学校
「御神、じゃあこれ頼む」
「はい、配れば良いんですよね?」
「おう、頼むわ」
手渡された紙束に目を落とす。
日直。学生なら必ず経験したことのあるはずの、先生に任されるその日1日の面倒な仕事。今日はわたしの仕事。
それで朝から職員室に行くと、いきなりプリントを持っていけと言われた。本当に面倒だけど、決まりごとだから仕方がない。本当に面倒だけど。
「失礼しました」
一言かけて職員室を出る。
窓の外は雨。
憂鬱だ、ずっと頭が痛い。雨の日は多くなる。じめじめしてるからなのか、霊が増える。
昔は頭痛の度に目を手のひらで覆って周りを確認していたから知っていた。梅雨の時期なんかは特に増える。
「はぁ……」
ため息が出る。学校は元々、霊が多い。だから本当は雨の日は登校何かしないで家で寝ていたい。
教室に戻ると頭痛が酷くなる。きっとまた始まっているんだろう。
飛び降り幽霊。
教室でのわたしの席は窓際で、ある雨の日、あまりの頭痛の酷さに窓の外を見てしまった。見えたのは、延々と屋上から飛び降り続ける、男子生徒の霊。
気になって調べて見たのだけど、この学校で飛び降り自殺した人はいなかった。あれは誰なんだろうか。
わからないのは怖いこと。だから嫌だけど他にも色々調べてみた。
それで気が付いたのだけど、霊たちはそこにいるのに、そこにいない。わたしが見える見えないの話じゃ無くて、同じ場所で同じ行動を続けていたと思ったら、消えていて、次の瞬間にはまた現れて、また同じ行動をしている。
矛盾しているけど、場所に縛られている霊は、何故かそこにいない時もあるのだ。
法則性はわからないけど、この飛び降り幽霊も同じなんだろう。雨の日にしか感じたことがない。
「これ、後ろまで回して下さい」
1番前の席の子たちにプリントを配ってく。とりあえず朝の仕事は終わりだろう。
わたしも自分の席につくと、先生が入ってきてホームルームが始まる。
窓の外、ざぁざぁと降る雨を見る。手は使っていない。もうあんな顔は見たくないから。
絶望していて、でも生きたくて、生きられない、そんな感情が伝わって来るような、そんな表情だった。
人の死ぬ直前の顔なんて、見るもんじゃない。往生していった人ならまだいいかもしれないけど、未練と屈辱を残していくような死に顔は絶対。
不意に雨に混ざって、黒い大きな物が落ちてくるのが見えた。
それには顔があって。そうだ、こんな顔だった。覚えている。
絶対に許さない、目がそう言っているようで、わたしは自分のめを背けたのを覚えている。
ドサッと音がした。それだけははっきりと聞こえた。
そのあとに、またざぁざぁと雨の音が戻ってくる。
あれ?わたし今何で見えていた?目は隠していない。覗いてもいない。
「おい、今誰か落ちたぞ!!」
前の席の男子が声をあげた。
ああ、そうか。飛び降り幽霊じゃ無くて、本当に誰かが飛び降りたんだ。
…………。
「――っ!」
わたしはすぐに窓を開けて下を見た。
それは紛れもなく、雨の日に屋上から飛び降り続けていた、あの男子生徒だった。