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ふたりが過ごした時間は思い出せなくても無くなっちゃったわけじゃないんだから

京子の葛藤。

奈々ちゃんが現実世界に戻っても失った記憶が補完される術を得たことに気が付いたとして…そうなると最後の問題は漆黒の死神の『死の大鎌』からどう逃れるかという事ですね」

「それと…奈々ちゃんは漆黒の津波についてもきちんと理解が出来ているかしら?」

セラの言葉にリンダが反応する。


「恐らく奈々ちゃんは京子ちゃんが現実世界に無事たどり着けたという結論から仮説形成し漆黒の津波と現実世界の関連性に関して答えを得ていると思います。この辺りの情報は当然、異空間のセキュリティシステムにロックされているので直接的に伝えることは出来なかったですが…」


セラたちが奈々について議論している中、京子は皆と少し離れた席にそっと移っていた。

椿姫がそれに気が付き京子のそばに寄る。


「京子ちゃん、奈々ちゃん無事で良かったね」

どことなく元気のない京子を気遣うようにその声は珍しく密やかであった。

「本当に良かったよ…安心した」

京子がやっと絞り出すかの様にそう言う。


「でも奈々ちゃんにそんな人がいるとは椿姫はちっとも知らなかったよ。奈々ちゃんあんなに可愛いんだから片思いなんてすることないのにね」


無邪気な椿姫の笑顔が京子に響く。

「そっか奈々はそんなに可愛いんだ」

「京子ちゃん…奈々ちゃんの顔も忘れてるんだもんね…じゃあこれ見る?」

そう言うと椿姫はiPhoneのアルバム機能を起動させ素早く奈々の画像を選び京子に示した。

しかし京子はその画面を手で伏せて画像を見ようとしない。


「京子ちゃん、奈々ちゃんの写真見ないの?」

椿姫が訝し気に言う。

「椿姫、気を遣ってくれたのにごめんね…あたしは奈々をこの目で見たいんだ…もしかしたら奈々に会えば失くしちゃった奈々との日々が甦るんじゃないかな、なんてね…」

京子が寂し気な横顔で思いを打ち明ける。


そんな京子の寂し気な様子に胸を痛める椿姫。

かけがえのない大切な日々の記憶を失い、想いを繋いだ仲間の顔を思い出すことも出来ない寂寞が京子を包み取り込んでいた。


「そうだね! 京子ちゃんきっと思い出せるよ、それに覚えてなくても京子ちゃんと奈々ちゃんの心には絶対に大切な思い出が刻まれてる! ふたりが過ごした時間は思い出せなくても無くなっちゃったわけじゃないんだから」

凍りついた様な京子の心を崩さないようにと、椿姫はそっと告げる。


「ありがとう椿姫…慰めてくれるんだね。優しい子…。」

そう言うと椿姫の肩に頭を預けるように首をかしげる。

椿姫はじゃれついていたこれまでと打って変わって京子の頭を優しく撫でる。


「記憶を失くすってこんなにも辛く不安な事だったんだね…今まで想像した事も無かったよ…。でも忘れたくない、失いたくない、かけがえのないあの日々と愛すべき人を…」

そう呟くと不意に京子が歌い出す。


『Don't want to close my eyes

眼を閉じたくない


I don't want to fall asleep

眠りに落ちたくない


Cause I'd miss you babe

だって 君を見失ってしまうから


And I don't want to miss a thing

愛する人を見失いたくない


Cause even when I dream of you

例え夢の中で君を見ていても


The sweetest dream will never do

甘い夢でさえ敵わない


I'd still miss you babe

僕は未だに君を恋しく想ってる


And I don't want to miss a thing

愛する人を見失いたくないんだ』


「椿姫この曲聴いた事がある…映画の主題歌だよね?」


「アルマゲドンって映画の主題歌だよ。エアロスミスの『I Don't Want to Miss a Thing』って曲…大好きなんだ」


京子の頭の中では、スティーブンタイラーの乾いた憂いのある歌声と切ない息使いが巡っていた。


「愛する人を見失いたくないんだ…まさかエアロの曲をこんな気持ちで聴く日がくるとはね…」

京子がため息をつく様に言う。


「京子ちゃん、青いノートを読んでいるとすごく伝わってくるよ…京子ちゃんが奈々ちゃんのことを大切に守ってくれていたんだって。京子ちゃんが奈々ちゃんのことを大好きなんだって」

椿姫が京子の気持をなだめるようにゆっくりと言う。


「椿姫? 実際変な気持ちだよ、自分の字で書いてあるのにさ全然自分のこととして実感できないんだから…。自分で書いておいてなんだけど…きっとあたしは奈々のことが大好きなんだなぁって、最後のページってきっとあたしが漆黒の津波に飛び込むちょっと前に書いたんだと思うけど…そんな時にあんなメッセージを残したくなるなんて。そこまで人のことを好きになったことってきっと今までなかったろうなってさ…」

ポツリポツリと京子が語る。


「あたしはさ、見た目通り…回りの女の子達みたくみんなでワイワイガヤガヤってのは苦手でさ…どっちかっていうと一人の方が楽? まあかっこ良く言えば一匹狼的な?」

そう言うと京子は自嘲的に笑った。


「京子ちゃんはかっこいいよ! 椿姫の憧れ。椿姫も一人でも立っていられる強い女の子になりたいって、それは京子ちゃんに出会ってから考えるようになったんだもん。京子ちゃんは椿姫のことを変えてくれた」

肩の上にある京子の頭に頬をすり寄せるようにする椿姫。


「そっか…でも椿姫は今のままで良いよ。椿姫は陽の光みたい。周りにいる人の心が温かくなるよ…。椿姫? あたしは雅樹って人にやきもち妬いてるみたい…可笑しいよね。実際青いノートにも奈々が、その頃は名前も知らないその人のことを話してた時、ちょっと妬けたみたいなこと書いてるしね」

京子はフッと息を洩らすように笑う。


「京子ちゃんの気持椿姫は良くわかるよ! 女の子ってさ親友であればあるほどなんだか恋人に近い感情って言うか…う~ん…うまく言えないけど独占したいって言うか、自分以外、見て欲しくないって言うかそんな気持ちになるよね! 女の子同士なのにさ」

椿姫が京子の感情を肯定する。


「あははっ、あるある! だから何気に仲良くしてると、相手の子の友達がすごい勢いで遠くから睨んでたりね」

「そうそう~。で、後で『なんであの子と仲良く話してたの?』みたいに問い詰めたりね!」

京子と椿姫が笑い合う。


「奈々ちゃん早く帰ってくるといいね…」

「そうだね…」

「椿姫は京子ちゃんと奈々ちゃんが再会するのを早く見たい!」


「椿姫、なんだかドキドキしてきたよ…お互いに記憶はないのに違う空間で心を通わせ共に過ごした子と会うって! 奈々はどんな子なんだろう? どんな顔をしていてどんな声であたしに何て言うんだろう…あたしは奈々に何て言おう…なんてね」

京子の表情が明るくなる。


「京子ちゃん元気になって椿姫うれしい」

「椿姫、あたしはねあんまり群れて行動するのが好きじゃないんだ。だけど青いノートには異空間で楽しそうに奈々と生活しているあたしがいる。あたしは異空間での生活できっと何かが変わったんだと思うの。そしてそれはきっと奈々のおかげ!」

晴れ晴れとした顔をする京子。


「あたしを変えてくれた奈々に早く会いたいよ」

「じゃあ椿姫だって椿姫を変えてくれた京子ちゃんに…もう会ってた」

そう言うと笑いながら京子の腕にしがみつく椿姫。


「でも京子ちゃん? あんまり奈々ちゃん奈々ちゃんって奈々ちゃんのことばっかり言ってると…今度は椿姫がやきもち妬くんだからね…気をつけて!」

椿姫が真顔で言う。


「わかったわかった〜もう椿姫ってば可愛い〜愛してる〜」

そう言いながら椿姫を抱きしめる京子。

「やだ京子ちゃんくすぐったいよ〜」

戯れ合う椿姫と京子の笑い声がカフェリンダに響く。


異空間の奈々と現実世界の京子の想いが重なる。

ふたりの心には共に過ごしたかけがえのない日々が刻まれている。





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