タンデム走行はバックハグ?! 雅樹を包み護る奈々(てんし)の羽
雅樹の相棒CBRが奈々のマンションにたどり着く。
タンデム走行がふたりの距離をさらに縮めお互いの理解を深めた。
CBRが雅樹と奈々をマンションまで運ぶ。
DTからCBRへとのシフトは雅樹に当時の勘をだいぶ取り戻させていた。
タンデム走行でのブレーキングや荷重の加減についてはもう少し時間をかける必要性を感じたがもうそれほど余裕もない。
出たとこ勝負も承知で挑まなければならないことも覚悟した。
ただ奈々だけは守りたい。
それだけが雅樹の最終的な願いだった。
「奈々、着いたよ。お尻痛くない?」
雅樹が奈々の手を取る。
「大丈夫です。なんだか…奈々バイクが好きになりそうです」
「そっか、良かった。ごめんよ慣れない事させて」
「ううん…なんだか不思議な感覚だった」
奈々が頬を染めながら言う。
「ん? どした?」
「だって…初めはスピードが怖くて雅樹さんにしがみついてるって感じだったんだけど、そのうち奈々が雅樹さんを後ろからハグしてるみたいな気持ちになって…」
奈々が一旦言葉を区切る。
「なって? どうしたの?」
雅樹が次の言葉を促す。
「うん…なんだか奈々が雅樹さんを守ってるみたいな…えっと、赤ちゃんを抱っこしてるみたいな…そんな気持ちになったの。おかしいでしょ? 笑わないでね」
そう言いながらも口元は微笑んでいる。
「そっか! 奈々が俺を守ってるか! それにこんなオッサンを可愛い赤ちゃん見たく抱っこしてくれてたんだ」
俺はなんだかむず痒い様な気持ちになって声を出して笑う。
「もう、笑わないでって言ったのに~」
途端に奈々が拗ねたような顔をする。
「ごめんごめん、いや、でもそれはある意味ほんとだよ?」
「ほんとって?」
小首を傾げる奈々。
「大切な奈々を背中に乗せてるって思えば俺も無茶な走りをしない。結果俺も安全。つまり奈々がいる事で俺は守られてるってこと!」
「奈々が雅樹さんを守っている…」
奈々がますます上機嫌になる。
「言われてみればタンデム走行って後ろに乗ってる子はしがみついてるとも言えるけど、
見ようによってはバックハグしてるようにも見えるよな」
「でしょでしょ~。なんだか普通に抱き合うよりも女の子にとっては積極的に抱きついてるみたいで初めは恥ずかしかったけど、なんだか男の人の気持がわかったみたいな…」
珍しく奈々が照れながらもはしゃいでいる。
「わかってくれた~。すご~く愛おしい感じが?」
「うん…わかった」
はにかむ奈々。
「じゃあお返しね」
「えっ?」
そう言うと俺は奈々を引き寄せ抱きしめた。
奈々も呼応するように俺の体に手を回す。
心なしかいつもより強く抱き返されているようだ。
「あんな風に他の女の子もバイクの後ろに乗せて走ってたの?」
俺の胸に顔を埋めたまま奈々が言う。
「いや、バイクの後ろに女の子を乗せたのは恥ずかしながら奈々が初めてだよ」
「嘘っ」
途端に顔を上げ目を細めて俺に言う。
「嘘じゃないよ、かっこ悪いけど女の子をバイクに乗せたのはこれが初めて」
「かっこ悪くなんてないし奈々が初めてなんてすごくうれしいけど…なんか嘘っぽいし」
「嘘じゃないって、バイクの後ろに乗せるってすごくリスクが高いだろ? 奈々も乗ってみて分かったと思うけど」
「うん」
素直にうなずく。
「俺はさ、奈々に会うまでは命を預かる責任を負ってまで後ろに乗せたいと思った女の子はいなかったよ。奈々は俺にとって特別な女の子なんだよ」
「…」
再び顔を埋めて無言になる奈々。
抱き返す腕がさっきよりも強く絡みついてくる。
一瞬、奈々の腕が俺を包み護る天使の羽の様に美しく白く輝いて見える。
やはり奈々は俺にとって天使に他ならない。
この天使を永遠につなぎ留めておきたい衝動に駆られ俺もまた抱きしめる腕に力を込める。
抱きしめ合うよりも、もっと深く互いを理解させた短いツーリング。
愛し合う二人の記憶を深く深く、深層心理の奥底にまで沈め込み、決して失われない様に刻み込むのだ。
異空間から正常空間に戻ったふたりの記憶が失われたとしても、決して想いが切り離されないように。
強く、深く、しっかりとつなぎとめておくのだ。
深く深く‥




