かくれんぼ
わたしは死んだ人が見える。
死んだ人がいるところでは、すごい頭痛がして、痛すぎて吐き気がする。
そんな時に、手のひらでそっと目を隠して、少しだけつくった隙間から覗く。
ゆらゆらと陽炎の様に見える人影。目を凝らすと、だんだんと輪郭がはっきりしてくる。
わたしだけが見える幽霊。わたしだけの秘密。目隠し事。
普段は見えなくても、“それ”らはいる。
普通に生活をしていると思っている人。何かが忘れられずにそこに自分からくくられている人。
そして、あぶないのがこっちを見ている人。
連れていかれる、どこかに。どこかはわからないし、知りたくもない。
わたしは今でも思い出す、初めて死んだ人を見た日のことを。
今でも刻み込まれている。
わたしがまだ幼稚園に通っていたころ、お母さんと一緒に仲の良かった友達のお家に行って遊んだことがあった。名前は春くんと言って、物静かだけど、とても優しい子だった。
お母さんは一階で他の友達のお母さんたちとお茶をしていて、わたしたち子供は家の中でかくれんぼをすることになった。
子供はわたしと春くんを含めて5人。わたしと春くんはかくれる方だった。
鬼の子が100数える間に、わたしたちはひそひそと相談しながらかくれる場所を考えた。
一人一人かくれる場所を決めていく。わたしも色々考えて、物音を立てないようにしながら、こっそりと押入れにかくれた。真っ先に見つかるかもとも思ったけど、遊びだったし、何より押入れのすき間から鬼の子のようすをのぞけるかもと思ったから。そんなことに、小さなわたしはちょっとわくわくしていたから。
鬼の子の声が聞こえる、6回目の10だ。
このころわたしたちはまだ数を100まで数えることができなかった。でも、10や20だとかくれる時間が足りない。考えた末に、10を10回数えることにしたのだ。
また1からはじまる。
――2、3、4。
「……かなちゃん、いる?」
小さな声でわたしの名前が呼ばれた。わたしの名前は神無で、それを短くしてかなちゃんって呼ぶのは春くんだけだった。
少しだけ押入れの戸を開く。きょろきょろと、多分わたしを探していた。
何でかくれないのだろう、と思った。
――激しい頭痛。
「待って……、嫌だよ。来ないでよ……」
春くんの声が聞こえる。(頭が痛い)
部屋の入り口から逃げるようにこっちに来る春くんが見える。(吐きそうだ)
苦しくて顔を両手で覆う。
「かなちゃん!」
指のすき間から、春くんと目があった。
……そして、うしろで知らない子が春くんを見ていた。
そこでわたしの意識はぷっつり途切れた。
そのあと、お母さんたちに春くんが、わたしが押入れで倒れているのを伝えたらしい。
白目を剥いて気を失って、おもらしまでしていたそうだ。気がついたら病院のベッドの上だった。
検査のため、そのまま数日入院。その時にお母さんから聞いた。お友達が来たあの日から、春くんは明るくなったらしい。わたしがあんなことになってしまったけど、友達と遊ぶのは楽しかった、また呼んでいい?なんて言っていたようだ。
あの知らない子の話は無かった。だからわたしも、あれはあの苦しさで見た幻覚だと思って、倒れてしまって申し訳なく思い、次にあったら謝ろうと思っていた。
そして入院明けの幼稚園。
「おはようかんなちゃん、大丈夫?」
違和感。吐き気。目眩。
わたしは朝食べたものをすべてもどしてしまい、また病院に行くことになった。
でも体のどこにも異常は無くて、一応また数日幼稚園を休んだ。
それから数年、わたしは今、中学校に通っている。
あの日わたしが感じた違和感は、他に誰も感じることは無かった。
そして、……春くんは今もわたしと同じ学校に通っている。
「おはよう、神無ちゃん」
毎日挨拶くらいは交わす。幼なじみだから。
でもわたしはあの日から春くんとは距離をおいている。
だって聞けないでしょ?
あなたは本当に春くんですか?なんて。
見られるのはいけない。
連れていかれるから。
春くんがあの日、どうなったのか、わたしは未だに知ることができずにいる。
わたしには今も刻まれ続けている。