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笑ってたのは奈々だろ? 泣いてたのも、怒ってたのもみんな奈々だ

奈々と雅樹と京子。異空間と現実空間のカフェリンダが交錯する。

「ごめんね、雅樹さん。青いノート夢中で読んでた…」

奈々がポツリと言う。


「全然ごめんねじゃないよ。俺の方こそ邪魔してゴメンな」

頬を包んでいた手のひらで奈々の頭に触れる。


「コーヒー置いておくよ」

リンダ先生のコーヒーを奈々の前に置く。


「ゆっくり京子ちゃんとの想い出を読みかえしな」

「雅樹さんは退屈じゃないの?」

心配気に言う。


「青いノートを読んでいる奈々を見てたら全然飽きないな」

「どう言うこと?」

「泣いたり笑ったり、神妙な顔したり…時々怒ったりもしてるよな? まるで奈々の百面相だよ。見ていて飽きないし時間が経つのを忘れるよ…」

「見てたの? もう奈々のこと見て笑ってたんでしょ? 雅樹さんの意地悪っ」

「笑ってなんかないよ、笑ってたのは奈々だろ? 泣いてたのも、怒ってたのもみんな奈々だ。どの顔もみんな可愛かったよ」

「またそんなこと言って! 不埒って怒りますよ?」

そう言う奈々の顔は間接照明の薄暗い灯の中でもわかるくらい頬を赤らめていた。


「そりゃ勘弁! 奈々の不埒っ! 攻撃はおじさんには甚だ厳しいもんがあるよ」

苦笑いしながら両手で押し返すように言う。


「そ・し・た・ら・不埒なことを言わなければいいんです~。そしたら奈々はいつもニコニコです」

「わ・か・り・ま・し・た・奈々のニコニコのために気を付けます~」

奈々を真似ておどける。


「そうよ! 現実空間に行っても忘れないで! 奈々はすごーくやきもち妬きで、不埒なことを言ったり行動に移したりしたら…ものすごく怒っちゃうんですからね!」

真顔で言うがどこか艶やかな目つきだ。


「雅樹さん……あんまり奈々をヤキモキさせたり…やきもち妬かせないでね? そうしないと…奈々は爪でぎーって引っ掻いて、ガブって噛んじゃうんですから…そこのところ心にしっかり刻み込んで決して忘れないで下さいね」

さも恐ろし気に言うがどんなにすごんだところで可愛い奈々に変わりはない。


「雅樹さん? もう少し青いノートを読んでいても良い?」

遠慮がちに言う奈々。

「もちろんだよ。 俺にとっては奈々をじっくり観察できる貴重な時間だよ?」

「もうっエッチ…集中できなくなっちゃう」

艶やかな目で牽制する奈々。


奈々は再び神秘の青いノートの世界に入って行った。


笑顔は言うまでもなく、真剣に話している時の真顔、泣き顔、拗ねた顔、怒った顔、寝顔…およそ形容できるすべての奈々が愛おしい。


笑った奈々を見ている時間が長ければ長いほど、お互いに幸せであることに違いない。

しかし俺は、奈々が全ての感情を過不足なく自由に表現できるように包みたい。


悲しんでもいい。

怒りを露わにしてもいい。

嫉妬したり疑ったり

怖がったり

全ての感情をぶつけて欲しいのだ。


俺はきっと戸惑ったり、迷ったり、時には憤ったりするだろう。

それでも奈々の全てを受け入れることをあきらめないだろう。


相手を受け入れないことには、自分が受け入れられることなどないのだ。


交わることがないはずのふたりが交差した。

宝石のような煌めきを手にした男であれば誰もが同じように思うだろう。

この年になってなお『愛している』という陳腐なセリフを用意させたのも奈々の存在に違いないのだ。


奈々と交差した瞬間から俺の世界は変わり続けているのだ。

俺は出来るだけ在りのままの奈々を愛し続けたい。


雪の色は本来が白であり、これを他の色に染めかえることはできない。

漆の色は本来が黒であり、この黒を変える事などは出来ない。

仮に他の色に染めかえたならば雪は雪でなく漆は漆でなくなってしまうのである。


だが人の心は移ろいやすい。

善にも悪にも

清にも濁にも

いともたやすく染めかえられてしまう。


奈々が変わるのならそれを無理には止めまい。

奈々が変わったとしても俺の奈々への想いは変わらない。

ただ変わった奈々を受け止めるだけだ。


カフェリンダのお気に入りの席でその隣に現実世界にいる京子を呼び込むようにして青いノートに読み耽る奈々。

めまぐるしく変わる表情を追いかけながら時の過ぎるのも忘れる。

カフェリンダの奈々の隣には確かに京子が居るようなのだ。


青いノートに食い入る奈々の横からやはりノートを覗き込む京子の姿が感じられる。

想いを共にする者たちは時空を超えて存在し得るのだ。

互いが互いを視覚的に確認できずとも肌で感じる。


そんな感覚的な共有がきっと心の奥底で執り行われているはずだ。

過去現在未来…そしてその輪から切り外された異空間。

物質的、空間的な隔たりで引き離されたとしてもその心はどこかで必ずつながっている。


死すら愛し合い通じ合う者たちを隔てることは出来ないのである。


死してなお存在感を増す愛する存在。

愛した者の心の中からは消え去らない。

そこでまさに生き続け、永遠の命を宿しているのである。


そんなことをつらつらと考えているうちに時間はみるみる経過していく。


「雅樹さん? ごめんね独りにしちゃって。お家に帰りましょう」

俺の顔を覗き込み奈々が言う。


「もう良いのかい? 京子ちゃんとのデートは気が済んだ?」

「あれあれ? 雅樹さん? もしかして奈々と京子ちゃんにやきもち妬いてない?」

奈々が得意げな顔をして俺を見上げる。


「奈々? 奈々も気が付いていたんだろう? 奈々が青いノートを読んでいる間中、隣で京子ちゃんもノートを覗き込んでいたよ。まるで寄り添うようにね」

「京子ちゃんが奈々のそばに?」

「そうだよ。俺には確かに感じられた。時空を超えても想い合う魂は寄り添うんだなって、そう思ったよ」

「雅樹さんと奈々もだよね…?」

なぜか奈々が不安気に言う。

これは全く意図しない反応だ。


「奈々は俺の心に深く刻まれている。どんなに遠く離れようとも、違う時空にいようとも、奈々が俺の心から消え去ることはない。俺はどこにいようと必ず奈々のそばにいる。どこにいて何をしていたとしても俺のそばには必ず奈々を感じている」

奈々を抱き寄せる。

同じタイミングで吸い込まれる様に胸の中に納まる奈々。


同じ温もりを感じる。

「たとえこうして抱き寄せられなくとも俺はいつでも奈々をこの胸に抱きしめている」

奈々は無言でうなずき顔を埋める。


永遠とも思われる愛おしい時が流れる。

「奈々、お家へ帰ろう」

「帰りましょう、雅樹さん」


互いの手を取りカフェリンダを後にするふたり。

神秘の青いノートは奈々の小脇に大人しく収まり、再び書き込まれる時をじっと待っていた。












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