。


 おそらく、おそらくだけど、めっちゃ来てる。しかも追いかけて来ていて、増えている。早く家に帰らなければ。


 わたしは自宅で霊や霊障に合ったことがない。どんな要因なのかはわからないけど、今まで生きてきて家だけは絶対の安全圏だったのだ。引きこもりにならなかったわたしを褒めて欲しい。


「ねぇ、何か変な感じしない?」


 新谷さんが言った。


「私もするよ、鳥肌立ってる」


 次にショートのよく似合うボーイッシュで女子に持てそうな城戸恭子さんが言った。わたしもショートカットだけど、可愛いとかボーイッシュとかそんな評価じゃなく、ちんちくりんと言われる。くそが。


「……声、聞こえない?何か唸り声みたいな」


 最後に沢野さんが言った。


 聞こえてるよ、普段は声なんて聞こえないのに。今わたしたちの周りがどんなことになってるのか、絶対に見たくない。もう死にそう。


 ふざけてる場合じゃ無いけど、ふざけてないと気が持たない。もう頭痛とかのレベルじゃない。全身の血管が破裂しそうだ。


「もう少しでわたしの家だから、三人とも、絶対に振り返らないでね」


 全員がわたしの冷や汗でびしょびしょになった顔を見てコクコクと頷く。物分かりが良くて助かる。


「あの、御神さんは何が起こってるかわかってるの?私達どうなるの?」


「何か怖いんだよ。よくわからないのに怖いんだ。御神さん教えて」


「ねぇ、後ろから何が来てるのよ。何なのよこれは!」


 全然良くなかった。釘を指したから後を向くことはなくなったみたいだけど、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。もう少しわたしを労れ。


「うるさい、黙れ」


 そう思いながら出した声は、自分でもびっくりするくらいドスが利いていた。


「いい?うずまきさまって言うのは多分、こっくりさんとかエンジェルさまみたいなヤツの派生よね」


 静かになった三人にわたしは説明を始める。


「そもそもこっくりさんなんかは何かを呼び出して質問をするの。それで、帰ってもらうのに失敗すると取り憑かれる」


 そう、取り憑かれるのだ。でも、おそらくうずまきさまは……。


「うずまきさまって、持って行くのよね?」


 そう、持って行くのだ。


「ちょっと待って!これはさっきのうずまきさまが原因って事?だってうずまきさまが持っていってくれるのは悩み事なのよ?」


「……手を離してしまった、て言うのもあるけど、悩み事の定義って誰が決めるの?」


 わたしが聞き返すと新谷さんが怪訝な顔をして返答した。


「そんなの葵が振られた事に決まってるじゃない」


「はい、私もそうお願いしましたよ」


 沢野さんも新谷さんの言葉に頷く。


 そうじゃない、大事なのはそこじゃないんだ。


「あなた達はその振られた悩み事()()を持っていってくれるように指定したの?」


「え?」


「もっと言えば、お願いを聞いて貰うためのお供え物は?こう言うのって結構簡単にやる人いるけどね、降霊って儀式なの。儀式ってのは供物、お供え、生贄当たり前だから」


「そんな……」


「今わたし達は悩み事どころか生贄寸前なのよ」


 三人の顔が蒼白になる。


「泣かないでよ?巻き込まれたまま死ぬのは嫌だから速く歩いて。走ったら駄目よ?多分、一気に来るから」


 泣き崩れそうになる沢野さんを新谷さんと城戸さんが支えるようして歩き続ける。良い友達だよ全く。わたしにはそんな友達いたことない。


 ――キーン


 激しい耳鳴り。


 同時に鼻血が吹き出した。


 さすがに堪えきれず膝をつく。ちらりと三人を見た。三人とも震えながら道の端にしゃがみこんでいる。


 どうやら彼女達にも聞こえているらしい。耳鳴りの上から被せるように聞こえる、さっきの唸り声の様な可愛らしいものじゃない声。


 いや、声と言ってもいいのかさえわからない、恐怖と不安を植え付けて来るような音。


 近付いてくる。不味い進まないと。逃げないと……。


 地面に血が滴るのが見える。


 ああ、駄目そうだ。


 もう一度三人を見やる。


 三人は何があっても離さないと言うように、強く抱き合っていた。


 そっかぁ、いいなぁ。


 ゆっくりと振り返る。聞こえるのは音だけ、そこには何も見えない。


 一度目を閉じ、手で覆う。


 最後なら、見てやろう。


 隙間を開けて、そっと覗いた。


 そしてわたしは、その何かを見る前に後ろから優しい何かに抱き締められた。


 意識が遠くなり良く知っている匂いとアマちゃんの吠えた声が聞こえた気がした。

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