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鉄馬と男と女のランデブー 疾走のCBR250RハリケーンⅡ型

愛機CBRを駆る雅樹。

背中の奈々に天使の羽を感じながら千葉の街を疾走する。

道路にだらしなく横たわるCBR250Rに近づく雅樹。

自立できないバイクは主を失えば成す術もなく道路に横たわるしかないのである。

ハンドルとリア部分に手をひっかけヒョイと起き上がらせる。


そしてキーを回しセルボタンを押す。

キュルキュル。

セルが回る音の後に4気筒エンジンに火が入る。

心地良い4サイクルのエンジン音が異空間に響く。

軽く空ぶかしをして調子を見る。

異常はない、古い車種にしてはコンディションが良い。


『マフラー変えてるな…。ん? エアフィルターも変えてる? ボアアップなんてしてなけりゃ良いけど…。ホンダのエンジンはいじらない方がいい。本物のエンジンは純性が一番信頼できる』


相棒となるかつての愛機を眺める雅樹。

各パーツをなめるように見つめ、まるで会話をしているようだ。


「雅樹さん?」

無言でバイクと向き合う雅樹に奈々が声をかける。

「ごめんごめん奈々。つい夢中になっちゃったよ。奈々? こっちに乗り換えるよ」

そう言うと雅樹はCBRから離れ、さっきまで乗っていたDT125Xに近づく。


そしてハンドル回りを優しく撫でるように触りながら語りかける。

「ありがとうな、ここまで運んでくれて…助かったよ」

そんな雅樹の姿を見て奈々が微笑んでいる。


無機質なバイクに声をかけ愛情を示す雅樹。

そんな雅樹の姿がとても好ましく映ったのだ。


『10000回転超えてからのこいつの澄んだエンジン音は俺をその気にさせてくれる。頼むよ相棒…』

そう呟きながら愛機に跨る。

奈々がその背中に吸い付く。

すっかりリアシートに座ることに慣れた様子だ。


軽く空ぶかしをしながらギアを入れゆっくり走りだす。

ダブルアクセルで次々とシフトアップしスピードを乗せる。

快調だ。

どこもかしこもよどみなく稼働している。


背中の奈々を怯えさせないようになるべく紳士的に走らせるがつい昔の癖が出そうになる。

ライダー同士がすれ違う時に行う親愛のピースサイン。

時に雅樹はハンドルを離し両腕を高く上げてそれを行った。


すれ違うライダーがヘルメットの中で苦笑いをしているのが目に映る様だった。

雅樹は若かりし頃の魂が蘇り吹き込んできたような錯覚を起こしていた。

両手を挙げてダブルピースサインをしたい衝動に駆られるくらいに。


そんな自分に気が付き苦笑いをする雅樹。

背中の奈々はそんな雅樹の変化に敏感に気が付いていた。

奈々の腕がこれまでより強く雅樹を抱きしめていた。


『どこか遠くに行ってしまわないで…』

奈々はまるでそんな風に呟いている様だった。


ひとしきり愛機と奈々とのランデブーを楽しみ手ごたえを感じた雅樹はマンションへと踵を返す。

4気筒エンジンの大気を震わせる柔らかなサウンドが異空間に響く。


125ccのDTに比べやはり最高速度も平均巡航速度も上がる。

オンロードであれば操縦性もCBRの方が格段上だ。

もちろんダートであればオフローダーであるDTにはとてもかなわない。

バイクもまた適所適材なのである。


若かりし頃の雅樹は朝の交通渋滞を掻い潜りこの道をまるでトンビの様にゆらゆらと車を交わし突き進んだ。

異空間の道路はまさにその時と同じ状況だ。

すり抜け走行は雅樹が一番得意とし、またもっともスリルのある走行でもあった。


道幅や条件に制限がかかるコンディションにおいては排気量、つまり馬力よりもハンドリングで走りに差が出て来る。

渋滞中のすり抜け走行ではリッターバイクを250ccバイクが追い抜くことも珍しいことではない。

制限されたスペースの中では当然スリムな方が走りやすいのである。

それにオバー100馬力を活かすだけのマージンなどとても有り得ないのである。

ストップ&ゴー加速と一瞬の判断がものを言う。


当然250ccのバイクが50ccの身軽なスクーターに先を行かれることだってある。

ちょっとした判断の違いが行く手を大きく変えて行くのがすり抜け走行の醍醐味でもあるのだ。

すり抜け走行にドラマチックなスリルを感じていた雅樹は、そこに物語を紡ぎながらアクセルを開けていた。

若かりし日々の想いをエンジン音に乗せる雅樹。


遠い過去の輝きがほんの手元にまで引き寄せられる錯覚。

それは背中の奈々に依るところも大きかった。


奈々の存在が雅樹を高ぶらせ、愛機の存在がさらにそれを増幅させる。

人馬一体、異体同心。

鉄馬と男と女。

三者が一体となって大きな高まりを見せる。


これまで言葉を尽くして語り合い、ぶつかりながらもわかり理解し合ってきた雅樹と奈々は今、言語ではない別の次元で一体となろうとしていた。

周囲を囲われた車では決して感じることない疾走感と死への予感。


むき出しのライダーは常に死と隣り合わせなのだ。

一瞬の迷いや戸惑いや過ちが即命取りとなる。

張り詰めた一瞬一瞬がふたりの距離を急速に縮める。


一蓮托生。

死神との戦いにおいて雅樹と奈々と愛機はまさに一蓮托生となる。

奈々は雅樹に命を預け、雅樹は愛機に命を託し、愛機は雅樹にその身を委ねるのだ。


乾いた道路に4サイクルエンジンのしっとりとした排気音が響く。

いつまでもいつまでも伸びやかに響いていた。


雅樹は背中に天使の羽を擁する感覚を得ていた。

奈々はその胸に雅樹の温もりをしっかりと受け取っていた。

疾風に吹き付けられるふたりは、お互いの存在を強く実感するに至った。








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