大好きだよ、奈々。さよなら、大好きな奈々
カフェリンダに戻ってきた神秘の青色のノートに記された京子の奈々への想い。
「雅樹さん、奈々ちゃん僕は長くはここに居られないようです」
セラが俺たちに告げる。
「どうやら異空間は僕を歓迎していないらしい。この空間に来てからずっと感じてたんだけど、ここには二つの大きな意志のようなものがあるようです。はっきりとしたことはわかりませんが。そしてセキュリティシステムのようなものも…。青いノートに京子ちゃんが記していた漆黒の死神もその一つだと思います」
セラが異空間について実感したことを伝える。
しかし奈々は異空間の存在よりも京子ちゃんの事が気にかかっている。
「セラ君…京子ちゃんは無事なの? 怪我なんてしていない? 奈々の事…怒ってなかった…」
奈々が心配気に消え入りそうな声で聞く。
自らの願い事が京子を酷い目に合わせてしまったという罪悪感に苛まれているのだ。
「奈々ちゃん、京子さんは無事だよ安心して。怪我一つしていない。椿姫が珍しく警戒もせずに京子さんになついているよ」
「良かった…。椿姫ちゃんらしい、仲良しになったんだね」
少しほっとしたような顔を見せる。
「それから…やはり京子さんの予測通り異空間での記憶は意識下からは全く消え去っている。この作用もきっと異空間のセキュリティの一つなんだねきっと。だから奈々ちゃんの事を恨みになんて思ってないよ。それから…無意識の領域でもそんな感情は全く記録されていない」
セラが奈々を気遣うようにそっと言う。
「でも…奈々は京子ちゃんにどう償えばいいのか…」
思いつめる奈々。
「奈々ちゃん? 京子さんは記憶を失っているけど奈々ちゃんとの再会を心待ちにしているよ。京子さんは青いノートに書かれた奈々ちゃんとの異空間での生活を読むことで失われた記憶を補完している。京子さんは奈々ちゃんと結んだ友情をかけがえのない宝物だと心から感じて愛おしく思っているよ、奈々ちゃんに償いなんて求めてない」
「…」
セラの言葉を聞き少しほっとしたような顔を見せる奈々だが言葉は出ない。
「セラ君、京子ちゃんは記憶がなくなった状態でカフェリンダにたどり着けたんだね?」
京子ちゃんが異空間での記憶がないままどうやってカフェリンダまでたどり着いたのか、俺なりに結論は出ているが敢えて問う。
「はい、無事たどり着きました。しかし事の詳細をお話しすることはここでは出来ないようです。ですが仮説形成していくことで自ずとたどり着けます。京子さんは勇敢でいて冷静な判断が出来、緻密かつ大胆な行動が取れる女性だと思いました。一言で言うならば先を読む能力と機転…」
セラは異空間のセキュリティに引っかからない範囲で仮説形成の材料を落とす。
「なるほど…。」
俺は自分の仮説に自信を深める。
恐らく奈々には発想しにくい方法だろうな…
「奈々ちゃん? 青いノートを見て。ドキンちゃんはあのノートの事を『神秘の青いノート』って名付けたよ。奈々ちゃん…。京子ちゃんの奈々ちゃんへの想いが…溢れているよ…。雅樹さん…カフェリンダの仲間たちに伝えます。奈々ちゃんに…は心強いパートナーが出…来たと。奈々ちゃ…んをしっかり守って…くれている…と。奈々ちゃん? 奈々ちゃんが今…不安に思…って…ことは全…部忘…れ…。雅樹さ…んの言…う事を…て…動す…る…ん。カフェリンダに…く…れ…奈々ちゃんの…」
不意にセラの声が途切れ途切れになったかと思うと、その姿が粒子のごとく透き通り始める。
そして次の瞬間、来た時とは反対側の壁にかかっている鏡に吸い込まれて行く。
その様子を見た奈々は鏡に駆け寄る。
「セラ君! 京子ちゃんに伝えて! 京子ちゃんをひどい目に合わせてごめんねって! 奈々は京子ちゃんが大好きって!」
鏡に吸い込まれる寸前、セラは奈々に向けてOKとハンドサインを投げた。
セラの存在を良しとしない異空間のセキュリティが、強制的に排除したってところか…
セラの姿がすっかり鏡の中に吸い込まれカフェリンダには再び奈々と俺だけが残された。
「奈々? 京子ちゃんの無事が確実なものになってよかったね」
奈々の肩にそっと手をやる。
「はい…本当に良かった。京子ちゃん怪我一つしていないって…」
涙ぐむ奈々。
しかし表情は安堵に満ちていた。
そしてカウンターのわきに歩み寄り、前回カフェリンダを訪れた時に自ら片づけた青いノートを手に取る。
「雅樹さん、奈々と京子ちゃんのお気に入りの席に行きましょう」
そう言いながら俺の手を取り席にいざなう。
肩を並べて席につく。
奈々がセラの言う『神秘の青色のノート』をテーブルに置く。
「雅樹さん…奈々のかわりにノートを見て…」
俺を見上げてそういう奈々の目は心なしか不安気だった。
京子ちゃんのメッセージを冷静に受けとめる事ができるか不安なのだろう。
「わかったよ奈々。初めに俺が見てみるよ」
そう言うと青いノートを手に取り先ずは最後に記されたページを探す。
びっしりと記録されたノートをパラパラとめくっていると、かつて俺が書き記したオレンジ色のハトのページも目に飛び込んできた。
そして最後のページを見つける。
「…」
しばし無言で京子ちゃんのメッセージを読む。
このメッセージを書いた時の京子ちゃんの状況と心情を加味すれば、まさにこれはダイイングメッセージ。
実際には京子ちゃんは無事に現実世界に戻れたわけだが、それは結果論に過ぎない。
メッセージが記されたその瞬間には死を覚悟していたはずの京子ちゃんの想いを直視するのは奈々には辛過ぎるだろう…。
俺は京子ちゃんのメッセージを一文字残さずしっかりと受け止める。
そして…
「奈々、京子ちゃんは最後まで奈々を想っていた。これは奈々が自分で読んであげないとな…」
そういうと青いノートを奈々の前にそっと置く。
「…」
無言のままノートに目を落とす奈々。
「京子ちゃん…」
そう京子の名を呼ぶと奈々の目から大粒の涙がとめどなく溢れる。
その美しい涙が落ちた先に記された京子の溢れる優しさと奈々への想い…。
『奈々、あきらめないで。必ずまた会える、そばにいてあげられなくなって、約束を守れなくてごめんね。京子は奈々のご飯が食べたいよ。奈々、京子は奈々が大好きだよ。奈々、京子を呼んでくれて、京子を選んでくれてありがとう。大好きだよ、奈々。さよなら、大好きな奈々』
迫りくるクライシスの中、精いっぱい想いを込めて書き込まれた短い言葉のひとつひとつが、ふたりの絆の強さと愛情の深さを物語っていた。
死神から逃れる術を模索しながらも京子は最後の時を予感していた。
そして届かないとわかってはいても奈々への想いを書き残さずにはいられなかった。
神秘の青いノートは、まさに京子が異空間に生きた証なのだ。
奈々の『願い事』によって自身がこの異空間にもたらされた事を承知の上でなお『ありがとう』と書き記す京子の深い愛に、奈々はまた涙するのであった。
そんな京子の悲痛な想いと奈々への愛情に溢れた青いノートを奈々がギュッと胸に抱きしめる。
「京子ちゃん…奈々も京子ちゃんに会いたいよ…奈々も京子ちゃんが大好きだよ…」
震えるように呟く奈々の肩をしっかりと抱きよせる。
奈々は必ず俺が守り抜く。
そう京子へ誓う様に奈々を強く抱きしめた。




