奈々は地獄には行けないのです!
8年間執筆が止まっていた「願い事」。再度書き始める前に改めて読んだら奈々が可愛くて、奈々をもっと動かしたくなりました(笑)当時ヤフーブログでは読者の皆さんの反応見ながら書いてました。皆様ぜひコメントください。また読んでくださっている方で小説に登場してくれる方いましたらコメント下さい。皆様からのリアクションが一番のインスピレーションとモチベーションになります!
「雅樹さん、先ほども言いましたが、パスカルはパンセの中で人間が真に幸福になるには、死の問題を克服し、来世での幸せが保障されなければならないと言っています。」
奈々が凛とした表情でパスカルの論を繰り返す。
「これはつまり死後天国に行くことが保障されなければいくら現世で幸せだったとしてもまったく意味がないということです。」
「奈々?それは死後、天国に行けなかったら未来永劫その対極にある地獄に落ちるってことかい?。」
「その通りですわ、雅樹さん。例えば生きているうちに自分の欲求だけを満たすために他人のお金や物を盗んだり、その過程で命を奪ったり、または他人の妻や恋人を奪うといった行為を通じて幸せになったとしてもその結果、つまり悪行を重ねたことから未来永劫地獄に落ちることになったらそんなものは意味がない。死後に幸せはないということです。」
「なるほどそりゃそうだよな、一時の快楽や欲求のために未来永劫地獄で苦しむなんてことになるんだったらそんなの幸せでもなんでもないよな。」
「そういうことです。そこで問題となってくるのが、本当に天国はあるのか?そして地獄は存在するのか?という点です。」
今の奈々はまるで雄弁な客論だ。実に堂々として美しい。
「本当に天国や地獄があるかなんて、そればっかりは死んでみないとわからないからな。死んだ経験がある人が教えてくれればいいけど死んじゃってからじゃ伝えようがないし。だから誰もその存在を確信できていない。それに現在の科学の叡智を駆使してもとてもそこには行きつけないからね。」
「そうです。未確認である空間、天国と地獄です。」
今、俺たちが取り残されているこの奇妙な空間も同じだな。これまで誰も知らない空間。元の世界に戻れない以上俺たちはこの不可思議な空間の存在を誰かに伝えることはできない。本当に実在しているのにだ!まぁ万が一元の世界に帰れたとして、俺たちがこの異常な空間の存在を世間に知らせたところで信じてはもらえないだろうがな・・・。それよりも今の俺たちが置かれた状況はそういった観点から言うと死者と同じだ。しかし意識下にそれを置くことを今はやめよう。奈々も言っていた、『私たちはこうして今生きている。』と。生きることをあきらめない奈々に俺は共感する。
そしてまた俺がこの空間で存在する上で奈々がどうしても必要なのだ。俺は今、奈々からの反射でしか自己の存在を確実なものとして捉えることが本質的には出来ないからだ。人は一人ではその存在を確実なものには出来ない。この世のあらゆる生きとし生けるもの、そして物質は観測者がいて初めてその存在を確実な物とする。観測される一瞬前までは本当に実在しているのかなんて誰にも証明ができないのだ。
俺はこの現象は神にも同様に当てはまると考えている。つまり神は神だけでは存在できないのだ。神は我々人間がその存在を認識する事で初めて存在するのだと考える。厳格な神学者からは非難されるだろうが、神が神たるためには、やはり人間の存在は不可欠なのである。だからこそ神は、神を認識し畏れ敬うに足りる知能と感性と想像力を人間に持ち合わせ、自分に似せて創ったのだ。
奈々の講義が続く。
「人の死後、天国と地獄が厳然と存在した場合と全くの『無』であった場合の2パターンを検証することでどう生きることが人間にとって本質的に不利益のない生き方なのかをパスカルは説いています。」
「人はどう生きるべきか・・・か?」
「そうです雅樹さん!まずは人の死後、天国も地獄も存在しなかった場合を考えてみましょう。この場合天国の存在を信じ善行を積んできた人の死後には何もなく全くの『無』です。また地獄など存在しないと勝手気ままに盗み殺し悪行を重ねた人も同じく全くの『無』。死後は『無』に帰し永遠の命も未来永劫の苦しみもありません。」
「なんだか、天国を信じてより良く生きてきた人は報われないな。反面自分勝手に奪い殺し、悪行で得た金で欲しいものを手に入れ欲求を満たした悪人にも何ら罰が与えられないのもなんか癪だな。」
「そうですね。この場合はどちらの生き方をしてきた人も完全に『無』に帰し全くのゼロです。では次に
人の死後、厳然と天国と地獄が存在した場合について考えてみましょう。天国があることを信じ善行を積んできた人は当然天国で永遠の命を得ます。しかし逆に天国や地獄などないと悪行を重ね勝手気ままに偽りの『幸せ』を楽しんだ悪人は未来永劫地獄の業火に焼かれることになるのです。」
「おお!やっぱりこうでなくっちゃな!」
「天国と地獄の存在は私たちには確実に観測することができません。つまり概念でしかあり得ません。ですからそれらが存在する確率も存在しない確率も同じくフィフティフィフティです。」
「二分の一の確率、丁半勝負か・・・。」
「しかし天国と地獄が在った場合と無かった場合において我々人間が受ける利益と損失を比較した時、より不利益がない生き方をすることが懸命だと言えます。」
「そうだよな・・・出来れば人間誰しも損はしたくない。しかもここで言う損ってつまり未来永劫地獄の業火に焼かれるとかっていう究極ヘヴィな罰だろ?」
「その通りです。天国で喜びを享受するか、地獄の業火に焼かれ続けるかどちらが得か?なんて考える余地もありません。整理するとこうです。確率がフィフティフィフティである以上私たちが不利益なく死後も幸福であるためには天国も地獄も存在するという選択肢を選び地獄に行かずに済むよう悪行は働かず善行を積むことです。その結果仮に死後、天国も地獄もなく全くの無に帰したとしても死後の不利益もまた同様に全くありません。悪人も同様という点にやや不満は残りますが、しかしより良く生きた者には死後厳然と天国と地獄が在った場合に大きな差が出てくるのです。先ほどから繰り返し言っているように、善行を積んだものは天国で永遠の命を、悪行を重ねたものは未来永劫地獄の業火に焼かれ続けます。つまりこうです。より良く生きていれば天国があったとしてもなかったとしてもその人は損をすることはない、地獄の業火には決して焼かれないということです。」
奈々の頬は紅潮しやや息が荒くなっている。
「奈々、とても良くわかったよ、人がどう生きるべきかが。」
「雅樹さん?これで終わりではありませんよ?むしろここからが重要なんです!」
奈々の表情が再び・・・気迫に満ちてくる。こんな顔の時は大概俺はやり込められるのだ。
「な、なんでしょう重要なことって・・・」
「嘘はついてはいけません・・・・女の子にみだりに軽口きいてたぶらかしてはいけません・・・。」
奈々が・・・怖い。
「いや、たぶらかすなんてそんな不埒なことはしていません・・・。」
恐る恐る反論するが奈々の耳には届いていない様だ。
「そんな事では奈々が困るのです。奈々は性格上地獄に落ちるような悪行は出来ないからです・・・。」
ん?
なんか奈々のテンションが変わってきたぞ・・・?
今度は一体何を言い出すんだこの子は?
「奈々?それって・・・どういうこと?」